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うふふ、おれが小さき竜なのよ!

 白の皇帝はけっして《(ふう)(じん)の居宮である天空宮で長く暮らしているわけではない。

 これは奇妙な言い方になるが、白の皇帝にはほかに帰る場所がある。

 それはもと居た時代――「久遠の明日」で暮らしていた、ハイエルフ族の長であり、世界最高峰の存在であった白の皇帝の居城のことではなく、この世界創世期の時代に迷い込んでしまい、自分を保護して熱心に介抱してくれた「(りゅう)五神(ごしん)」のひとり、《()(がみ)の居宮がそうと呼べる場所なのだが、これは右も左もわからなかった白の皇帝の、いわば雛鳥の刷り込み効果がそうさせているのかもしれない。

 なので、そこに帰りたいというと《風》神がおもしろくなさそうに拗ねるのだ。

《風》神の居宮は述べたように、天空に浮かぶ浮遊大陸のひとつにあって、これは文字どおりはるか上空にある居宮なので、空を飛ぶことができない白の皇帝は遊びに訪ねるにしても、帰るにしても、《風》神に抱き上げられて移動してもらわなければ何もできない。

 いまもそうだ。


「俺、そろそろ帰りたい」


 天空宮にはすでに何日も滞在していたが、ふと、そういう気持ちになる。

 それは自分を熱心に介抱してくれた《火》神が懐かしいのか、それともハイエルフ族もいわば大地の民なので、浮遊大陸ではなく本物の大地に足をつけていないと心情のどこかで落ち着かなくなるのか、それは判然しないところだが、どうしても「ここ」ではない「そこ」に戻りたくなってしまうのだ。

 なので、白の皇帝がこれを言いはじめると、《風》神はきまって、


「俺、急に眠たくなったから、ひと寝入りしてくる」


 と言って、天空宮の奥にある寝宮に飛んでいってしまうし、


「まだゆっくりしていってよ。おいしいもの、夕餉に用意させているんだし」


 と言って、《(かぜ)》族族長である《風》神の世話のためだけに存在する女官たちの心配りの料理を盾に、なかなか白の皇帝を帰してくれない。

 最初のころは、こまったなぁ、なかなか帰らないでいると《火》神も心配するよなぁ、などと思うだけで天空宮をひとりでうろつくしかなかったが、それにも慣れてきて、今度はしつこくせがむようになると、


「どうしてそんなに帰りたがるの? ――()()()()といっしょにいるのは嫌?」


 と、妙に雰囲気を出されて頬を撫でられてしまい、そのまま担ぎ上げられて彼の寝宮……そこにある寝台へと連れ込まれてしまうのだ。

 そうなったら最後、簡単に衣服を脱がされて、白の皇帝は細い足を何日も閉じることができなくなってしまう。しかも《風》神の性癖なのか、性に目覚めたばかりの敏感な、白の皇帝が少年である「証」を昼夜関係なしに口淫されてしまい、白の皇帝は下半身を中心にくたくたにされてしまうのだ。

 どの行為も白の皇帝が泣いたところで、やめてもくれない。

 なので、白の皇帝は《風》神の気がすむまで天空宮に留まるしか他がない。


 ――べつに、天空宮が嫌いというわけではない。

 ――《風》神のことだって、嫌いではない。


《風》神を「族長」と呼んで、身の回りの一切合財の世話をする女官たちは優しかったし、族長同様に明るい性格の持ち主ばかりなので、《風》神が拗ねて姿を隠してしまうと、かわりに遊んでくれる。

 肉魚を主食とする竜族とは異なり、ハイエルフ族の白の皇帝は野菜や果物しか食べることができない。

 それを理解するなり、彼女たちはとてもおいしい料理を作ってくれる。

 歌えば褒めてくれるし、一緒に花冠も作ってくれる。

 ただ彼女たちも当然、族長である《風》神の肩を持つので、


「わたくしたちとともに暮らすのは、お嫌いでしょうか?」

「えぇ……とぉ……」


 などと悲しげに尋ねられてしまうと、それこそ白の皇帝はものも言えなくなってしまう。


 ――来ればとても楽しいのに、今度は帰れなくなってこまるなんて……。


 このやりとりはもう、一切ではない。

 むしろひとつのパターンのようになってしまい、そのたびに白の皇帝は悩んでしまう。


 ――べつに、天空宮が嫌いというわけではない。

 ――《風》神のことだって、嫌いではない。


 なのに、やっぱりどうしても「ここ」ではない「そこ」に戻りたくなってしまうのだ。

 白の皇帝はすこし離れた場所で自分を見守る《風》族の女官たちに何となく背を向け、あたりの草原を何となく歩く。

 吹く風は地上の大地で感じるのとおなじで、草原では草花がゆっくりと揺れて、白の皇帝の長い髪も揺れる。

 以前、風は《風》神が故意的に、あるいは意識的に流しているものなのか、と尋ねたことがある。すると《風》神はやや大げさに腕を組んで、やや真剣に考えるように猛禽のような鋭い眉目にしわを寄せながら、


