"乙女坂夢美"
夢美ちゃんは窓際の席で1人本を読んでいた。"夢子ちゃん"はどちらかと言えば友達が多い方だった。明るくて気さくで、人気者だった。その点だけを取れば夢美ちゃんと"夢子ちゃん"はあまり似ていないのかもしれない。
そんなことを考えながら、少し離れた自分の席から変わらない顔でページを捲り続ける夢美ちゃんを眺める。死ぬ前の日、"夢子ちゃん"を見つめていたように。
「ねえはるひ!はるひー!」
「うわっびっくりした」
「もーずっと呼んでたのに!何見てるの?」
ぼーっとしていてネネの声に気が付かなかったようだ。ぷくーっと顔を膨らませて怒っているネネに自分の世界から引き戻された。
正直に言うか少し迷ったが、今の僕なら気持ち悪がられることもないだろう。視線の先の正体を正直に話す。
「夢美ちゃん見てた」
「…ふーん?可愛いもんね?」
「…可愛い」
「はるひはあーゆー子が好きなんだ?ふーん」
「まあ…うん。前からな」
何だか不機嫌なネネを横目に夢美ちゃんを見つめ続ける。
「前から?私と会う前から?」
「そうだな、多分」
「…そう…じゃあ勝てっこないじゃん…」
「何か言った?」
「なんも!あんま見すぎないでね!キモイから!」
「はあ?!」
そんなことを言いながらネネは自分の席へ逃げて、周りの人達と話し始めてしまった。
夢美ちゃんが本の半分程までページを進めた時、担任が配布物を持って戻ってきた。
「ごめんごめん、じゃあ配るよー」
クラスがそれなりに静かになり、配布が始まる。その間もずっとただ一点を見つめていたのは僕だけだろう。
「はい。じゃあ皆さん、改めて入学おめでとうございます。これからよろしくね。」
さようならという声とともにガタガタバタバタと帰っていく生徒たち。さっそく新しい友達と帰る者、1人で帰る者。夢美ちゃんはやはり1人で帰るようだった。
「帰ろ〜はるひ」
「おう」
ずっと1人で帰る側だった僕も、今はひとりじゃない。そう考えると転生前よりずっといいかもしれない。
ネネと共に校門を抜けた時、あの時のことを思い出した。夢美ちゃんが僕達の前を歩いていた。