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口も耳も目も鼻も、全部君に返す  作者: おもちゃ大図鑑
第1章 頭脳と技術の国ノマード編
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第5話「国長の謀略」

 天治2年9月10日、ノマード国会。議題は、異形の体を持つ赤髪の殺人鬼。その処遇について。

 国長は処刑を否定し、研究対象としての保護を言い渡した。


「なぜです?なぜ、奴を処刑しないんです?」


「まぁまぁ、落ち着き給え、シアンス君」と腰巾着どもになだめられ、俺はひとまず話しを聞くことにした。


「まず、かのコード国からの(たまわ)り物についてだ。君には、まだ詳細を伝えていなかったからな」

「弾薬のような形の物質、オブリビヨンガン。通称、O-gun。体組織の機能を封印することができる謎の物体でしたね。俺の手元に届いたのは、口のO-gun」

「あぁ。しかし、それは自然物ではなく、ある奇妙な人間を捕らえた時に得た物だと。その者曰く、自身にも訳のわからぬ代物で、効力のみ把握していると説明。御国の(あるじ)は、それを先見的技術と判断。それ故に、我が国の誇るラボに解明と実用化のお達しが来たのだ。我々としては、奉公精神に準じ、もちろんこれを承った」

「つまり、御上(おかみ)はこの技術が欲しいと」

「そうだ。ご期待に添えるよう、全力を注ぐ、はずだったが、事態は急変した」


 白髭を貯えた国長は、言葉とは裏腹、焦燥の素振りを見せなかった。寧ろ、不敵に笑っているようにも見える。


「ボイス元職長とラボ職員らの殺害。そして、その実行犯との会談により、我々は方針転換を図ることにした」

「…奴は、何を要求してきたのですか」

「話が早いな。流石に、彼から何か聞いていたのだな」


 奴の言っていた取り決めの中で、女との再会を要求したのは、明白。

 O-gunへの認識から、奴とコード国で発見された人間は、間違いなく同一の種族。奴の狼狽ぶりから、2人の関係性が蜜月なのも、明白。


「彼は彼女への面会と返還を要求してきた。我々はこの条件を呑むことにしたよ。必ず、ここに彼女を連れてくると」

「そんなこと、できるんですか?一従属国の我々が」

「無理に決まっているだろう。彼女は国の重要人物に指定されていると聞く。我々の頼みなど、跳ね返されるだろうね」


 まぁ、それはそうだろうな。つまり、奴への対応は方便。


「どうして、そのようなことを?」

「重要なのは、彼の素晴らしき肉体だ」


---


「君か。我が国の者を、何十人も葬ったのは。…その無数の刺し傷は?」

「あぁ、そいつらに刺された。が、直に治る」


---


「君も交戦して、知っているのだろう。あの異常な治癒と再生能力。決して立っていられるはずの無い怪我だったが、ピンピンしていた。そして、今では刺し傷1つ見当たらない。あれは、素晴らしい」


 確かに、あれ程、研究対象としてそそられるものは無い。そこから何かを得られれば、医療の観点で、重大な進歩を達成できるかもしれない。


「あの恵体、ひいてはそこから得られる成果物を、我が国のものにする必要がある。これは我が国よりも遙かに劣っている御国の技術では達し得ないことだろう。あぁ、素晴らしい。ノマードの更なる発展と栄華が目に浮かぶようだ」

「だから、あいつを殺さず、研究しろと?」

「そのために、君の家に留めている」


 あぁ、なるほど。

 詰まるところ、この老害どもの脳内は、目先の利益で溺れて、いっぱいいっぱいというわけだ。


「恐れながら、奴を野放しにするのは、死んでいった者たちの、冒涜行為かと」

「この国の発展のためだ。彼らにとっても、本望だろう」

「…確かに、口のO-gunの実用化に成功したら、この国の民にとって計り知れない安心が得られるのは間違いない。しかし、それとこれとは話が別です。奴を生かしておく必要などどこにもありません」


 俺の熱弁を聞き終えると、国長は突然吹き出し、笑みをこぼした。



「シアンス職長。聡明な君も、今日は勘違いが多いな」

「…何をおっしゃっているのか」

「誰がO-gunの研究をしろと言った」

「…は?」

「君が研究するのは、あくまで彼の肉体についてだ。それ以外のことはしなくてよい」

「なぜですか?!」

「ラボ職員が、君しかいないからだよ。役割を分担することができなくなった今、現状の研究を引き続き行いながら、この国の発展に1番相応しいものを研究してもらう」

「…口固症(こうこしょう)患者を、見捨てるのか?」

(まつりごと)には、優先すべきことがあるのだ」

「ふざけるな!!!」


 我慢の限界に達した俺の腕は胸ぐらを捕らえ、握った拳は頬へと放たれる。

 だが、それは無情にも、国長の広げた片腕によって弾き返された。

 自治に回り、表舞台から退いても、狩猟民族の長なのだ。強靱な肉体は若い頃のまま。


「時に、君の両親は口固症の罹患者だったな。心苦しいことを申しているのはわかっている。だが、敢えて言おう。君は、公私混同しているだけではないのか」


 結局、負わされた任を辞退できぬまま、国会棟を後にした。



 意気消沈の帰り道、あることに気づいた。

 ラボ職員と兄さん。皆の死因が伏せられたのは、ささやかな計らいでは無かったということ。

 殺人何て起きてなかった。無駄な反感は無い方が良い。事実は隠滅すればいい。


 今、この国で1番重要視しているのは、21人を殺した殺人鬼なのだから。


 帰宅すると、フィリーが食卓の準備を整えている。

 「おかえりなさい」と言う彼を尻目に、リビングを横切り、奥に設けられた客間へ足を踏み入れる。

 我が家はノマード伝統家屋から改築を行い、2階立て構造になっている。1階にはリビングや客間、風呂があり、2階には部屋が4室。俺とフィリー、兄さんの寝室と、物置部屋という分け方になっている。

 陰気くさい部屋には、寝具の上で横になっている奴がいる。


「どうした。顔を見せてほしくなかったんじゃないの」


 料理の匂いがここまで充満しているが、言いつけ通り、顔を出さないようにしていたようだ。


「…お前、彼女に会いたいんだろ」

「あぁ。国長が彼女を連れてきてくれると言った。ごめんだが、それまではここにいさしてもら…」

「それは方便だ」

「…は?」

「残念だったな。お前は、騙されているだけだ」



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