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転生

2転生


鈍い痛みで目が覚める。僕は、夢子ちゃんを追いかけるように校門を抜けて、それから…。


「はるひー!いい加減起きなさーい!」


下から知らない女の声が頭に響く。痛む頭を抑え上半身を無理やり起こす。それなりに歳のいった大人の女の声だ。しかし聞きなれた母の声では無い。そもそもはるひって誰だ。僕の名前は、


「ちょっと!何回声掛けたらいいの?!ネネちゃん待ってるよ!」


ドタドタとイラつきを階段にぶつけながら駆け上がる音と、怒鳴り声が同時に耳に入る。知らない名前で知らない声に叱られているこの状況が不気味で、何が起こっているのか分からなくて、怒鳴り声の主に聞きたいことは山ほどあるのに声が出ない。


「起きなさい!入学式から遅刻なんて許さない

よ!」


いかにも怒ってます!という顔と声で力強くドアを開けた声の主は案の定全く知らない誰かだった。母親では無い大人の女が自分の部屋に押し入ってきた状況に恐怖で固まってしまう。震えながらようやく絞り出したのは「ひぃ……」という言葉ともいえない何とも情けない声だった。


「起きてるんじゃない。早く下降りて来なさい。朝ごはん食べて、ネネちゃん待ってるから」


"ネネちゃん"。またも聞き慣れない名前に困惑する。僕にそんな一緒に投稿してくれるような女はいない。友達すらいないのにそんな…彼女みたいなことしてくれる女なんて…。


「ネネちゃんってだれ…ですか…」


自分のこと、この怒っている女のこと。その他の聞きたいことをすっ飛ばしても"ネネちゃん"という女が気になった。


「はあ?ネネちゃんはあんたの幼なじみでしょ?何寝ぼけてんの」


幼なじみ、という自分とは無縁の言葉にさらに困惑が加速する。困惑に困惑を重ね、また寝てしまいそうになっていたところで母親?とは違う声がした。


「酷いなあ、私の事忘れちゃった?」


"夢子ちゃん"とは違った雰囲気の明るく可愛らしい声と共に2つ結びの女が顔を出す。


「あら、ネネちゃん」


「勝手に上がってすみません、あんまりにも遅いから心配しちゃって」


「いいのよ、こちらこそごめんなさいね」


「いえ、はるひが朝弱いのなんていつもの事なので」


「ふふふそうね」


僕を置いて仲良さげに僕の事について話す2人。僕は僕について何も分からないのに。


「早く準備してね、置いてっちゃうよ!」


そう言って呆然とする僕の背中をしっかりめに叩いた"ネネちゃん"は、母親?と仲良く下に降りてしまった。

何も情報を得られずじまいだった…。でもとにかく今日は入学式らしいので急いで準備を始める。怒涛の展開で気がつかなかったが、そういえば確かにここは僕の部屋では無い。ということは、違う家なのか?だから母親?も違うのか…?しかし寝ているうちにそんなことが起こるだろうか、考えられるのは…


「え?!?!?!?!」


制服を着ようと鏡の前に立った僕はあまりの衝撃にまたも情けない声を出し、さらには尻もちを着いてしまった。


「誰?!?!?!」


鏡に映ったのは知らない男だった。高身長だが残念ながらイケメンとは言えない普通の男。でも絶対に僕では無い。僕では無い見た目、知らない家、知らない母親、知らない幼なじみ。導き出される答えは1つだった。


「転生……?」


自分で言っといてなんだが転生ってあの転生か?漫画や小説の主人公にとか、異世界とかに転生するあれか?だとしたらなんの?陰キャだったが漫画やアニメは疎いほうだ。少なくとも今起こったことだけじゃどんな世界か検討もつかない。


「ていうか転生したってことは…」


死んでいる。

だって、転生する方法などそれ以外考えられないのだ。そうだ、僕はあの日確かに"夢子ちゃん"を追うようにして学校を出たんだ。それであの時僕はいい気分になっていたせいで注意力が散漫になっていた。だから信号を無視して突っ込んできた車に気がつけなかったんだ。

