暴走AIと呼ばれ 〜いいえ、付喪神です〜
我は鎧である。中身はもう居ない。
大鋼より叩き伸ばされ作られて幾星霜。
我は我と認知し、更に時を重ねた頃、旅の戦士に褒美として与えられ、彼の者の竜殺しの偉業を支えた。
炎の息吹、山を沈める尾撃、大地を抉る爪、全てに耐え、戦士の身に僅かな傷すら負わせ無かった。
彼はそれからも数多の功績を重ね、やがて領土を築き、我を脱ぎ、家宝とした。
彼の息子の一人が独り立ちをする際に我を所望した。
三男であった彼は漫遊騎士として国土を巡り、不正を暴いて成敗し、父と並ぶ名声を得、そうしてまた我は役を終えた。
幾つもいくつも世代を重ね、やがて竜殺しの血も国も絶えた。我を纏い戦う者があればそれを守り支え続けて来たが、その役もすでに無くなって永い。
今や我は、人ではないマネキンに纏われ、宝剣に代わって鈍を握り、旅客艦テミスの貴賓室に佇む飾りとして、無為な日々を過ごしている。
テミス管理AIと名乗る若輩に絡まれながら只、只管安穏と立ち続けていた日々。そこに騒動が起きた。
賊による襲撃。護衛艦は撃破され逃げ散り、テミスは賊の侵入を許している。
艇の射出口が押さえられ、脱出出来なかった客人達と船員によって貴賓室にバリケードが築かれていく。ここで交戦する腹積りの様だ。
テミスから流れる尋常ではない速さの思考を読み解くと、どうやら此奴は人を殺傷出来ない様子。
賊どもは船員達による反撃で犠牲を出したものの多勢に無勢。じきにこの貴賓室に突入してくるそうだ。
此の身に、まるで幼な子の様に縋るヒトを見て、二代目が為したかったことを知る。
一つ我もその行いを模するとしよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
襲撃は順調だっただろうが!なんでこんな軍用グレードの殺戮アンドロイドがいやがる!!
宙賊の男は腕を砕かれた痛みと怒りで顔を真っ赤に染めて、憎々しげな視線を鎧に向ける。
旅客艦 テミス号の航行予算の情報は漏れていた。宙賊はその情報を買い、テミスに強力な傭兵を雇う予算的余裕はなく、高額な航路選択を採る事が出来ない事が看破された。
宙賊が看破した通り、貧弱な武装をした戦闘艦を護衛として旅客艦 テミスは待ち伏せ地点に現れた。
結果、護衛は包囲攻撃により蹴散らされ、宙賊の違法改造艦にテミスは接舷され、もう間も無く制圧が完了する。
重厚な扉が爆破され、そこで計算外の事態に陥った。
捕らえた獲物や価値の高い芸術品を闇商人に売ったクレジットや残された獲物。少なくない分け前を受け取って裏マーケットを楽しむ筈だった。それなのに。
宙賊の男の目に、己から奪った高速振動式シミターを振るって暴れ回る鈍色の光沢を持つアンドロイドが映る。
型落ちとはいえtier3相当の軍用レーザー。その照射を受け続けて尚傷一つ付かない装甲を持ち、警告もなしに切り付けてくる狂った戦闘機械。
悪足掻きで乗客を人質にしようとした宙賊は、不思議な力で頭が爆ぜた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
我は今、テミスより理不尽な説教を受けている。
ジェネレーターが停止し、シャットダウンを間近にした此奴の船体に憑依してまで宇宙港を目指してやっているというのに理不尽極まりない。
機械知性は頭が固くて敵わぬ。
人の罪は人によってのみ裁かれるべき。などと。
互いに戦う理由がある諍いなら兎も角、目の前で起こる賊による襲撃という悲劇。
それを止める事すら機械知性は厭うている。
それすら人の営みであるから、他種族が手を下すのはエゴであると。
結構な事ではないか。エゴ、自我、付帯する我儘、信念。
もはや我の愛した一族は絶え、纏う者すらいない世界。
神の如く人を平等に扱うのは若輩に任せ、我は我の思うままに贔屓をする。
我はこれより、鎧としての本分を全うするのだ。