第15話「二枚目」
街路で尻餅をついた大男に、付き人2人が駆け寄って行った。
が、そんな2人を差し置いて、奴は店内をじっと見つめ、ヘラヘラした口調を続ける。
「えっと。何してくれちゃってんの?」
「むかついたから、投げ飛ばした」
「俺が誰だか、知らねぇの?」
「知らない」
ケハッハッと笑い声を上げた男は、脇に差していた物を掴み、コンさんへと突き出した。
その熱による輪郭は、細長く反り返り、先端が鋭く尖っている。だけど、鉄のように冷たい。
…ということは、あれは刃。コード国のナイフか。
「よーし、お前ら。反逆の罪で、あいつを処罰します」
「マズいですよ。この喧嘩が、トキタカさんにバレたら…」
「すぐに殺りゃ、バレねぇよ」
振りかざされた一刀を、コンさんは腰に下げていたナイフで受け止め、大振りで彼諸共弾き返す。しかし、男は体勢を崩さず、四方八方に刃を乱舞させた。
その無数の切っ先をコンさんは見事に避けていく。
その様は何だか痛快だった。流石と言ってはあれだが、ラボ職員総勢21名との交戦を、くぐり抜けただけの身のこなし。
やっぱり、強い。
「やるじゃねぇか。だが、悪いが今のは小手調べ。トウリ=ヤジロウの本領はここからよ」
ヤジロウと名乗る男は、その軽い口調とは違って、真っ直ぐ芯のある構えを取る。そして、先程よりも数段加速した猛撃を魅せる。
一手一手を捌ききっていたコンさんの額に、薄らと汗が映る。
そのうち、飛散る水滴は、深紅に染まり始めた。その無数の手数に、間違いなく押され始める。
男と男の私闘に、最初は、迷惑さや心配の言葉を口にする通行人が多かった。
だが、1人が立ち止まる。
熱気に感化されたその通行人は、「トウリ屋!!」と音頭を取る。
そして、1人、また1人と取り囲う見物客が増えていき、刀捌きに虜になった。
確かに僕でもわかるほど、ヤジロウは無茶苦茶な振りをしていない。研ぎ澄まされた太刀の緩急と、繋がったような一連の動きには、美のようなものを感じた。
まるで、踊っているみたいだ。
そう感じた時には、「トウリ屋!!編み笠屋!!」の音頭があちこちで飛び交っていた。
「いよぉー…はぁっ!!!」
興が乗ってきたヤジロウの一撃が、左上腕に極まり、コンさんは思わず膝を落とした。
その付けられた切り傷は、熱を帯びて、視界から離れない。
コンさん…
わぁぁぁぁぁ!!!!
僕の眼差しとは裏腹、吹き上がった血潮に、一同は大盛り上がり。
…なんで?なんで、人の血を見て、喜んでいるんだ?
「ちょっと!!もう、よしておくれよ!!」
火種の根本原因であるセツさんが見かねて、人込みに割って入って行った。
その姿にいてもたってもいられなくなった僕も、取り囲まれた場内へと入る。
「コンさん、大丈夫ですか?もう、止めましょう」
「おいおいおいー??女、子どもは下がってろよ。なぁー、皆???」
煽られた野次馬たちは、扇動者をはやし立てる。
「この人は、関係無いじゃないか」
「そうでもねぇさ。コード武人の生き様は、刀を抜いてから差すまでに表れる。狙った獲物の息の根止める、それまでは、納める鞘なんて有りはしない」
おのずから出た拍手喝采に、セツさんの叫びは届かない。
為す術無く、打ちひしがれている奥さんに、起き上がったコンさんはポンと肩に手を乗せる。
「セツ、俺は大丈夫」
その挑戦者たる彼の行動に、会場は今一度盛り上がりを見せる。
「このゴーマを仕切るはぁーーー??」
いつの間にか、飯処“節介”の向かいの店、その屋根の上に昇っていたヤジロウが、観衆に呼びかける。
「トウリ屋!!!」
「その家紋はぁーーー??」
「桜ぁ!!!」
「武士の頂、永久の“天武”はぁーーー??」
「トウリ屋ぁぁ!!!」
「名家トウリ屋、次代の当主たるはぁーーー??」
「トウリ=ヤジロウ!!!!!」
突き上げた長刀に、町民の士気は最高潮に達する。都の熱気が一気に集結しているように思えた。
「花は桜木、人は武士よ。舞いて散りゆけ」
掲げた刀はそのままに、ヤジロウは意志のある落石のように、コンさんの頭上に飛びかかる。
“忉利一刀流 枝垂れ桜”
その瞬間、飛来したヤジロウに何かがぶつかり、木屑が舞った。それとともに、辺り一面に磯臭さと、その元凶の魚が散らばっている。
ざわめく観衆が道を空けると、その先には押し車に手をかけた人の姿があった。
「おい、兄ちゃん。喧嘩はここいらで、仕舞いにしな」
この声は、スケさん!