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7 シャルロットの憂鬱なお茶会1

シャルロット・ダックワーズ公爵令嬢は王宮の廊下を侍女に先導されて歩きながらため息をついた。

ショコラは王子妃とはいえ公爵夫人となることが決まっている上に元々神童と言われていたという優秀さだ。必要な王子妃教育の課程は全て終えているらしい。

対して自分は記憶を思い出してからは楽になったとはいえ、前世の知識で役に立つのは計算と受験で培った暗記のスキルくらいだろうか。前世での知識は歴史も言語も違うこの世界ではまるで役に立たないのだ。

王子妃教育と王太子妃教育では学ばなければならないことの量も内容も雲泥の差ではあるので仕方がないことは理解している。それでも今まではショコラがいないことに対して何も感じなかったが、同郷と分かり話をするようになってからはなんだか寂しく感じるのだ。

それに──せめてこの妃教育後の王太子殿下との逢瀬(お茶会)さえなければ、気持ちだけは楽なのにと思わずにはいられない。


今日のお茶会は中庭でとのことだったのでそちらに向かっていると、心地よい日差しの中たむろう小鳥達に見とれ、つい何も無いところで躓いてしまった。


「あ」


履いているのがスニーカーであれば踏ん張ることも出来たのであろうが、残念ながら履いているのはヒール。身につけているのは意外と重いドレス、しかも胸から腰にかけてコルセットで縛り上げられているのだ・・・次に来る衝撃を覚悟し、目を閉じあまり人に見られませんようにと祈る。


ポスンッ


しかし、その衝撃は思いの外柔らかなものだった。そして体を優しくも強く──ぎゅっと、そう、まるで抱き締められているような──?


「シャル、大丈夫?」


頭の上から聞き慣れた声が聞こえる。

フォンダン・オランジェット王太子殿下。シャルロットの婚約者だ。

金髪碧眼。物語のヒーローなだけありその(かん)ばせは美しい。学園を卒業して二年、成人してからは甘く魅惑的に──率直に言えばかなり色気が増してきた。

第二王子より長く伸ばし一つに結った金髪のせいで、何故かその様相が過度なものに感じる。


「私のシャル。会いたかったよ。さあ、その愛らしい顔を私に見せて──」


言葉とは裏腹にシャルロットの背中に回された腕に力が入る。

婚約者とはいえこんな風にふれあうことは通常婚姻するまではない。

婚約者との正式な逢瀬(お茶会)であるため殿下も正装しており、シャルロットも肌を露出するような装いはしていないため、お互いの肌が触れるようなことはないのだが──。


シャルロットは王太子妃教育で培った様々なものを駆使して──耐えた。


「ありがとうございます、殿下。はしたない所をお見せするところでしたわ」


殿下の胸を両手で軽く押して離れると、平常心、理性、私は女優、観客はジャガイモ・・・思いつくものを総動員して顔を上げ、にっこり笑ってそういった。

そんなシャルロットの胸の内を知ってか知らずか、フォンダンはなんの予備動作もなく自然に彼女の手を取り、薄く笑った。


「シャルロットに何かあれば罰を与えた所だが、今回は──・・・許すことにしよう。()()()()()()くれたようだしね」


そう呟き、シャルロットの手の甲に自身の唇を落とす。


(ぃっ!)


この国での手の甲のキスは、通常は当てる()()である。婚約者間であればグレーな所もあるかも知れないが、礼節を重んじる王族は──。

シャルロットは周囲を見渡したが、先程まで先導をしてくれていた侍女も、警備をしているはずの近衛の騎士の姿もいつの間にかなくなっていた。

室内ではないものの、未婚の男女・・・()()()()()()はいけないのでは!?

自分が余所見をして転けそうになっただけなので侍女や騎士は悪くないと言いたかったが、最早言葉にもならない。


「私のシャル、()()()()()()、君に怪我がなくて本当に良かった」


一体何を!?

転けそうになって支えてくれたこと?

抱き締められたこと?

唇が触れたこと?

──二人きりになったこと!?


手を取られたまま焦るシャルロットには、フォンダンの呟きは聞こえない。


──君にかすり傷でも出来たなら、私は何をしていたか分からないよ。






王太子殿下と初めて会ったのはこの中庭、王宮主催のお茶会だった。

シャルロットにはそのお茶会が二人の王子殿下の婚約者候補を決めるためのものだったことは勿論、自分が最有力候補であることも知らされていなかった。

記憶が戻る前であったこともあり、王子様と同じテーブルの令嬢達と普通にお友だち気分で楽しんでいたのだが、気が付くと第一王子殿下の婚約者に内定していた。

第一王子殿下が強く望まれ、お茶会での様子も仲睦まじいようであったというのが理由らしかったが、本来なら学園に入学して王太子が決まってから婚約の運びになるはずであったのに──と、父であるダックワーズ公爵も頭を捻っていたのを覚えている。


はじめはお茶会での楽しかった思い出と、格好よくて、いつも優しくシャルロットをお姫様扱いしてくれる王子様(フォンダン)に好意も持っていたが、前世の記憶を思い出してからはどうしてもそれが受け入れられなくなってしまい、それからはただひたすらヒロインの入学を心待ちにするようになっていた。


「今日は以前から君に見せたいと言っていた花が咲いたので中庭にお茶の用意をしてもらったんだ」


王太子殿下はそう言って愛おしそうにシャルロットを見ると優しく微笑み、彼女をエスコートする為に腕を出した。


「それは楽しみですわ」


シャルロットは王妃教育で培った笑顔の仮面を被り、その腕に自分の手を軽くそえた。

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