23 一人目の正体
一連の騒ぎが沈静化し卒業式が迫ったある日、王族専用サロンにはグランに案内されたミルクの姿があった。
「君のおかげで色々助かった。礼を言うよ」
グランはフリュイの後ろに立ち、給仕が二人分のお茶とお菓子の準備をして下がっていく。奥の執務室には文官が仕事をしているが、声までは届かない。
先日のお礼を──と、グランを通じて伝えられたミルクは二つ返事でその話を受けた。
ただの子爵令嬢が王族専用サロンに招かれたともなれば何か難癖をつけられそうではあるが、ミルクにはそれを押しても第二王子殿下に聞いておきたいことがあったのだ。
「いいえ。私も犯人が許せなかったので──。それより私、殿下にお聞きしたいことがあるのです」
王族を前にしても臆すること無く、ミルクが答えた。
「君には世話になったからね、答えられる範囲であれば答えよう。不敬に問わないからいつも通り話してくれても構わないよ。君が歯に衣着せずに言葉を発することは知っているからね」
ミルクはフリュイの言葉にうなずくと、ずっと確認したかったことを尋ねた。
「幼い頃私に会いに来て「ひろいんか」と聞いた『一人目』は第二王子殿下ですね? 」
そう問われ、フリュイは意外な顔をした。
「よく気がついたね。 顔はフードで隠していたし、声だって幼かったから今とは違うはずだ。まさか君にばれるとは思わなかったよ。──理由を聞いても?」
ミルクはフリュイに促され、その考えに至った経緯を語り出した。
「『溺愛は満月の夜に』──恐らくグラン様に聞いてご存じなのでしょう?
ショコラ様に執着している割には、婚約破棄の一番の原因になりうる『ひろいん』らしい私に全く干渉してこないからですよ。
私は誰かが会いに来たことと『ひろいん』という言葉しか覚えていないのですが、大方グラン様から話を聞いた殿下が私を始末するべきか確認に来たんだろうなと思っています」
クスリと笑ってフリュイはミルクに尋ねた。
「流石にそこまでは思っていなかったよ。相変わらずポンポン言うけれど僕は王族だよ?怖くないの? 」
「はい、不敬には問わないと言われましたし、私、ショコラ様とは付き合いが長くなりそうなんです。ショコラ様を溺愛している殿下が私に危害を加えるとは思えません」
「そうだね。──君に会いに行ったのは確かに僕だよ。君が僕のヒロインになり得るのか確認するためにね」
フリュイはその頃のことを思い返した。
グランからショコラの衝撃的な計画を聞かされた後、自分が愛するというピンクブロンドの子爵令嬢を探し出し、会いに行ったのだ。
「君は『ひろいん』なのか?」
尋ねたフリュイに、ミルクは眉間に皺を寄せて心底嫌そうに
「はぁ??私はそんな名前ではないですよ。人違いじゃないですか?」と言ったのだ。
令嬢にすり寄られることはあってもそんな態度をとられたことの無いフリュイが驚きながらも更に話しかけようとしたところ
「どこの高位貴族のお坊ちゃんかは存じませんが末端の貴族はあなた達と違う理由で忙しいんですよ。さっさとお帰りになってください」と返されたのだ。
フリュイはどう見ても自分が歓迎されていないことは分かったが、ミルクに食い下がり「どうして高位の貴族と思ったのか」と聞いた。
するとミルクはフリュイの手を指さし
「そのキレイな手、全然使ってない証拠じゃない。そんな手をしているのは守られる側の人間だと子供でも分かるわ。そんな守られることが仕事の令息がこんなところをウロウロしていたら護衛さんに迷惑をかけますよ」と言い、離れたところにいる護衛を顎で示したのだ。
面白い子だとは思ったけれど、 フリュイはこの令嬢を愛することは絶対にないなとも思った。
だってもうフリュイには手に入れたい人がいたのだから。