「いやぁ……あらためて言われてみると、気にしたこともなかったな。ん? 俺、いま風を起こしている?」


 などと、当人もかなり困惑してしまい、


「白の皇帝はどう思う? この風って俺? 俺がずっと流れているように感じる?」

「え、えっとぉ……」


 などと逆に問うてくるので、これには白の皇帝も巻き込まれるように困惑してしまう。

 自然元素である《空》、《水》、《風》、《火》、《地》をそれぞれ司る「竜の五神」は、自身の領域においては敵う者なしだが、かといってその力をすべて故意的にあつかっているわけではないらしい。


「その気になれば何だって好き勝手はできるんだろうけど、自然は何事もあるがまま、これが最初に定められた秩序だから、秩序に背くような好き勝手はするなって、小さいころ《空》神に散々言われたっけ」

「秩序?」


 はて、と小首をかしげると、《風》神も困ったように笑い、


「わかりやすく言うと、《()(チビ)は大陸を海洋の上に創成する。それだけでは物足りないから、では天空でも大陸を創らせてくれと言われても、ここは俺と《空》神の領域だから、それはできない。――そもそも、俺たちが許さない」

「そうだよね、どこもかしこも大陸でいっぱいになったら、お空が狭くなっちゃうもんね」


 そう答える白の皇帝の解釈は、領域問題だけは過敏な「竜の五神」たちとの感覚とはかなり異なり、《風》神にとってその発想はおもしろかった。


「そんな感じで、俺の風は空間すべてに吹く、止まることのない大気でもあるけど、俺はけっして《(すい)(じん)の領域である海洋のなかでは存在できない」

「? 何で」

「そりゃあ――《水》神が怖いからだ。あいつ、見た目は美人なのに性格は底なしにキツい。とくに独自に水世界を形成させたから、自分の領域を侵されることを何よりも嫌がるんだ」

「そうなの? 《水》神はとっても優しいのに」

「それはぁ……ヨカッタネェ」


 白の皇帝はすでに《水》神とは対面している。

 彼は水の属性を強く持っているというハイエルフ族の白の皇帝をとにかく気に入り、「この子は俺の子どもにも等しい。扱いには充分気をつけろ」などと、親になった気分のように白の皇帝には甘いのだ。

 その態度には、すでに彼の性格が充分身に染みている《風》神をはじめとする他の「竜の五神」たちも度肝を抜かれたという。


「ま、そういうこと。俺たち竜の五神にもやっていいことと悪いことが明確化されているんだ」

「ふぅ~ん」

「一番わかりやすいのが、もし《空》神がずっと寝ていたいから、まぶしい太陽を空に昇らせず、ずっと月と星が浮かぶ夜空に世界を変えたら……どうなると思う?」

「えぇ……と、世界が夜だけになったら、俺たちもずっと寝てなくちゃだめなの?」

「――そうきたか」


 答える白の皇帝の解釈に、《風》神は心中「これは、なかなかの大物だな」と方向ちがいに感心していた。

 白の皇帝もまた、「竜の五神」とは何に対してもその力を振るうことができるのかと思いきや、けっしてそういう存在ではないのだと、このような会話を通じて学んでいた。

 竜族――「竜の五神」は白の皇帝とおなじ、見た目は完全な人化をしている。

 その一方で、竜族本来の姿である竜化に変じることもでき、これら人化、竜化を彼らは可視化と言っている。

 さらなる本性は司る自然そのもの。いつかは本来に回帰することらしいのだが、竜族もまた世界創世期時代に誕生したばかりの最初の一族なので、自身のことをよくわかっていない節もあるようだった。

 そんな話のやりとりを思い出しながら、白の皇帝は上を仰ぐ。

《風》神の居宮である天空宮もはるか上空にあるが、それよりもさらに高い空に《空》神の浮遊大陸――蒼穹宮がある。ただ、そうと思われる浮遊大陸の群島は目に入らないので、ひょっとするともっと離れた場所の空の上にあるのかもしれない。

