第17話「五天武」
「いい加減、女にうつつを抜かすのは止めろと言ったはずだ」
「父さんにとやかく言われる筋合いは無いよ」
「この世は因果応報だ。過去の行いは必ず、未来の自分へと通ず…」
「はいはい、ご忠告ありがとう。…でも、あれはただの演目だよ」
トキタカの心配を他所に、ヤジロウは不敵な笑みを浮かべていた。
「最初は本当に殺る気だったけど、人だかりができてきたから、演者になって盛り上げただけさ。全ては、天武になるため」
騒動が起きてから数分後、気を失っていたコンさんは目を覚ました。
驚くべき事だが、彼が寝ているその間。いや、その以前にはもう治癒されていたのかもしれない。傷を負っていた箇所は全て塞がっていた。
その異様な光景に、スケさん夫妻は困惑していた。当然、僕も。
一体どういうことか、検討もつかないが、得体の知れないコンさんのことだ。そういうこともあるのかもしれない、と楽観的に考えるしかなかった。
「兄ちゃん、目覚ましたか。…ありがとうな」
「ん?なんのこと?」
「っけ、格好つけやがって。まぁでもそうだな、悪い。無粋だった。でも、ありがとう」
そう言って、スケさんは深々と頭を下げた。
コンさんの顔を立てるため、勘ぐるようなことはしなかった。
でも、何だか悪い気がして、そう思うと見ていられず、「顔をあげてください」と言葉が出ていた。
「いやいや、良いんだ。コードは施しと返しの国。受けた恩は返さにゃ、収まらねぇ性分で…」
「なぁ、あいつくらい強いのが、ゾロゾロいるのか?」
コンさんは饒舌に語る言葉を遮る。
僕にとっては慣れた景色だが、スケさんは少し呆気にとられた様子だった。
「…まぁ、そうだな。奴は相当な腕だ。だが、あれよりも強いのが五人いる。」
「さっき言っていた“五天武”という人たちですか?」
「あぁ、そうだ。トウリ=トキタカ然り、五天武は5分割したコード国の領地をそれぞれ治めている。彼らはジョウシャク様の1番の臣下として、身を粉にして、国を守り、闘う。もちろん、相当な実力が求められる」
「なるほど。じゃあ、もっと強くなる必要があるんだなぁ」
いつになく真剣な声色で呟くコンさんに、「無理だ」と一蹴する。
「五天武は、別格だ。その技量はさることながら、彼らは“人智を越えた通力”を持っている。」
「人智を越えた通力?」
「あぁ、実態はわからないが、彼らは人間の領域を越えた存在。俺は見ていて、そう思った」
「詳しいんだね」
「あぁ、こう見えて昔は武人の1人だった。所謂、落ち武者って奴だ」
確かに、ヤジロウが“落ち武者”と言っていたような気がする。
落ち武者とは、落ちぶれた武人のことらしい。
「僕らは身分のこととか、よくわからないんですけど、何で落ち武者に…?」
「昔、俺が警護していたのは、“墳塔牢”という罪人を捕らえておく場所だ。そこに囚われていた人を、まぁ逃がしちまったんだわ」
くだらない昔話だと、これ以上は話を聞かせてくれなかった。
でも、お節介のスケさんのことだから、何となく事情はわかった気がする。
シアンスさんと落ち合う予定時刻は、14時。
ゴーマ入都の際の大門の前で、待ち合わせているから、そろそろお暇する時間だった。
「ありがとう、スケ、セツ。ご飯美味しかった!」
「…本当に、ありがとうございました」
思えば、シアンスさんとボイスさん、そしてコンさん。彼ら以外と、こうして同じ時を過ごしたのは、初めてだった気がする。
眼球の無い、この異様な見た目では、他人と同じ環境にいることは難しいんだろう、と思ってきた。
シアンスさんは僕を人目に出したがらない理由も、納得できる。
でも、だからこそ、こうして誰かの優しさに触れることができるのは、とても嬉しく思えた。
僕にも、目の前にいる彼らの感情が、読み取れた気がした。
「あの、これ。よかったら、もらってください」
僕は持ってきていた鞄の中から、乾燥した堅い肉を取り出して、渡した。
「“デセシェ”というノマードの郷土料理です。保存も聞きやすいと思うので、是非食べてみてください」
「おー!ありがとう!無事、見つかるといいな!」
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「っていう感じだったな。俺たちは」
話を聞いたシアンスさんは、騒動を起こしたという事実に、お冠の様子だった。
思いのほか車の操縦も荒れている気がする。
帰り道が悪路なのか?
「まぁ、いい。お前らの情報は、当てにしていなかったからな。それにしては、有力な情報を得たな」
「何が?」
「五天武、それにその臣下の実力だ。元々、コードは戦強国。その武力が最大の武器だ。でも、そんな化物たちがいるとわかれば、作戦の組み方も当然変わってくる。…あと、お前が使った奥の手。それについて、あとで詳しく話を聞かせろよ」
コンさんは脳天気に返事をした。
「それじゃ、次は俺の番だな。結論から言う。友好的手段で、彼女をここへ連れてくることはできない」
そう主張し、ハンドルを握り締めたシアンスさんは淡々と話を始めた。