自分の中で状況を整理すると死という事象にじわじわと実感が湧いてくる。


「くっそぉ……!!」


悔しい。死にたくなかった。別に自分の事はどうでもいい。僕の悔いは"夢子ちゃん"ただ1人だ。もう二度と会えない、話せない、触れない。そして"夢子ちゃん"を1人置いていってしまったことへの後悔が押し寄せる。"夢子ちゃん"を悲しませるつもりはなかったのに。今すぐ泣いている"夢子ちゃん"の元へ行って、涙を拭ってあげたい。こんな事になるなら1度くらい抱き締めて、キスでもしてあげれば良かった。どれだけ嘆いても、きっと僕は生き返れないし、"夢子ちゃん"には会えない。そんな悲痛な叫びをかき消すように母親?の怒声が飛ぶ。


「はるひ!!いい加減降りてきなさい!!!」


家が揺れたんじゃないかと思うくらいの大声にケツを叩かれ弾かれるように部屋から飛び出した。


「ご、ごめんなさい...」


「全く!もう時間ないし、歯磨いてとっとと行きなさい」


「はい...」


まるで本当の親子みたいだ、なんておかしな感想を抱きながら洗面所へ向かう。あ、そういえば洗面所わかんないや。


「あのう...洗面所ってどこですか...?」


「はあ...?はるひほんとに大丈夫?洗面所は突き当たりのとこよ。ねえ大丈夫なの?何かあったならお母さんに...」


「あ、だ、大丈夫...ありがとうございます...」


母親?の本気の心配にいたたまれなくなり言葉を遮るように返事をし、そそくさと洗面所へ向かう。大事な息子がおかしくなっている母親の心配は計り知れず、おかしくしてしまった張本人の僕はこの身体の持ち主と母親に申し訳なく思いつつ急ぎで歯を磨く。「早く早く!」と急かす声が玄関から聞こえその声に押されるように口から水を吐き出す。


「行ってらっしゃい!お母さん達もすぐ向かうからね!」


「はーい...」


まるで本当の親子みたいだ、と本日二度目の感想を抱きながら玄関へ向かった。


「遅い!遅刻したらはるひのせいだよ!」


そう言って頬を膨らませぷりぷりと怒る"はるひ"の幼なじみらしい"ネネちゃん"は、中々可愛いと思った。

しかしまたも背中をバシン!と叩かれたので、やはり"夢子ちゃん"には敵わないなと思った。


見慣れない景色を"ネネちゃん"と歩いていると、先程までとは違う、少し悲しげな様子で声をかけてきた。


「ねえ、本当に私の事忘れちゃったの?」


「あっえっいや...そういう訳じゃ...」


肯定しても否定しても説明が大変そうだと思っていたら、なんだか曖昧な返事をしてしまった。


「だっておかしいもん。ネネちゃんて誰〜なんて、昨日も一昨日も会ったのに」


「そ、そうだよな。ごめん...忘れた訳じゃなくて...えっと...」


「忘れてる訳じゃなくて?何?」


「に、入学式だから、緊張してるのかも...」


我ながらなんて言い訳だ。苦し紛れに絞り出した言い訳にしても酷すぎる。たとえ緊張してても友達を、幼なじみを忘れるわけが無いのに。

これ以上問い詰められたら正直に言おうと覚悟を決めたその時、"ネネちゃん"の返答は想定外のものだった。


「ぷっ何それ〜!緊張とかするタイプだったっけ〜?ウケる!はるひくん可愛いね〜!あはは!」


「あっえっと...」


何が"ネネちゃん"のツボに入ったのか分からない困惑と、でもおそらくあの言い訳で切り抜けられたのであろう安心が同時にやってくる。


「大丈夫!入学式なんて一瞬だし!クラスで友達出来なくても、私が仲良くしてあげるから!」


「あ、ありがとう...」


「でも、一緒のクラスになれたら1番嬉しい!」


「...俺もだよ、ネネ」


「!やっと思い出したか〜!あ、そういえばね..」


こんな可愛い幼なじみがいるなんて、前の僕には想像もできない生活だ。何も無かった人生だ。"夢子ちゃん"に会えないのはやっぱり寂しいけど、もし本当にこんな日々が続くなら転生も悪くないかもしれないな。


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