11 フリュイ様はあたしに惹かれている
フリュイはショコラがあの湧き水を気に入っており、暖かくなるとよく羽を伸ばしに行っていることを知っていた。
なんなら泉に椅子代わりの岩を持ち込んだのもフリュイだ。
だからこそあの湧き水で女生徒がずぶ濡れになったと聞いた時、ショコラだと思い込み確認せずに医務室に駆け込んだのだ。
学内でショコラにつけている生徒からの報告では、ブラウン男爵令嬢の靴と靴下は濡れてはいなかったらしいので自分から泉に入ったことは確かだ。
しかも遠目からでもショコラが声をかける前に足を滑らせ転んだことは分かったとのことだった。
ショコラはそんなブラウン男爵令嬢に声を掛け岩に座らせると、自分のハンカチで令嬢の顔を拭いただけに留まらず、靴を履く際に手ずから足までも拭こうとしたとか!(それは流石につけていた女生徒が止めたらしいが・・・)
自分が濡れることも厭わずブラウン男爵令嬢に声をかけたショコラの優しさを踏みにじるとは・・・!許さない。
噂の火消しは行っているが、ずぶ濡れのブラウン男爵令嬢を伴って歩くショコラが多数目撃されている上に、当の本人──ブラウン男爵令嬢どころか何故かショコラまでも何も言わないため、なかなか噂は沈静化しなかった。
何故か、ではない。
きっとショコラはこの噂を利用して婚約破棄を目論んでいるのだ。
はじめは逃げるショコラを追っている──ショコラの一挙手一投足を知り、先回りすることで少しずつ自分の手の中に追い詰めているつもりだった。
兄の気持ちも考慮されているが、自分の強い希望で成り立った婚約である。
あのお茶会で、ショコラはテーブルに着いてはいたが、フリュイが同じテーブルについた時ですら自分のことを話すことは一度もなかった。近くに座っているのに距離を感じていた。
フリュイは婚約者になることによってその距離を詰めたつもりでいたのだが、ショコラは『婚約者』というテーブルには着いているが、いつその席から立ち上がろうかと常にタイミングを計っているのだ。
フリュイのことが嫌いなわけでもないが、好きでもない。
まるで──・・・。
妃教育が終わって何年か経つが、在学中は学園のサロンでいつでも会えるため、兄のように婚約者との逢瀬の時間は設けられていない。
誘わないと会えないのに、自分にはその勇気はまだ無い。
アイラはサントノーレ侯爵令嬢が何故噂を否定しないのかは全くわからなかったが、それを好都合とばかりに同情を引くために悲しげな表情を作りつつ、内心ではとても喜んでいた。
思った通りあたしは普通にしていただけでよかったんだ。
ヒロインだからヒーローと出会・・・ってた?まぁ、どれがカウントされたのかはちょっとわからないけど、彼はちゃんとあたしを見初めてに恋をしていたのね。
「フリュイ様はあたしに惹かれている──」
それをあの女とその弟であるサントノーレ侯爵令息が側近の立場を利用して邪魔をしているのよ。