第16話「化かし合い」
押し車を置いたスケさんは、作られた道をテクテクと近づいてくる。
「大丈夫か、兄ちゃん。セっちゃんも、怪我ねぇか。さぁー、座興はこれで終わりだ!帰んな、帰んな!」
場を冷ますような発言に、ぶつけられた木箱をくぐり抜けたヤジロウは不服そうにもの申す。
「勝手に決めないでよ、良いところなんだから」
「ゴーマを守るはずの武人を、こんな飯屋の前に長居させたら、如何でしょう」
「頭が高ぇよ。落ち武者が」
そんな問答をしているうちに、1人また1人と、熱の冷めた通行人たちは、会場を離れていく。
食ってかかったヤジロウもこれ以上、騒ぎを起こそうとする意志も無いようで、ただその様子を傍観していた。
これにて、一件落着。
と思ったその時、彼の首元を短刀が襲う。
「俺はむかついたままなんだけど?2回戦、始めようよ!」
先程とは打って変わって、コンさんの乱舞が、ヤジロウを強襲する。
彼は対照的に、型も構えも無い。闇雲の連撃を、自身の並外れた身体能力で、形にしている。
だが、それを巧みな剣技で捌ききるヤジロウは、また興が乗り始める。
「お前、いいなぁ。…じゃあ、大舞台に移動しようか」
飛びかかるように切り込んだコンさんを180度先へ跳ね返し、ヤジロウが昇っていた店上の方へ飛ばした。何とか屋根の縁にしがみついたコンさんに、有無を言わさず斬りかかるが、かろうじて避け、反撃の一打を打つ。
瞬発的に打たれた突きを刀で受け止めるも、体勢を崩して、向こう側の街路へ落ちていった。
僕とスケさんたちは、急いでそっちの路地へ向かうと、狭い路地を走って行くとコンさんの姿があった。
そっちって、もしかして?
暗い路地を抜けた先には、大通りが広がっている。さっきまで、マシェリさん探しを行っていた場所だ。
比べものにならない人の数だった。既に人だかりができ始めていて、叱咤激励が飛ぶ。その中心にいるのは、もちろん2人だった。
「なぁ、ヤジロウ。奥の手を隠しているだろ?」
「何故、そう思う?」
「なんか、楽しそうだから」
「余裕の表れかなぁ…別に、見してやってもいいんだけど」
太刀を受けながら、どこか考えている様子のヤジロウだったが、片手間のようなその状態でも、切り崩せないほど鉄壁だった。
状況から察するに、彼はこの国でもかなれの手練れと窺える。
「じゃあ、こうしよう。俺に膝をつかせてみろ。そうしたら俺も…」
バァン!!!!
都中に響くような爆発音の跡、ヤジロウの肩に小さな跡がついていて、そこはじんわりと熱くなっている。
短刀を携えていたはずのコンさんは、見たことも無い筒状の何かを構えている。
あれは、ずっと腰にぶら下げていた物か。
「俺も、奥の手」
「それは…西国の絡繰武器、火縄銃か」
負傷した肩を抑えながら、早くも彼は膝をついた。
観客からは怒号が飛び、ヤジロウへの黄色い声援なんかもあった。
“忉利一刀流 姥桜”
痛む肩に、更に一筋、自傷をさせると、歓声は悲鳴と変わる。
そんなことはお構いなしで、彼は肩にできた小さな穴をほじくると、中から冷たい物がポロンと落ちる。
それは、O-gunにとてもよく似たシルエット。
「効いたぜ、これは。約束通りだ…さぁ、お立ち会い!!!」
天高く、吠えた言葉は、都の風に乗って、各所に響き渡る。
「我が衣手にありますは、口を塞いだ1寸の瓢箪。数多の女を酔いしれ、鳴かせたこの唇で、ちょいと中身を吸わせたならば…」
多分、僕にしかわからないだろうが、大柄な彼の体躯がミシミシと悲鳴を上げている。血液が急速度で周り始めたのか、体はおびただしい熱が込み上げている。
「狐が虎へと早変わり」
抜刀の勢いそのままに振りかざした強撃を、流石の反射で防いだ。と思ったが、コンさんは吹き飛ばされ、近くの店の中へ放り込まれた。
今までなら、鍔迫り合いを起こしていたのに…別次元の筋力。
「おい!!何をしている!!」
熱狂の渦にいたのが嘘のように、観客は下民になり、通りの脇で頭を垂れる。
スケさん夫妻も、同じく頭を下げていた。
「この方は?」
「この国の精鋭“五天武”が1人。ゴウマの統治者、トウリ=トキタカだ」
彼の威風堂々さは、見えずとも、この息を飲むような静寂が教えてくれた。
「ヤジロウ。この騒ぎは一体何だ」
「鼠の駆除です。大きい鼠でした」
「戯言を申すな、既に聞き入れておる。私闘は喧嘩両成敗、墳塔牢行きだ」
「いえいえ、本当に鼠駆除でございます。無事退治できました故…」
少しの沈黙の中、ウーンと唸ったトキタカは深いため息をついた。
「まぁ、よい。そこの店は…カクさんのところか。修理費用はうちで工面すると伝えおけ」と引き連れていた家臣に伝えると、深く吸い込んだ息とともに、重厚感のある声を発する。
「皆の者、今日のことは、わしの顔を立て、他言無用で頼む…では、これにて!!」
響き渡り、観衆を震わす轟音は、氏の重なりを覚えた。
いや、それ以上の迫力が、トウリ=トキタカにはあった。