9 偽ヒロインは王子様に救われる?
「あなたねぇ、確かに気になる殿方を絞ってはと進言致しましたけれど、婚約者がいる方へのお声掛けは避けるべきでしてよ。
第二王子殿下には幼い頃からサントノーレ侯爵令嬢という婚約者がおられますのよ」
あの日からアイラは第二王子殿下と出会いを果たそうと連日トライしている。
なのに、ことごとく側近の一年生をはじめとする生徒達に阻止されるのだ。
しかもあの側近の男子生徒は婚約者の弟と言うではないか。
ちっとも攻略が進まずいい加減イラついてきたところを、アイラ覚醒のトリガーになってくれた令嬢に呼び止められたのだ。
「じゃあ、あなたはフリュイ様とお話したくないの?彼とお話するチャンスなんて学園にいる間だけよ?」
そう言うと彼女の目が泳いだ。
「それは・・・」
「ほらみなさい、みんなフリュイ様とお話したいのでしょう?」
「っ!そんなことより、許可も頂いてないのにお名前でお呼びするなんて不敬よ!
お名前でお呼びすることを許されるのは婚約者のサントノーレ侯爵令嬢だけよ。その侯爵令嬢ですら殿下と敬称を付けて呼ばれているというのに!」
持ち直した彼女が今度は呼び方に難癖を付けてきた。
うるさいなぁ。
「どうせ小さい頃に決められた婚約者なのでしょう。噂も聞くし、そこまで仲が良くないってことではないの?そのうち婚約破棄されるわよ」
だってフリュイ様は私と恋に落ちるのだから──
「なんてことをっ!!」
ブラウン男爵令嬢の目に余る発言に令嬢が声をあらげたところに叱責が飛んだ。
「何を騒いでいる」
そこにはフリュイ・オランジェット第二王子殿下と側近のグラン・サントノーレ侯爵令息の姿があった。
第二王子殿下はアイラ・ブラウン男爵令嬢を一瞥すると「君か」と呟き踵を返して去っていってしまった。
アイラは一瞬冷気を感じたと思ったが気のせいだったのだろうと思った。
その横でアイラに声をかけた令嬢は「ふぅ~」と止めていた息を吐き出した。
「とりあえず忠告はしましたわよ」
令嬢はそう言って去っていった。
「ん?もしかして今のって、令嬢に絡まれているところを助けてくれるイベントじゃない!?」
──お礼を言って、親密度を上げるチャンスだったのに!
折角のチャンスを逃し残念には思ったが、やっぱり自分はヒロインなのだと再認識したアイラは一人歓喜したのだった。
フリュイの横を歩くグランはまだ冷気を感じていた。
あの男爵令嬢、性懲りもなく・・・
「どうせ小さい頃に決められた婚約者なのでしょう。噂も聞くし、そこまで仲が良くないってことではないの?そのうち婚約破棄されるわよ」
「なんてことをっ!!」
殿下と廊下を歩いているとそんな言葉が聞こえてきた。
こんなところで令嬢が大声を出すなんてと止めには入ろうとしたところ、最近機嫌が悪く冷気ダダ漏れの殿下に先を越されてしまった。
原因の2人を見ると片方は殿下の不機嫌の原因である男爵令嬢だった。
「君か」
殿下は短く言うと踵を返したが、聞こえてきた内容から『小さい頃に決められた婚約者』『仲が良くない』『婚約破棄される』は姉と殿下の事だと容易にわかる。
ああ、俺の平穏が音を立てて崩れていく。
(殿下も殿下だよ。そんなに気にするならお茶にでも誘えばいいのに!俺にちょっと言付けるだけじゃないか!招待状だって手渡しできるんだぞ!)
なのにフリュイ殿下は頑なに姉と交流しようとしない。
姉の行動も理解出来ないが理由は分かっている。
その為グランにとって一番理解に苦しむのがフリュイ殿下だった。
それにしても姉といい、ブラウン男爵令嬢といい、自分に安らぎを与えてくれる女性は存在しないのか。グランはもう女性嫌いになりそうだった。
これ以上何も起こってくれるなよ──
グランのささやかな願いが叶うことはない。