 どちらにせよ、白の皇帝の目には天空の蒼穹の色と太陽だけしか映らない。


 ――空の世界……。


 それは大地の民であるハイエルフ族の白の皇帝にとっては、想像もつかないお伽噺のようなところで、もと居た時代のころはどれほど憧れを抱いて空を眺めていたことか。

 いまはこうして「竜の五神」たちの寵愛を受けながら、天空神である《風》神の居宮に立ち、実際に空の世界にいる実感を味わっているのだが、最初のころこそあまりにも雄大な空の世界に圧倒され、何日も魅入ってしまったが、その興奮がすこし落ち着いたころ、白の皇帝はある事柄に気がつく。


 ――この浮遊大陸には、他の生物がいない。


 おなじ草原でもこれが地上の大地であれば、数多の虫がいて、小動物たちがいて、空には鳥が飛んでいるというのに、それらの姿をこの浮遊大陸ではただのひとつも見たことがない。

 ここは雲より高い場所にあるので、鳥はそこまで高くは飛べないし、小動物たちも、ひょっとしたら落ちると危ないので、だからここには誰もいないのだろうか。

 最初はそんなふうに独自の解釈をしてみたが、どうやら浮遊大陸では地上の大地に住まう生命の在り方はかなり通用が異なるらしい。

 そう考えに行きつくと、いま、白の皇帝はこの浮遊大陸の草原のなかでただのひとりで立っていることになる。

 背後には自分を見守る女官たちが多く控えているが、彼女たちの本性は竜族であり、自然そのもの。《風》族の本性は、風――。

 目に見えぬ、実体のないそれはつねに吹いて流れるだけ。

 そう思うと、彼女たちの姿でさえあるかないかのように感じてしまい、白の皇帝はぽつりとひとりきりになった感じがして、途端に寂しくなってしまう。


 ――だから、生命に溢れる地上の大地に戻りたいと、本能が願うのだろうか?


 そんなことを考えていたときだった。


 ――くちゅくちゅ……。

 ――くちゅくちゅ……。


 何やら、とてつもなく小さな何かがくすぐったげに笑っているような声が聞こえたような気がする。

 はっ、として白の皇帝はふり返るが、そうと思われる姿はどこにもなく、前や横に首を廻らせても、やっぱり自分以外に声を発するような姿はどこにもいない。


 ――もしかして、女官のお姉さんたちが何か楽しげに話して笑っているのだろうか?


 そうとも考えられたが、すでに成人――竜族の場合は成竜ともいうべきか――している彼女たちが笑うときは、くすくす、ともっと大人びたようすで軽やかに笑っている。

 その楽しげな女官たちの笑い方を知っているだけに、では、いま聞こえるもっともっと小さな何かがくすぐったげに笑っている声は、いったいどこから聞こえるのだろうか。


 ――くちゅくちゅ……。

 ――くちゅくちゅ……。


 そのようすは、まるで何かを見て笑っているようだった。

 でも何を見ているのか、その姿がどこにも見当たらない。


「……?」


 聞こえる声は、けっして怖くはない。

 小さな何かが楽しげに笑っている。そのように聞こえる。


 ――くちゅくちゅ……。

 ――くちゅくちゅ……。


 明るく、どこか愛しい温かさにも感じられる小さな何かの声。

 もし目にすることができて、お話しすることができたら、それは白の皇帝と一緒に遊んでくれるだろうか。

 そんなふうに考えながら、もう一度顔をひと巡りさせる。

 そして正面に向き直ったときだった。


「くちゅくちゅ、あなたはだぁれ? どうちておみみがながいの?」

「へ――ッ?」


 突然目の前に現れたのは、小さな子どもだった。

 いや、まだ充分に幼すぎる子どもと言ったほうがいいだろうか。


「うわッ!」


 白の皇帝は突然現れた幼い子どもに驚愕し、思わず声をあげて目を見開いて、その動揺で足もとの草の上に尻もちをついてしまう。

 そのようすがおかしかったのか、現れた幼い子どもはなおくすぐったげに笑い、


「くちゅくちゅ、どうちて()()()ちったったの? あなたはだぁれ?」


 と、幼い子ども特有の声と、まだ舌足らずの調子で話しかけてくる。

 白の皇帝はまだ動揺が収まらず、目の前で笑う幼い子どもに向かい口をパクパクとさせてしまったが、


「うふふ、おれもね、()()()できるのよ? みててね」

「へ? うわッ、だめッ!」


 などと言って、白の皇帝が尻もちをついたのを真似るようにするから、白の皇帝はあわてて上体を起こして両手を伸ばす。


 ――状況はまだ把握できていない。

 ――この幼い子どもがいったい何なのか、まったく理解できていない。


 けれども、宙に浮かんでいる幼い子どもが突如として尻もちをつこうと地面にお尻から落ちようとしたので、それだけは危ないと咄嗟に判断ができ、護らなければという本能が働いて抱き止めようとした。

