父として
あの時、あの子を……華恋を殺さなかったのは
同情もあるが、微かな可能性を感じていたからだ。
まだ妖としての力は目覚めておらず、
その特徴も現れていない。
もしかすると、このまま人間として
穏やかな一生を過ごすことができるかもしれないと。
微かな可能性にかけ、華恋を保護した。
だが……最近になって
華恋の妖力の気配が色濃くなってきた。
妖狐の母の遺伝だろう、獣耳も
現れ、妖術で隠さねば普通の生活を送れない。
事態をしばらく静観していたが
華恋の妖力に気づき我が物とするため
妖や怪異が尋常もないほど湧く。
決断を迫られていた。
娘も同然であり、夜月の幼馴染である
あの子をどうすればいいのか。
しばらく苦悩していたが
橘家当主として、やっと判断を下すことができた。
儂が自らの手で華恋を抹殺する。
息子の幼馴染である
華恋を始末することは心苦しい。
だが、あの子に好意を抱いている
息子に彼女は殺せない。
いや、殺させたくはない。
儂は愛する者を自分の手で殺せなどと
非情な命令はできん。
今まで娘のように可愛がっていた
華恋を己の手で殺す。
心臓が大きく音を立てて呼吸が荒くなる。
すやすやと眠るその眼前に刀を向けたが
玉藻前を刺したあの感触が蘇り、
刀を振るえなかった。
娘を傷つけたくはなかった。
だから、首を絞めて殺そうとしたが
手に力が入らず一息には殺してやれなかった。
良かったよ。
お前が助けに来てくれて。
儂にはどうしてもこの子を殺すことなど
できなかった。
橘家当主として
やらねばならないのはわかっている。
しかし、それ以上に大事なものがある。
夜月の愛する者を「守る」という行動は
儂にはできない。
お互いの守るべきものの
優先順位が違うからだ。
だから、お前が代わりに華恋を守ると
言ってくれて嬉しかったよ。
それと同時に、心配だった。
血を分けた息子であるお前が
茨の道を進むことになるのではと。
だが、心配は要らぬようだ。
その嬉しそうな表情が物語っている。
儂は夜月と華恋のいなくなった部屋を
後にした。




