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口も耳も目も鼻も、全部君に返す  作者: おもちゃ大図鑑
第1章 頭脳と技術の国ノマード編
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第8話「手記」

 立ち去って行く奴の姿を、フィリーは黙って見届けていた。

 あいつに肩入れしていると思っていたけど、そういうわけでは無かったみたいだ。単純な好奇心か。


 本来の目的通り、俺たちは遺品整理に取りかかった。

 兄さんの家にはあらゆる研究用の道具や、採取してきた草々が散乱している。見るも無惨で片付けをしたくなるような部屋だ。1度、勝手に整理整頓しようとしたところ、「動かさないでくれ」と怒られたことがあった。


 研究用の道具などを片付け終わらせた後、生活用品に取りかかった。フィリーは台所類、俺は兄さんの私物を担当した。

 寝具の隣には、研究用の机とは別の机が置かれている。ノマードの伝統書物やコード国の読み物などが置かれている。

 その中に1つ、他とは厚さの違う物があった。


 これは、兄さんの手記か。


 この家に越してから、何かを書いていることは、何となく知っていた。

 兄さんの亡くなった日の前日も、何かを認めている姿を見ていたから。

 そういえば、あの時、俺が兄さんと交わした最後の言葉は、何だっけ。

 (ろく)な事言えなかった気がするなぁ。


 俺は少し、兄さんの生活を覗いてみることにした。

 薄い冊子の中には、兄さんの字でびっしり埋め尽くされている。

 整っているわけではないが、筆圧が濃く、力強い。兄さんの字だ。



開平5年10月30日

 僕がこの家に移り住んでから、1ヶ月近くかかっただろうか。

 今日から、手記を認めることにした。

 まぁ、何だろう。これを見るのは、多分シアンスかフィリーくらいだと思うから、俺があの家を離れた後、どんな生活をしているかの、報告みたいなものかな。

 事後報告にはなると思うけど、それでも書き留めていたかったんだ。


開平5年11月13日

 今日、我が家に熊が襲来した。

 いやぁ、怖かった、怖かった。何とか退治できたけど、僕はシアンスと違って、狩猟の腕はからっきしだから。

 生命の雁字搦(がんじがら)めが、自然であり、山であると、そう教えられた気がする。


開平5年12月4日

 今日は第2の弟が、我が家へ遊びに来た。

 年齢は変わっていないはずだけど、少し見ないと、大きくなったように感じるなぁ。

 感覚がお爺さんになっている気がする。老け込むのは年齢だけにしてほしいな。あぁ、そろそろ20かぁ。

 後30年ほどの人生で、僕は何ができるかな。ちゃんと、秘薬を見つけられるかな。


天治1年1月1日

 新年が始まった。

 1ヶ月前くらいに、フィリーから教えてもらった。今年から年号は「天治」に変わる。

 天を治す、うん、いい言葉だ。

 何だか、僕を、僕たちを、後押ししてくれている気がする。

 なぁ、そう思うだろ、シアンス。頑張っているかな。


天治1年3月24日

 今日、初めて弟が家に来た。久しぶりに会えて、やっぱり嬉しかった。

 家や第2の弟のこと、昔の思い出、ノマードの現状。弟曰く、ノマードは近々国家になるらしい。たわいもない話をたくさんした。気を遣ってくれたのかな。本当は、もっと言いたいこと、いっぱいあっただろうに。

 だからこそ、僕も嫌悪感は表に出せなかった。

 弟が博士から研究を引き継いで、完成させたであろう“車”。どれだけ、この山を傷つけているのか。黒煙を吸う、森を想像すると、いたたまれない気持ちになった。

どうして、わかってくれないのかなぁ、とも思う。


天治1年9月18日

 この家に住んでから、1年が経った。1年前と比べると、やっぱり見違えるほど、いい家になったと思う。

 ただ、目的は難航中。まぁ、それはわかっていたこと。

 口固症への薬草は、僕たちのご先祖様が、何千年もの間、見つけられなかったものなんだから。

 でも、まだまだ時間はある。死ぬまでに、絶対に見つけるんだ。


天治1年10月15日

 シアンスが半年ぶりに家を訪れた。

 ラボに復帰してほしいと、言われた。口固症を、一緒に研究しようって。

 正直、嬉しかった。ノマードが国になって、公職として研究・発明を繰り返している今もなお、その気持ちを持っていてくれて、率直にそう思った。

 突っぱねた後の顔を、見るのは辛かったなぁ。

 でも、僕はやっぱりラボに加担できない。目にする全てに、思い出の詰まったこの山を、無作為に傷つけることはできない。

 早く、秘薬を見つけなきゃ。



 最後の日付まで綴文を読んだ俺は、手記をそっと閉じた。


「俺がさ、兄さんへ最後に言った言葉、“頑固頭”なんだ」


 フィリーの返事は無く、静寂が流れる。

 俺は埃っぽくて適わないと適当な理由をつけて、1度家の外へ出ることにした。

 夕闇もすっかり消えた山中の夜は、辺りの全てを飲み込む漆黒を感じさせる。

 だが、1度空を見上げると、そこかしこに満天の星が映っている。


星空(これ)が見えない世界か。見える世界か。」


「ちょっといいか」と呼ばれたフィリーは、飛ぶような勢い来てくれた。



「俺は今、この世で最も美しい景色を見ているんだ。フィリーは、見たいと思うか?」

「?…えぇ。見られるのであれば、見たいです」

「そうか。そうだよな。でも、俺は飛行艇に乗ってさ、1番近いところから、この景色を見たいかな」


 フィリーは理解に苦しんむように、「はぁ」と声を上げた。


「ちょっと、人捜しを手伝ってくれないか。どうしても、手中に収めたい奴がいるんだ。さっき出ていったばっかりだから、そう遠くに行ってないと思うんだけど」


 作業を放り出し、俺とフィリーは星月が照らす闇夜に、飛行艇で飛び込んだ。



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