 こういうとき恨めしいのは、ハイエルフ族が極端に腕力ごとには向かない、非力でしかないということだ。

 どんなに幼い子どもの身体でも、白の皇帝にそれを支える力はない。

 それでも、痛い思いを目の前でさせるわけにはいかない。

 ああ……と思いつつも、白の皇帝は目をつむって歯を食いしばり、幼い子どものお尻を抱くように手を回してしがみつく。

 渾身の力は込めたつもりだが、それでも支えるには至らず、幼い子どもはお尻を地面につけてしまった。

 刹那、幼い子どもは目をきょとんとさせたが、どこかに痛みを覚えて泣くようなことはなく、自分のお尻にしがみついたまま奇妙な体勢で倒れこんでしまった白の皇帝を見てぽかんとし、そして笑い出す。


「くちゅくちゅ、おれ、()()()できたでちょ? じょうず?」


 などと、見事に真似できたと思って自慢そうに尋ね、ほとんど地面に顔をつけるかたちとなった白の皇帝が、背を空に向けて腰だけを高く突き上げている体勢のせいで丈の短いチュニックでは下半身が隠せず、下着を着用しないゆえに素肌の尻を丸出しのようにしている姿がよほどおもしろかったのか、


「うふふ、おちり、まるみえよ? おれもね、おちりはあるのよ?」


 と言って、今度はすぐさま自分の着衣を脱ごうとするので、白の皇帝はあわてて幼い子どもの服をにぎりしめた。

 よくはわからないが、この子はすぐに人の真似をしようとする。


「えっと! いいの! あなたは服を脱がなくてもいいの!」

「そうなの? でも、あなたのおちりはみえているのよ?」

「へ――ッ、こ、これはいいの!」


 言われて、白の皇帝はすぐさまチュニックの裾をつかんで自身の尻を隠そうとしたが、丈が短ければそれもかなわない。


「くちゅくちゅ、あなたのおちりは()()()おちり。どうちて、おちりがみえるの?」

「え、えぇと……」

「ねぇ、あなたはだぁれ?」


 つぎからつぎへと、まるで矢継ぎ早にものを尋ねてくるので、白の皇帝は追いつけない。

 とりあえず地面に座りこんだ幼い子どもに危険はなさそうなので、白の皇帝はようやく上体を起こして、そのままぺたりと座る体勢をして幼い子どもと向かい合う。

 ここにきて、ようやく突然現れた幼い子どもをちゃんと目にしたような気がした。


 ――この子……。


 見たところ、白の皇帝よりも相当に小さい。


 ――ヒトの感覚でいえば、二歳かそこらの幼子だ。


 見た目は白の皇帝と差異はないが、幼い子どもの耳はハイエルフ族の耳とは異なって長さはなく、先端だけが尖っている。――それは世界創世期の時代に実在した竜族の身体的特徴と一致している。

 では、この子は竜族なのだろうか。

 白の皇帝はそう思うが、


 ――竜族に「子ども」は生まれません。


 と以前、大地神である《地》神が教えてくれたことがある。

 竜族が生まれるときは、雄も雌も最初から成竜の姿で、雌であれば女官に、雄であれば半人半竜の竜騎兵や竜騎士になるのがつねで、「子ども」――赤子の姿で生まれる者はいないのだという。


 ――では、どうやって生まれるの?


 そう尋ねると、竜族は《空》、《水》、《風》、《火》、《地》それぞれ部族ごとにわかれて存在するが、誕生はいずれも雄雌が深く交わり、雌の腹から赤子が生まれるというものではなく、


 ――それぞれ部族が司る自然から「自然」と生まれるのです。

 ――「自然」と?

 ――ええ、「自然」とです。


 と、教えてくれた。

 竜族はすべて自然から「自然」と生まれ、部族族長を護り、自然を豊かに実らせて、そうして役目を終えたらまた自然へと回帰する――と。

 最初、その意味をすぐに理解することはできなかったが、生命の誕生でいえば白の皇帝たちハイエルフ族もそうで、彼らも女性の腹からは誕生しない。

 美しく豊かな自然のいくつかが条件的に重なって、その自然属性を纏って誕生する。それこそ「自然」と生まれ、誕生時は誰もが光の珠の姿をしている。それから時間をかけて人の姿になっていくのだ。

 白の皇帝もそうやって生まれたと、もと居た時代の同族たちに言われたことを思い出す。

 ただ、生命が誕生する理そのものは白の皇帝にはまだ難しいが、ある日突然生まれて存在するようになると端的に言われると、そちらのほうが何となく理解もしやすかった。


 ――でも、だったら、この幼い子どもは誰だというのだろうか?


