15 シャルロットの憂鬱なお茶会2
「シャル、今日は元気がないね。先日また学園で事故が起きたと聞いた。その件が君を不安にさせているの?どうかその胸の内を私に聞かせてくれないか」
その日は、王太子妃教育でシャルロットはフォンダンと会っていた。
いつもと違い考え込む様子のシャルロットにフォンダンが優しく問いかける。
「あの、殿下・・・」
シャルロットがそう言うと、フォンダンは切なそうに彼女を見つめ懇願した。
「シャル、名前で呼んで?」
「フォンダン殿下・・・あの、お聞きしたいことがあります」
「・・・なんだい?」
殿下と言う敬称が気になりはしたが、日頃シャルロットから話かけてくることはあまりない。
フォンダンは珍しい出来事に微笑んだ。と同時に深刻な雰囲気をその声音に感じ、すっと手を上げ人払いをした。
侍女が退出し、騎士が話し声の聞こえない扉ギリギリまで下がったのを確認し、シャルロットは口を開いた。
「以前ショコラ様のことを『弟の最愛』と例えられておられましたわよね?あれはどういう・・・?」
一瞬何を聞かれたのかフォンダンは分からなかった。弟王子が婚約者のショコラに執着しているのは見ていれば分かる。
はじめてシャルに出会ったお茶会の後、フリュイから楽しそうに言われたのだ。
「自分はショコラの婿になることに決めたから、シャルロットと王太子の席は兄上にあげる」と。
「大きくなるまで待ってショコラが誰かに取られたら嫌だから、少しわがままを言ってみることにしたよ」
そう言って笑うフリュイが実際に何をどういう風に言ったのかはわからないが、フリュイとショコラ嬢の婚約が内定し、早々にフォンダンは王太子に決まった。そのおかげで無事にシャルロットと婚約できたのだ。
「どうもこうもフリュイは幼い頃からショコラに好意を持っている。サントノーレ侯爵令嬢はフリュイの初恋だよ。そして今も──」
昔を懐かしく思いふっと笑うフォンダンは、シャルロットの「分からない」と言いたそうな表情を不思議に思った。
「ショコラ様は妃教育を終えられ現在は王宮にあがっておりませんわ。王族専用サロンも利用されていませんのでフリュイ殿下とは学園でもほとんど顔を合わせることはありません。一部では不仲であると噂が流れ、信じているものもおります」
フォンダンは信じられないことを聞いているかのように驚きを隠せないでいる。
「最近ショコラ様と親しくさせていただいておりますが、ショコラ様も殿下の好意に気付かれていないので、フリュイ殿下に他にお好きな方が出来たときは身を引く心積もりでおられるようで──」
そこでハッとして、フォンダンがシャルロットの手を握った。
「シャル──まさかシャルも?シャルもそんなことを思っているのか?」
「で、殿下?」
また呼び方が戻っていることに気付かないシャルロットに、フォンダンは悲しそうな顔を向ける。
「何故名を呼んでくれない?私は初めて君を見たときから君だけだ。幼い頃はあんなに笑顔を向けてくれていたのに、いつからか私が君の名を呼ぶとき、私が手を取ったとき、私とお茶をするとき・・・いつも君が少し困ったような顔をするようになった。
他に好きなヤツが出来たのか?君もサントノーレ侯爵令嬢のように私から離れる心積もりなのか?」
「そんな──」つもりは無い、とはいえない。
ミルクと出会って諦めたとはいえ、記憶が蘇ってからずっと考えていたことだったからだ。
その微妙な心の動きを読んだのか、フォンダンは立ち上がってシャルロットの隣に静かに移動すると跪き手を取った。
「シャル、お願いだ。君だけなんだ。幼い頃から君だけを想って生きてきた。国王になるのも君の隣にいる為なんだ。君が隣にいないのならこの国にも自分自身にも興味も無い──」
拒絶が怖くてシャルロットの顔も見ることが出来ない代わりに、フォンダンは唇でその手に静かに触れた。それは手のひらへの『懇願』のキス──。
「っ」
あまりにもシャルロットからの反応が無いことに心配になったフォンダンが顔を上げると、そこには首まで真っ赤に染め上げたシャルロットがいた。
「嫌・・・ではありませっ──。わたっ、私、で、殿下のその、ストレートな物言いが、い、以前よりかな、り苦手なのですわっ。
会うたびに、あ、あ、愛しているだとか、・・・す・・・きだとか。──い、一生それが続くことを考えたら、私、恥ずかしくて耐えられそうにありませんのっ!」
そう、隠さず好意を伝えてくる上に体を引き寄せたり、髪や手とはいえ人前で口付けをしてくるフォンダンの言動は──しかも見た目も魅惑的な王子様なのである──前世でも今世でも免疫のないシャルロットには辱めであり──耐えられないことなのだ。
中には侍女や騎士を人前だと認識していない貴族もいるが、シャルロットにとっては当然人前(人数が多い上に顔見知り!)なのである。
「で、ですので、少し・・・いえ、か、かなりお手柔らかにしていただけるのであれば、で、殿下のおそばで妃としての役目を果たすことも──やぶさかではありませんわっ」
「ふふっ・・・分かった。善処するよ」
その後、シャルが私を愛称で呼んでくれないと思わず盛大な愛の言葉を囁いてしまうかもしれないよというフォンダンの脅し──いや、お願いで、「フォンダン様」と名前で呼ぶことになったシャルロットであった。