表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
口も耳も目も鼻も、全部君に返す  作者: おもちゃ大図鑑
第1章 頭脳と技術の国ノマード編
5/26

第4話「ボイス=クロロホルムを偲ぶ」

 あぁ、死ぬって、こんな感じなのか。

 辺りが真っ白っていうか、なんか温いっていうか。布団の中で、寝ているみたいな。


 …ん?布団の中で寝ている?


「あっ、起きましたか」

「んん。…フィリーか」

「喉渇いていますよね。今、何か持ってきます」


 このヒノキの香りと、そば殻の枕。そして、我が家の一員であるフィリー。


 そうか、俺は家に帰ってきているのか。

 どうして?あそこから、何が起きたんだ?


「大変でしたね、色々」と言いながら、フィリーはコップ1杯の水を手渡す。


「…聞いたのか、兄さんのこと」

「はい、少しだけ。シアンスさんが起きたら、国葬を行うと、国会の皆さんが」


 喉を潤すと、少し頭がすっきりしてきた。


 …そうか。やっぱり、兄さんは。


「なぁ、その後諸々どうなったか、わかるか」

「いえ。治療棟に運ばれていたシアンスさんが、一命を取り留めて、ここに戻ってきたことしか。詳しいことは、この方に聞いて下さい」

「良かった。やっぱり生きていたな、シアンス」


 赤髪に、見え隠れする5つの輪。首筋には“R”の刺青が映っている。


「…なぜ。なぜ、ここにいる」

「国長と取り決めを行った。目が覚めたら、シアンスにも話す機会を設けるとのことだ。詳しい話は、その時に聞いてくれ」


 沸々と湧き上がる憤怒は、奴の胸ぐらを俺に掴ませていた。

 だが、その反射とは裏腹に、理性と経験が、伸ばした腕を戻させる。


 …こいつに何をやっても、無意味じゃないか。


「…とりあえず、俺の前から消えてくれ。早く」

「あぁ、わかった。でも、俺はここに居座らせてもらう。そういう取り決めなんだ」

「ふーっ。…勝手にしろ」


 兄さんを殺した人間を、俺の家に居させるのが、取り決めか。

 奴の犯したことを知っての狼藉(ろうぜき)なんだろうな。老害連中が、何を考えている。


「シアンスさん。今日の午後18時に、国葬を行うとの連絡が。それまで、ゆっくり休んでください」



 定刻通り、集落の中心部に位置する大広場において、国葬が行われた。参列者はほぼ全国民。少数の民族だが、圧倒的な人数だった。

 まず、亡くなったラボ職員への黙想が捧げられた。死因はラボ内で発生した有毒ガスによる不運な事故と伝えられた。

 やっぱり、俺しか生き残ってはいなかった。


 そして、兄さんの棺が運ばれる。

 ボイス=クロロホルム、享年20歳。

 “Rover”の立ち上げ人であり、2代目職長。数々の発明や研究で成果を上げ、この国の発展を押し上げた人物。死因は持病の悪化と伝えられた。

 伏せられた事実は、貢献者の名誉を守る、国からのささやかな計らいだった。


「安らかな眠りを願い、献木を捧げます」


 代表を務めたのは、ラボ唯一の生き残りであり、ボイスの弟である俺、シアンス=クロロホルム。

 ノマードを愛した兄さんのため、古来に行っていたとされるノマードの葬式作法を模して、伐採した万年巨木の小枝を、桶に手向けた。


 兄さん。どうか、安らかに。



 国葬を無事終え、帰宅すると、例の居候が待ち構えていた。


「ボイスは、すごい人なんだな」

「…気安く兄の名を呼ぶな」

「あぁ、名前という文化が物珍しくて、ついな」


 何言っているんだ、こいつは。

 と思いつつ、俺はそそくさと自室のある2階へ上がろうとした。


「なぁ、謝らしてくれ」


 突然の謝罪の言葉に、何もかもが硬直し、俺はその場に立ちすくんだ。


「ボイスを殺したこと、悪いとは思っている」

「…だから、気安く名を呼ぶな」

「シアンス」

「俺の名も、呼ぶな」


 自室に戻り、自然と深いため息がこぼれた。

 あまりに多くを無くした喪失感。やり場の無いどす黒い感情。

 一晩に渡って、それらが俺を、夢の世界に行かせることは無かった。



 翌朝、圧倒的に眠い目を擦り、荷支度をした。

 くしゃくしゃの白衣を身に纏い、低い日差しが降り注ぐ外の世界へ向かった。

 普段なら、ラボで研究を進め、昼食を取りに帰宅、午後最出勤という流れだが、今日の目的地は違う。足の進む先は、国会棟。国葬終了後に、国の幹部連中から声をかけられていて、国会へ出席することになっている。

 議題はもちろん、この国始まって以来の大犯罪者について。


「やぁ、よく来てくれたね。シアンス職長」

「職長代理です。毎度毎度、間違えないで下さい、国長」

「あぁ、これは失敬。だが、もう良いのではないか。残念なことだが、代理を名乗る必要は無かろう。ほら、その眉間の寄った怖い目つきをやめてくれ」

「生まれつきですので」


 第1023代村長兼、初代国長ロイ=ロワ。御年40歳で、ノマード族の大御所。

 彼を中心とし、国の方針を決める重要な会議を行うのが、国会。

 構成員は国長と4名の幹部。それぞれに大臣の冠がついているが、ハッキリ言って国長の腰巾着。

 つまり、ここは彼の思想、判断が国の方針となる場だ。


「早速、本題に入ろうか」

「国長、それに先んじて、お伝えすることがあります」

「…何だ?」

「兄とラボ職員総勢20名を殺した男ですが、どうやら不死と思える異形の体を持っています。処刑については、やや難しいかと」


 国長や幹部たちの反応は悪かった。確かに、不死などと言い出されては、飲み込めない状況に対し、呆気にとられるのも無理は無い。


「シアンス職長、何か勘違いしておるようだな」

「…と言いますと?」

「彼は処刑などしない。丁重に扱っていくつもりだ」


 は?…今、何て。


「今日君を呼んだのは他でもない。国からの公職として、彼の恵体を研究する任を与える」


 状況が飲み込めていないのは、俺の方だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