第21話「大人種闘争」
高く伸びた首は蜷局を巻き、細い舌がチョロチョロと動いている。
「いや、やっぱり人じゃなくない?」
「この国での名は“轆轤首”。実在する立派な人間様だぜ」
蛇のようなケゲンの頭が、ものすごい速度で襲いかかる。躱したコンは反撃に出るも、柔軟で伸縮性のある首は逃げ回り、一太刀も入らない。
「それが、何だっけ、通力?」
「あぁ、そうだ。だが…」
首の収納先は自由自在。胴体へ戻すか、頭の方へ胴体を持ってくるか、好きに選ぶことが可能。
首を戻したケゲンの全身はコンの真上に来ており、その体躯は先程と別人のように、頑強に膨れ上がっている。
「これだけじゃねぇよ!!」
恐ろしい肉体から繰り出された打撃が、コンの脇腹にクリーンヒットする。
「この肉体は“食人童子”。まだまだ、行くぜ」
元に戻ったケゲンの体だが、両腕は見る見るうちに巨大化していく。すんでのところで躱したが、振り下ろされた両の拳は、街路をたたき割るほどの破壊力だった。
「“大太法師”。どうだ?楽しんでいるか?俺の通力」
「わけわからないな」
「無知なお前に教えてやる。今変化したのは、全て実在の人種だ。だが、その垣根、種別を通り越し、体に変容させるのが、俺の能力。名を“種通”」
「んー、用はあれだろ、ビックリ人間だ」
「そうかもなぁ!」
食人童子の体躯に変容し、ケゲンは打撃を一発。短刀で迎え撃つコンだったが、その力の差は歴然、無情にも弾き飛ばされる。
たたみかけるように、打撃のラッシュを繰り出す。
迫力はあるが、頑強な肉体のせいか、そこまでの速さは無い。コンは何とか捌ききり、短刀で腹部に一撃を入れる。
しかし、見る限り、ケゲンの体は無傷のまま。
「そんなヒョロアマの攻撃、今の俺には聞かねぇな」
流石にたじろぎ、動きの鈍くなったその一瞬を見逃さず、膨張した筋肉体がコンをギュッと抱きしめ、離さない。
“鬼絞め”
バキバキと骨が折れる音とともに、コンはその場に倒れ込んだ。
「いっちょ、あがりだな…なぁ、口は聞けるだろ。なぜ、墳塔牢を襲った?」
「はぁ、はぁ、はぁ…大切なものを、奪いに来た」
「大切なもの?」
「あぁ、そう。そうだ…俺はただ、奪いに来ただけ!」
コンは腰に下げていた玉を放つ。シアンスから受け取っていた緊急用の奥の手。地面に打ち付けられたそれは、煙幕を上げ、全員の視界を遮った。
感覚を頼りに、コンは煙幕に紛れ、戦線を離脱していく。
煙の中から出たところに、待ち受けていたのは、眼球の無い男。
「どこへ行く、丸見えだぞ。“野篦坊”の俺にはな」
腰に下げた刀を漸く抜いたケゲンは、容赦無くコンを斬りつける。
「もう、逃げんなよ。お前っ…」
パァン!!!!
今まで隠してきた奥の手を、ケゲンに打ち込む。
だが、急所には外れ、その一発は肩に撃ち込まれる。
それでも、戦局を変える一手。コンは戦線から離れようとするが、五天武はちょっとやそっとでは崩しきれない。
コンを追い越したと思ったら、彼はまた別の体躯で浮遊している。
「痛ってぇな。逃がさねぇって、言ってんだろ!!」
背に生えた翼の力強い羽ばたきで、突風が起り、コンは一歩も前に進めない。
「何度負傷させても、倒れねぇその体。お前、何者だ?」
「KKkkkkkkkkooooonnnnn!!!!」
コンの名乗りも空しく、風圧に負けて、届かない。
風が止み、自由を得るも、彼の体力は底を尽きている。
見たことも無いような疲労感は、表情を見れば、明らかだった。
そして、それは彼の四肢を拘束し、逃げる一手にも転じられない。
「西国の兵士とか、まだ見ぬ別種とか、そんなことはどうだっていいんだ。俺たち、五天武の役目は、奉公。ジョウシャク様に受けたご恩を、返すために死力を尽くす。誰であろうと関係ねぇ。死を負わせるのみ」
すぐにでも斬首できるよう、ケゲンは首筋にそっと刀を構える。
絶体絶命の状況の中でも、彼の息は整わない。
はぁー、ふぅー、はぁー、ふぅー、はぁー。…ふぅーーーー
「…何か、俺。疲れたの始めてだ。…でも、今、何でもできそう」
不敵に笑うコンの五体は、既に回復しきっている。
その姿に何かを感じとったのか、彼は食人童子となり、全身全霊で首を刈りにいった。
しかし、彼の短刀に止められ、鍔迫り合いを起こす。先程までは、力比べで歯が立たなかったが、徐々に押し返しているのはコンの短刀。
「くっ、火事場の馬鹿力ってやつかぁ!!んあぁぁ!!」
「んおらぁぁ!!!!」
無双状態の彼は、ケゲンの巨体を吹き飛ばした。
この時、コンは核心した。
今が戦線離脱の最後の好機だと。
戦闘経験豊富な彼にとって、開放された今の身体能力は始めての境地。しかし、いやだからこそ、これが続くものではないことを、本能的に感じとったのだ。
「じゃあな、ケゲン」
パァン!!!!
1度使用したはずの奥の手。
弾も詰めていないのに、その発射された薬莢は、今度こそケゲンの胸部を貫いた。