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口も耳も目も鼻も、全部君に返す  作者: おもちゃ大図鑑
第1章 頭脳と技術の国ノマード編
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第7話「名前はその人を刻む」

「何だか、今日は外が騒がしいな」


 外の様子が気になったようで、普段は大人しくしている彼が、客間から出てきていた。


「今日は国葬があるんです。…あっ、えっと」

「俺が殺した人たちを、弔うんだな」


 彼はテクテクと、リビングに取り付けられた窓の際へと移動する。


「俺が殺した人は、何て言う名前なんだ」

「え…あっ、ボイス。ボイス=クロロホルムです」

「そうか、ボイス」

「どうして、そのようなことを?」


 彼は窓に息を吹きかけ、色の変わったキャンバスに“Voice”と綴る。


「名前は、とてもいい文化だ。その人が何者だったか、この5文字に込められる。そして、それは心に刻まれる。忘れないように、深く刻まれる」

「あ、あの…ボイスの綴りは、“Bois”です」

「え?そうなの?」


 綴った文字を指で拭き取り、彼は正確に書き直した。


「彼女にも、名前をつけてあげたいなぁ」

「…彼女?」

「ボイスを殺すきっかけとなった人物だよ。でも、それは俺の早とちりだった。申し訳ないとは思っている。…ただ、それほどまでに、俺にとって彼女は大切なんだ」

「じゃあ、“愛しの人”っていう意味で、マシェリとかどうですか」


 かつてノマード族が使用していた言語の名を提案すると、彼は「マシェリ」と呟いた。


---


「彼はもうすぐ、ここを旅立つそうです」


 つい口に出た「…なぜ?」という困惑に、薄暗い室内で座していた奴が答える。


「彼女、マシェリはコード国にいるというのが以前の国長の言葉。さっき話を聞いた時には、ノマードは従属国故、交渉は難航するだろうが、必ず連れてくるとも言っていた。だが、シアンスはそれを嘘と言う。だから、俺は直接コード国に乗り込みに行く」

「つまり、話を聞くチャンスは今しかないんです。僕は聞きますよ」


 なぜ、こいつ側についているのか。というのは、置いておいて。

 研究対象(こいつ)がノマードから出ていくのは、俺が困る。

 どうにかして、ここに留める策を、考えなければ。


「…いいだろう。話せ」


 持ち込んでいたランタンを灯した俺がそう答えると、いつになく神妙な面持ちで、彼は語り始める。



「夕暮れ時だったかな、俺はここで目を覚ました。ここはどこだ?とか、今日は何日だ?とか、そんなことよりも真っ先に、マシェリのことが思い浮かんだ。彼女は、どこにいるんだって。辺りをほっつき歩いてみようと思い立った時に、O-gunを見つけた」


 兄さんが亡くなった日の正午頃、確かに俺がメモとともに、それを届けに行った。

 …あぁ、いかんいかん。作戦を立てなければ。


「最初は、俺のかと思った。ただ、俺のO-gunは全て揃っていたし、残りの穴にもはまらなかった。だから、この家にあったのは、間違いなくマシェリのものだった。そこからかな、俺は怒りで冷静さを失っていた」


「それは、どこに怒る必要が?」というフィリーの質問に、奴は実演を交えて、回答した。


「O-gunを取り外すのは、簡単じゃない。引き抜くのに力がいるから、落っことすなんてことはありえない。自分で抜くか、誰かに抜かれるか、それしか考えられない。そして、自分で抜くメリットは、存在しない」

「確かに、感覚や記憶を自分から無くすなんて、しませんね」

「そう。誰かに抜き取られたんだ。マシェリに危害が加えられていないとは、考えづらい。許せなかった。マシェリのことを思えば、思う程、怒りで視界が真っ暗になった。そして、ボイスが帰ってきた。ボイスが、一連の犯人だと断定してしまった」



 …じゃあ、兄さんは、勘違いで殺されたってことか?



「その直後だった、俺がメモを見つけたのは。内容から判断して、次の標的はシアンスになった。同時に、ボイスは何も知らないという事実も把握した。その時は、ラッキーだと思った」


 咄嗟に俺は、机に転がる遺品のナイフを手に取り、目の前に座る男へ突きつけていた。


 兄さんの死を、ラッキーだと?


 だが、不死者は物怖じしない。淡々と話を続ける。


「僅かな手がかりを怒り狂った自分の手で葬ってしまったから。そんな矢先に、より情報を得られそうなターゲットが現れた。こいつは生かしておこうと考えた。だから、殺さずに案内をさせた。ラボでもそうだ。シアンスが1番利用価値の高い人間と判断し、傷を浅くした。…でも、この国にはマシェリはいなかった」


 握った中に刃が光る腕をどかし、兄さんの血潮が残る床へ、奴は足を落とした。

 そして、その赤黒の染みへ打ち付けるように、頭を下げた。


「ここで起こしてしまったことの全てが、俺の軽率で無鉄砲な蛮行だった。シアンスに、申し訳ないとは思っている」


 何だ。何だ、これ。

 いいんだよ、そんなの。そんなことは、どうだっていい。


「失せろ」


 お前の苦悩とか、どうだっていい。

 謝罪して、心が晴れるのは、お前だけだろ。

 頭にネジぶち込まれたくらい、俺は不快なんだよ。


 お前なんか、見たくねぇ。知りたくねぇ。思い出したくもねぇ。


「俺の前から、とっとと消え失せろ!!」

「…あぁ、そのつもりだよ」


 それ以上何も言わず、奴はこの場から姿を消した。



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