2 ヒロインは丁重にお断りする
この国──オランジェット王国は長子相続制ではない。性別も生まれた順番も関係なく一部例外を除き一番優秀な子供が爵位を引き継ぐことになっている。
『優秀』と言っても学業だけのことではない。
騎士を多く輩出する家、代々文官を務める家、商いを主に行っている家──とその家々で何を『優秀』とするかは違うからだ。
しかし二、三才頃から前世の記憶を思い出していた私は他の子供達と比べ異質であり、学業、言動共に明らかに優秀な部類に入っていたため、弟がいたにも拘わらず早々に次期侯爵と決まっていた。
そう、単純にとうの昔に成人している記憶があった私は、羞恥心が邪魔をしてどうしても幼児のフリをすることが出来なかったのだ・・・。そのため早々に開き直ることにした、その結果が次期公爵である。
しかし前世の記憶があるからこそ、ひとつ下の弟に言い聞かせてきたことがある。
『溺愛は満月の夜に』。
それは私の前世にあった物語だ。
媒体が何かは忘れたけれど「ピンクブロンドの子爵令嬢『ミルク』を、婚約者がいるはずのフォンダン第一王子とフリュイ第二王子が溺愛して取り合う話。
ラストは満月の夜のシーン。月を見上げて立つヒロインを彼女に選ばれたヒーローが後ろから抱きしめる」──さあどっちだ!?
「で、どっちなのですか?」
私と同じプラチナの髪にエメラルドの瞳をしたひとつ下の弟は、前世云々の話には何の疑問も持たなかったようで私にそう問うた。
「──分からないの」
単に忘れてしまっているのかしら?
もしかしたら選択肢でラストが変わる『ゲーム』なのかもしれない。
もしくは、思わせぶりな終わり方で読者に消化不良な気分を味合わ──いえ、想像力を掻き立てる手法とか?
私は何故か五才で第二王子との婚約が内定してしまった。
そう、物語の登場人物である『フリュイ第二王子殿下』だ。
次期国王も兄弟の中で最も優秀な者が就任すると決まっていたはずだ。第二王子も第一王子と変わらず優秀であると聞き及んでいるため、まだそれを決めるには早計すぎる。
──やはり物語の強制力というやつだろうか。
しかもそんな私の戸惑いをよそに、結婚と同時に侯爵家は公爵へ陞爵し、いずれ殿下が公爵、私が公爵夫人となることまでもが内々に決まっていたのである。
しかし、どちらにしてもやることに変わりはない。
私は真面目で素直で苦労性な弟を洗脳すべく──懇々と私の人生計画を話して聞かせるのだ。
学園で子爵令嬢を探し出し、第二王子と恋仲になるように誘導するつもりだと。
第二王子に婚約を撤回されることは白紙撤回や解消、破棄でも十分例外案件なので、私は侯爵位を弟に譲り頂戴した慰謝料を持って田舎で悠々自適な生活を送るつもりなのだと。
殿下は第一王子殿下と並び立つほど優秀な上、剣術にも長けた方なので、きっとヒロインと共に公爵家を新たに興すことが認められるはずであると。
そして今日も私は弟に言って聞かせる。
「だからあなたは侯爵になるつもりで励みなさい」と。
そうして学園二年生の時、私は計画通り入学してきたヒロインを探し出した。
美しいピンクブロンドを追って図書室に入った私は、領地経営関連の本が置いてあるため人気のない一番奥の書棚の陰でヒロインであるミルク・ガレット子爵令嬢に声をかけたのだ。
「とうとうお会いすることが叶いましたわ、ヒロインさん」
「あ、人違いです。では、失礼します」
「え?待って、待って頂戴っ!」
即答して立ち去ろうとするヒロインの腕を慌ててつかみ、私は話を聞いてくれるよう懇願した。
「え、二人目ですって?!」
「そうですよ。私に『ひろいん』なのかって声を掛けてきたのはあなたで二人目です」
他にも私と同じ転生者がいるってこと!?
詳しく聞きたかったけれど、小さい頃のことで相手のことは年の近い人物であったこと以外は性別も覚えていないのだという。
ただ、『ヒロイン』という言葉は初めて聞いた単語だったので覚えていたそうで、その方は普通にお話しして帰っていったらしい。
しかも・・・
「──にしてもふざけた物語ですね。子爵家の小娘が公爵や侯爵家の婚約者に手を出して幸せになるなんて、非現実的過ぎて笑えません。
うちみたいな貧乏子爵家なんてあっという間に無いものにされてしまいますよね。
その『ひろいん』という人物は自殺志願者なんですか?そもそも民や家族のことを全く考えてないですよね。
それにこの国の王子であるお二人は優秀と聞きますが、そんな恋愛にかまけて自身の婚約者を蔑ろにするような阿呆なのですか?みんな恋愛脳なんですかね?王侯貴族である資格もないですね。
──そういうわけで私は関わりたくありません」
と、想像していた『健気で純粋でちょっと夢見がちなヒロイン』とは若干・・・いや、かなり掛け離れた、よく喋る?ご令嬢であった。
『一人目』は本当にこの子と普通に話して帰っていったのかしら・・・。
どちらにしろ、私の計画はヒロインを見つけてすぐに頓挫したのだった。