6 王宮でのお茶会
フリュイは幼い頃から少し冷めているところがあり、あまり人や物に興味を持てなかった。
そんなフリュイが六歳、兄であるフォンダン第一王子が八歳になったある日、婚約者候補を決めるお茶会が開催されることになった。
この国──オランジェット王国では性別も生まれた順番も関係なく、一部例外を除き一番優秀な子供が爵位を引き継ぐことになっている。それは王族も同じだ。
どちらの王子が王太子になるかは現時点では決まっていない。だから決めるのは婚約者ではなく王太子妃候補だ。いや候補なのは王子側なのかもしれない。
国王と王妃から事前に第一候補がダックワーズ公爵令嬢であることが伝えられた。
お茶会で彼女の人となりを見て、二人に否やがなければ彼女は王太子となった方の婚約者となる。
先に候補を決めることで、選ばれなかった貴族家や令嬢の目を他の子息に向けさせ、幼い頃から婚約を視野に入れた交流を円滑にするための措置である。
多くの貴族家が子供の学園での成績や状況を見てから後継を決めるため婚約はまだまだ先ではあるが、王太子妃や王子妃が決まらないと夢を見続ける令嬢が少なからずいる。それは高位貴族の令嬢に顕著で、後々困った事態になることが多い。
当主はその家にとっての優秀さが求められるが、その伴侶にはそれ以外──貴族家同士の思惑などが絡むことはよくあることなので相手が誰でも良いわけではないし、爵位的な釣り合いというものもあるからだ。
そしてもう一つ──王妃の実家であるプチフール公爵家のオリビア嬢も呼ばれているが、彼女は僕らの従妹に当たり血が濃くなりすぎるため選んではいけないこと。
ただし、本当に好きになってしまったのであれば、例外が認められる場合もあること。
だが王太子妃選びは次の治世での貴族間の権力の分散を考えてのことでもあるため、現在権力を持っているプチフール公爵家との縁談はほぼ認められることは無いと思われることも教えられた。
子供ながらに「好きな子と結婚できないなんて嫌だな」と思ったのを覚えている。
──そんな心配は無用であったが。
第一王子であるフォンダン・オランジェットはそのお茶会で当時五歳だったシャルロット・ダックワーズ公爵令嬢に一目で恋に落ちた。
候補を決めるだけであって婚約者を決めるわけではないのだが、幼い彼女たちにそれが理解出来るはずもない。
フォンダンが傍目からみても分かりやすいお陰で、他の令嬢の関心のほとんどがフリュイに向かったことは当然と言えば当然なのである。
中でも辟易したのが
「フリュイ第二王子殿下。私プチフール公爵の娘オリビアですわ。あなたの従妹にあたりますの。仲良くしてくださいね」
このお茶会の目的と背景を知ってか知らずか自分のそばから離れないプチフール公爵令嬢にフリュイは「頼まれたってこんなのは選ばないよ」と思ったことを今でも良く覚えている。
自分たちが聞いたようにこの令嬢も公爵から自身が候補にはなり得ないということは聞き及んでいるはずだ。
こんなに周りが見えていないのに自分と同じ年なんて信じられなかった。数ヶ月下と言っても公爵令嬢でこの振る舞いは無い。
この調子では『候補』の意味すら分かっていないのかもしれない。
──それはダックワーズ公爵令嬢しか見ていない兄も一緒だが。
お茶会も中盤に差し掛かかった頃にはフリュイにも周囲を気にかける余裕が生まれた。
自分を取り囲む令嬢、その令嬢の圧に押され一歩引きつつも自分を気にかけている令嬢。
強気にも兄上とダックワーズ公爵令嬢とテーブルを共にする令嬢、それを見て悔しそうにしている令嬢。
幼すぎるからか、ただお茶や新しくできた友人とのおしゃべりに夢中になっている令嬢と様々だ。
そんな中、フリュイは一人の令嬢が気になった。
お茶とおしゃべりを楽しんでいるテーブルにいる令嬢だ。
プラチナの髪は真っ直ぐに肩に伸び、他の令嬢のように過度な手が加えられていない──というか、全体的に飾り気がない。もう少し手を加えるべきでは?と心配になるほどだ。
まだフリュイより幼く見える令嬢だが、話をしている令嬢を見守りながら相槌をうち、エメラルドの瞳を細めて微笑んでいる。しかも話に入れていない令嬢に声をかけ、話を振ることにより輪に入れるように気にかけている様なのだ。かといって話の中心になっているわけではない。
まるでそのテーブルのすべての令嬢が楽しめるように導いているかのようだ。
自分の話しかしない令嬢達に飽き飽きしていたフリュイが気にならないわけがない。
年齢層からいえば令嬢達が自分の話ばかりすることも当然なのだが、自身も幼いフリュイは気付くはずもない。
フリュイはテーブルの令嬢達に「折角来てくれた他の令嬢にも挨拶をしてくるよ」と言って席を立った。
共に席を立とうとしたプチフール公爵令嬢に「あとは任せたよ」と声をかけ、その場に縫い止めることを忘れずに。
各テーブルで少しずつ話をして回る。当然兄のテーブルにも顔を出し「いくら気に入ったとはいえ、何ひとりの令嬢だけ相手にしているの」と目で訴えるのも忘れない。
そして最後に彼女のいるテーブルに座った。
「サントノーレ侯爵が長女、ショコラでございますわ」
「あぁ、君が」
噂を聞いたことがある。サントノーレ侯爵家の神童。
現在フリュイのひとつ下の五歳のはずだが立ち振舞いと言葉遣いのせいで幼さを感じさせない。
先程まで年相応の令嬢に囲まれていたのでなおさらそう感じる。
貴族家の多くが学園入学後の様子を見て後継を決める中、すでに次期侯爵と決まっていると聞いた。
本来なら王太子候補になり得ないショコラはこの場に招かれないはずなのだが、第一候補がいるとはいえ優秀な彼女を王太子妃にすることを諦めきれない王家側の采配であることなど、フリュイは知る由もない。
「よろしくね。サントノーレ侯爵令嬢」
この時フリュイはこの令嬢を手に入れると決めた。
フォンダンも優秀だが、フリュイは元々精神年齢が高く子供らしからぬ言動をしており、次期国王は第二王子ではないかと一部の貴族の間で囁かれていた。
現に物覚えも早く理解力もあり、その鱗片を見せていたのは確かだ。
国王も悪くないと思っていたが、侯爵家に婿入りをしなければ彼女は手に入らない。
たまには子供らしくわがままでも言ってみるかな。兄もあの様子だし、案外上手くいくような気がする。
彼女を飾るアクセサリーを贈れる位置に立ちたい。
この時のショコラの装いは故意であり、目立たないようにという意図──というよりはやる気の無さの表れだったのだが、逆効果であったようだ。
日常生活に退屈していたフリュイに人生をかけた目標が出来たお茶会であった。