第12話「何も言わない」
「うぉー!これが全部米か!!この金ぴかのところを取れば良いのか?」
「ええと、金ぴかかはわからないですけど」
コンさんは気まずそうに謝ってきたけど、僕たちにとって何気ない場所をこうも喜ばれると、こっちが嬉しくなった。
僕は家から持ってきていた稲刈り機を手渡した。
飛行艇のプロペラと同じような回転する刃が取り付けられていて、その旋回に触れると、稲穂が瞬時に切れるという仕組みだ。
「これもシアンスが作ったのか?」
「いえ、これはボイスさんが作ってくれたんです。こういうのがあったら、便利だろうなって」
刃が軋み、穂が切れ落ちる。
「前から気になってはいたんだけど、フィリーは俺のこと、何とも思っていないの?」
「…憎いですよ」
ん、いや、ちょっと違うかな。うーん、何だろう。
「憎いって思うんですけど、よくわからないです…まぁ、1つ言えるのは、僕よりもシアンスさんの方が憎んでいます」
「それは最初からわかっているよ、鬼の形相で睨まれたからね」
「それは、…いいですね」
「え?いいか?」とコンさんは、高い調子の声で言った。
「それを僕はわかってあげられない。気づいてあげられない。シアンスさんは、何にも言ってくれないので」
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夢想だにしないコンの提案に、俺は呆気にとられていた。
「俺とフィリーがいたところで、何のリスクも無いだろ」
「ちょ、ちょっと待て!リスクだらけだろうが!」
こいつと出会ってからの言動、最近の緩んだ態度を踏まえて、コンはストレート馬鹿だということはわかっている。理性よりも、遙かに感受性の方が上回っている。
感情で動く馬鹿は、何をしでかすかわからない。
それに、こいつの存在はコード国に気づかれると、作戦に支障をきたす。
そして、フィリー。彼は特殊な種族。そもそも、彼がここにいることは、この国でも何人かしか知らない事実。必要不可欠な外出はさせていない。最たる例として、国葬にも参加させなかった。
何かの用で外出する場合は、バンダナで目を隠させ、何とかやり過ごしている。
ただ、コード国では、そうはいかないだろう。
「ダメだ。お前らを、連れて行くわけにはいかない」
「なんで」とこいつはごねまくった。喚きまくる奴は鬱陶しかったが、はっきり言って、この作戦に2人は邪魔。
俺は絶対に首を縦へ振らなかった。
ドン、ドン、ドン
押し問答が続いていた時、玄関の戸を叩く音が聞こえた。
「失礼します」とこちらの許可も無く、ノマード族とは思えないような異国の装束を、派手に着飾った婦人が入ってきた。
「これはこれは、レーヌ婦人。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
「まぁ、とんでもない。あの部屋に居っぱなしは気疲れするから、ふらつく序でに来てあげたのよ」
レーヌ=ロワ。国長ロイの婦人でありながら、この国の外交大臣という国会参加権こそ無いものの、特別な役職を任っている。
あの国長の妻は然り、生まれたての小国の外交大臣など、俺なら精神的苦痛で耐えられない。
「あら、あなたが噂の。初めまして、国長の妻のレーヌと申します。以後、お見知りおきを」
国長とは違った屈託の無い笑顔だった。流石、外交担当。世渡り上手。
それに動じず、いつも通り、奴は間抜けな挨拶を仕返した。
「それで、どうでしたか??」
「えぇ、許可をいただいたわ」
国会棟は各大臣の部屋が6つと国会用の会議室、国長儀礼室の8部屋が特別室として存在し、その他は全て、国長と婦人のプライベートスペースになっている。
外交大臣の部屋には、円滑な外交のために、兄さんの作った通信機器がある。これを何台か用意しておけば、離れたところにいても、会話ができるという代物。
兄さんの発明の中でも、群を抜いて、恐ろしいものだと思う。
通信機器のある場所は4カ所。俺の家、ラボ、外交室、そしてコード国。
「通信で会談をして、向こうの外交担当の方もかなり食いつきはいいなと思ってたのよ。そして、返事をもらって、もうびっくり。あなたが謁見する相手、誰だと思う?」
「えー、誰ですかね。でも、そんなに煽るってことは、まさか御上直々、っていうわけではないですよね?」
婦人は歯茎を剥き出しにして、魔女のような笑みを浮かべた。
「現執権のムリョウ様が、あなたの話を伺いたいそうよ」
マジか。流石に気圧される程の、重鎮。
もちろん、よくわかっていないコンは、アホ面丸出しにしている。
「コード国No.1の権力者だ。…お前の彼女、余程モテモテみたいだな」
「まぁ、マシェリは1番可愛いからな」
政治の大御所が、この件に食い込んでいるとなると、尚更謎が深まっていくな。
前から気にはなっていたが、コード国のねらいは、どこにあるんだ。
国長のように、不死に目をつけたわけではなく、俺たちにO-gunを研究させようとした。
その意図は一体何だ?
「明日、旅立つように話をつけたから、そのつもりで今日は早く寝なさいよ」
「あぁ、本当に助かります」
要件を伝え終えた婦人は、足早に家を後にしようとした。
「お茶くらい出しましたよ」
「いいのよ。それはそうと、あんたね、身だしなみには注意しなさいよ?」
…あっ、マズい。始まった。
すぐに立ち去るはずだったのに、玄関口で15分間、婦人の1人喋りが花を咲かせてしまった。
やれ、白衣がボロ雑巾みたいだの。
やれ、顔が怖すぎ、良い笑顔を作りなさいだの。
そんなんじゃ、良い子が見つからないよだの。
もう、18でしょ?いい歳なんだからと、やんやんや一方的に言われ続けた。
うるせぇよ!言われなくたって、わかってるわ!
…あぁ、彼女ほしい。