26物語の終幕──はじまり──
──と思ったのだが、殿下に釣り合う身分の令嬢──しかも公爵夫人を任せられる令嬢──がいないとのことで婚約は継続・・・こんなところで例外が適用されてしまったのである。
サントノーレ侯爵はグランが継ぐことになり、そこだけが私の計画通りになったということになる。
そしてなんと、そのグランの婚約者にはミルク・ガレット子爵令嬢が収まったのである。
グランが言うにはミルクとは情報交換をきっかけに話をするようになり、私やブラウン男爵令嬢のような意味不明な行動力のある女性ではなく、強さとその格好のよさに惹かれたのだそう。
──意味不明な行動力って何???
無事婚約が結ばれてからはあのかわいいヒロインが私のことをショコラ様と少し照れながら名前で呼んでくれるようになったのが嬉しい誤算である。
「お義姉さま」と呼んでとお願いしたけれど、食い気味に断られた。既視感・・・
下位貴族から上位貴族への嫁入りの為ミルクさんも今後色々ありそうだが、彼女がその辺の令嬢に負けるはずが無いと思っている。
これまで通り学園在学中は勉学に励み、グランの執務を手伝うことで領地経営を学び子爵家を立て直す手助けをするつもりだという。
そして卒業式を明日に控えた放課後、私はフリュイ殿下に呼び出され、はじめて王族専用サロンに足を踏み入れた。
殿下はお茶の用意をさせると人払いをした。
「ショコラ、パーティー以来だね。 あれから色々あって忙しかったのだけど、どうしても卒業前にゆっくり君と話がしたかったんだ。 急にすまなかったね──」
それから当たり障りのない話をした後、そろそろ退室の時間となった。
殿下が話したかったのは別の話ではなかったのかな、となんとなく思ったけれど聞かないでおく。
年頃の男の子だものね。
殿下に背を向けてサロンを出ようとしたとき、突然後ろから抱き締められた。
「き、君が好きだ。兄やガレット子爵令嬢に何故気持ちを伝えないのか問われてよく考えたよ。
君が婚約破棄したがっていることも知っていた。
君に弟──いや、男として見られていないことも。
でもそれを面と向かって言われたらと思うと恐怖で今まで言えなかった。
でも、今言わないと、聞かないと手遅れになる気がするんだ」
(なっ!)
突然の告白に頭と心がついていかない。
今までお互いに一歩ひいて接してきた。
はじめての至近距離、私より頭一つ分高い背、一回り大きい体躯、剣や体術も得意とあって腕は意外と筋肉質で手のひらには剣ダコ。
感じる温もりに、守られていると・・・殿下も男性なのだとはじめて感じた。
前世を含め、これまでにこんなに急に人を意識してしまうなんてこと、あっただろうか!?
──無いっ!!!
「あ、あのっ、殿下?」
少し顔が熱い。意味もなく焦ってしまう。
「ショコラ・・・少し赤いよ?」
ふと横を見ると私を抱き締めたままフリュイ殿下が顔を覗き込んでいた。
「そ、な・・・で、殿下も大きくなったなぁと思っただけですっ」
そう言うと、殿下は嬉しそうに笑って
「そうだよ。昔ある人に守られる側の人間だと言われてから、ショコラを守れるように頑張ったんだ。身長も伸びたし腕もショコラより太いよ。筋肉だってついた。ほら、手だって俺の方が大きいだろ?」
不意に手のひらを重ねられ、ドキッとした。心臓が痛い・・・息が詰まる。
これまでほとんど接触をしてこなかったから、前世から見るとまだまだ子供なフリュイ殿下を意識することなんかなかったけど──これは・・・なんかまずい。
なんとかショコラに気持ちを伝えようと卒業式の前日に呼び出してみた。
このまま卒業してしまえば婚約者とのお茶会の場は整えられるかもしれないけれど、それでは今までと変わらない気がしたからだ。
しかし兄のように彼女の顔を見ながら愛を語るなんて、僕には無理だった。
無情にも時間が過ぎていき、立ち去ろうとするショコラの背中を見て思わず後ろから抱きしめてしまった。
この体勢なら、ショコラから弟を見るような目を向けられても見えない。
その勢いのまま思いを伝えた。
ショコラの様子がいつもと違う。
「ショコラ・・・少し赤いよ?」
彼女を抱き締めたまま、横から顔を覗き込んだ。
「で、殿下も大きくなったなぁと思っただけですっ」と言われ、本当に弟と思われていたんだなと再認識したけれど、大きくなったと認識されたってことは喜ぶべきなのか?
「そうだよ。昔ある人に守られる側の人間だと言われてから、ショコラを守れるように頑張ったんだ。身長も伸びたし腕もショコラより太いよ。筋肉だってついた。ほら、手だって俺の方が大きいだろ?」
俺はショコラより年上で男なんだとわかってほしくて、ここぞとばかりに成長アピールをしてみる。
ダメ押しでショコラの手を取り自分の手のひらと重ねる。
するとショコラの身体がみるみる紅潮していく。
いつもの余裕も感じない。
もしかしてショコラって、こういうのに弱いのか?
ショコラ攻略の糸口を掴んだ気がして自然と口の端が上がる。
「ねぇ、少しは意識してくれた?」
再びショコラを包み込むように後ろから抱き締めた。
彼女が僕との体格の違いを、男なんだと、身をもって存在を感じ取れるように、強く。
ヒロインは言った。
ショコラ様はどちらの王子様とのハッピーエンドを想像したのか──気になったりしますか?と。
考えたけれど、前世のショコラのことなど全く気にならないし、これまでも気にしたことがなかった。
だからショコラにも物語や前世など、気にしないでいて欲しかった。
俺が、前世の彼女ではなくて、今腕の中にいる『ショコラ』を見て想っているように、物語の第二王子ではない俺を見て、あわよくば想って欲しい。
俺は心を決めると腕の力を弱め、ショコラの身体をこちらに向けた。
ぶつかる瞳に懇願する。
「今ここに在る俺を見て、好きになって──」
「──は、い」
きっと、彼女を手に入れるまで、あと少し──
(おしまい)
読んでいただいて、ありがとうございました(*^-^*)