21 学年末パーティーでの波乱
「プチフール公爵令嬢、何の言いがかりだ」
考え事をしている間に、フリュイ殿下が隣に来ていたらしい。真横で殿下の声がした。
「まぁ、フリュイ殿下。お久しぶりですわね。後で私とファーストダンスを踊っていただきたいですわ」
プチフール公爵令嬢はフリュイ殿下に話しかけられた途端、蕩けるような笑みで頬を染め、そんなことを言い出した。
ファーストダンスのパートナーは婚約者と決まっている。
「何を言っているのか分からないな。私のダンスの相手はショコラだけだ」
不快感丸出しでファーストダンスはおろか、その後も他の令嬢と踊る気はないのだと言いたげなフリュイに、プチフール公爵令嬢はフフッと笑って言い放った。
「このところのサントノーレ侯爵令嬢の身の回りでは不祥事が続いていますわ。ブラウン男爵令嬢がずぶ濡れになっていた件では目撃者も多数いることですし・・・」
「それは濡れた令嬢を医務室に誘導していただけだろう」
私的には噂程度ならどっちでも良いのだけれど、間髪入れずにフリュイ殿下が口を挟む。
「それだけではございませんわ。先日の階段での出来事の際も近くにサントノーレ侯爵令嬢がおられたそうではないですか。きっとドレスの件にも関わっているに決まっていますわ。大方フリュイ殿下につきまとう男爵令嬢が許せなかったのね。
ねぇ、フリュイ殿下。そんな疑惑の渦中にいる彼女はあなたの妃にふさわしくないのではなくて?」
誰も言葉を発しない。
音楽も止まってしまっている。
こんなに大勢の学生がいるにも関わらず、会場内は静まり返っていた。
みな、殿下の次の台詞を待っている。
(あぁ、なるほど。プチフール公爵令嬢の目的はフリュイ殿下の婚約者の座でしたか。分かってすっきりしましたわ。
あら、でもプチフール公爵家は王妃様のご実家でいらっしゃるので公爵令嬢は婚約者候補から外れていると聞き及んでおりましたが、アリ、なのでしょうか?)
そんなことを考えていると、途中からプチフール公爵令嬢からすごい目で睨まれていることに気が付いた。
もしかして心の声が口から出ていたのだろうか。
口元を押さえつつ、後ろで心配そうに見守っていたシャルロットの方を見ると、何を言いたかったのか察してくれたようで、困った顔で軽く頷かれた。
でもお二人は従兄妹の間柄。私が知らずとも懇意にされていたのかもしれない。
お二人が想い合っておられるのであれば身を引くこともやぶさかでは無いのだけれど──と考えていると、近くにいたせいで心の声が聞こえてしまったらしいフリュイ殿下が、プチフール公爵令嬢に
「無しに決まっているだろう。冗談じゃない。私の妃は今もこれからもショコラだけだ!」
と言い放った。
日頃から冷たい印象のフリュイ殿下が発した意外な言葉に近くにいた令嬢達が色めきだった。
「フリュイ。そしてプチフール公爵令嬢、ここでは学年末パーティーを楽しみにしていた他の者の迷惑になる。別室で話そうか」
王太子殿下の声にフリュイ殿下が手を差し出し、私をエスコートしてパーティー会場を後にしようとした。
それが気に入らなかったのか、大人しくついてくれば良いのに怒りでプルプル震えたプチフール公爵令嬢が静かに言ったのだ。
「逃げるのですか?」
振り向くと、彼女は挑戦的な目で私を見ていた。
私は殿下から手をそっと外しプチフール公爵令嬢のそばまで行くと、彼女にしか聞こえない声でささやいた。
「逃げているのではないわ。先ほどのあなたの失言を受けての政治的理由からの別室移動なのよ。大人しくついてきたほうがいいわ。さ、行きましょう」
私は彼女の背に手を回し、移動を促す。いつもの調子で諭すように言ってしまったのがまずかったらしい。癪に障ったようで彼女は私の手を払い叫んだ。
「何よ偉そうにっ!私を誰だと思っているの。侯爵令嬢ごときの指図など受けないわっ!」
いえ、指図したのはどちらかというと王太子殿下なのだけど──とは火に油を注ぎそうだから言わないけれど、私の言い方が悪かったわねと反省しつつ横に移動し彼女から距離をとった。