 竜族に「子ども」は存在しないというのに、この子は一見して竜族の特徴が強い。

 それによくよく見ると、この幼い子どもはどことなく誰かに似ている気がする。

 黒の髪はくせっ毛で、子どもも短髪だが横の髪はまばらに長く、愛嬌がある容姿は大変可愛らしく、大きな瞳の金色はつねに興味を抱えてきらきらしているようにも見受けられる。

 何より、先ほどから白の皇帝に質問ばかりしてくるようすに落ち着きがない。


 ――そう、この子は誰かに似ている。


 でも、この子には両眼がある。

 白の皇帝が誰かに似ていると思い出す顔には、眉目は片方しかない。

 服装も似ていると思えば、ほとんど彼の服を縮小させて着ているのでは思うほど同一だ。足もとまである仕立てのいい長衣に、風のように舞うととことん風雅に見えてしまう羽織。

 小さな子どもも身なり正しく、きちんと靴まで履いている。


 ――黒いくせっ毛の髪に、金色の瞳……。


「ねぇ、あなたはだぁれ?」


 尻もちをついた体勢のまま、幼い子どもが問うてくる。

 言葉と同時に両手を伸ばすように白の皇帝に向けてくるので、はて、とその動作の意味が分からず首をかしげてしまうと、


「ねぇ、だっこちて」


 と、幼い子どもがねだってくる。


「だ、抱っこ?」

「そうよ、だっこちて」

「え……えっとぉ……」


 ――俺、持ち上げられるかなぁ……?


 白の皇帝はまずそう思う。

 自分もそうやって「竜の五神」たちに抱き上げてもらうことが多い。――ただし、自分からねだることはないが――、彼らは白の皇帝よりはるかに上背があるため、そのしぐさも容易い。

 だが白の皇帝には非力ゆえ、それが困難だ。

 でも、そのまま手を伸ばして「だっこ、だっこ」と幼い子どもがせがんでくるので、白の皇帝は気合を入れるため深く息を吐く。そして抱き上げようとしたがやっぱりそれは難しく、かわりにぎゅっと抱きしめてみる。

 刹那、鼻についたのははじめて嗅ぐ、幼子特有の不思議な香り。

 それは愛しくて、愛しくて、温かな陽だまりのようにも思える。


「えっと、これでもいいかな? ごめんね、俺にはあなたを上手に抱っこすることができないの」


 まるで機嫌を取るように問うてみると、幼い子どもはこれに満足したのか、自らも白の皇帝に手を回してぎゅっと抱きつてくる。


「うふふ、ぎゅっはね、おれもできるのよ? おれ、じょうず?」


 などと問うてくるので、白の皇帝はつい笑ってしまう。


「うん、上手。俺をぎゅっとしてくれてありがとう。あなたはとても温かいね」

「そうなの? おれ、あたたかいの?」


 きょとんとしたようすで尋ねてくるのが、何だか愛しい。

 白の皇帝はさらに優しく抱きしめる。


「――そうだ、俺の名前だよね。俺は白の皇帝」

()()の……こうてい……?」


 ――ちろ……?


 舌たらずの言葉はまだちゃんと言えないようだが、幼い子どもがそう口にすると、それだけで心が優しく温かになる。

 温かく柔らかい首もとに顔を埋めると、幼い子どもがくすぐったげに笑い、


「おれはね、(ちい)さき(りゅう)!」

「小さき……竜?」

「そうよ、かっこいいおなまえでちょ?」


 ――竜、ということは、やっぱり竜族なのか。


 でも、それでは教えてもらった理と異なってしまう。

 そう思ったときだった。腕のなかで優しく抱いている幼い子どもの身体に突如浮力が加わり、小さな身体が白の皇帝の腕を抜けてゆっくりと浮かび上がる。

 この力はひょっとすると……。


「ねぇ、小さき竜。あなたは《風》族の子どもなの?」


 尋ねると、白の皇帝の顔の位置まで浮かび上がった幼い子ども――小さき竜が小さな手のひらで白の皇帝の頬に触れてくる。

 にこり、と笑いながら、


「そうよ、おれは()()()()()()()、《()()()()()?」

「へ――?」

「そうよ、おれは《風》神なのよ? ()()()()といっちょなのよ」

「??」


 突然そんなことを言い出して、白の皇帝の意識を混乱させた。


 ――《風》神?

 ――大きな竜?

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