第9話「火の無いところに、狼煙は上がらず」
「どうして、わかってくれないんだ!!僕たちのやってきたことは、確実にこの山を傷つけることに繋がるんだ!!いつかじゃ、起きてからじゃ、遅いだろ!!」
「僕は降りる。…やっぱり、この山を守り繋いでいくのが、ノマード族のあるべき姿だと思うんだ」
「ボイス君がいなくなった以上、君がラボを引っ張っていってくれ。良い話も来ている。頼んだぞ、シアンス職長」
「これが“車”か。ははっ、見事だよ。コード国の御様も、たいそうお喜びになるだろう。引き続き、この国の更なる発展のために、励んでくれ」
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真っ暗闇に響くプロペラの音は、風になびく葉の音と共鳴する。
「フィリー、どうだ。あいつは、いそうか?」
「いえ。まだ、彼の体温は感じられません」
フィリーはグーフォ族という特殊な民族。
その特徴は、眼球が無いこと。鼻から上は、凹凸の無い面が広がっている。
しかし、見えていないわけでは無い。
彼らは熱を感知し、空間や他の存在を認識する。
昼夜問わず、辺りの状況を把握できる彼らは、逆に1番見えている民族と言えるかもしれない。
「それにしても、大丈夫ですか。操縦なら、僕がやるのに」
「良いって、良いって。それよりあいつを探すことに集中してくれ」
フィリーには全神経を注いで探してほしいから、闇夜の飛行は俺が操縦席に座った。
障害物の無い空路だから、ゆっくりと進ませれば、何も問題は無い。
でも、こういう時のために、ライトの光度を上げておくべきだな。あと、この機体の位置情報がわかれば、最高だな…
創作意欲が湧いてきた俺に、フィリーは声を荒げる。
「シアンスさん!!前、危ない!!」
危険の知らせに、思わず俺は、思い切り舵を切った。
すると、機体の羽の辺りから、衝撃が伝わってきた。
何かに、ぶつかった?
「万年巨木です!」
嘘だろ。国境崖へと真っ直ぐ進んでいたはず。
方角的には、兄さんの家から国境崖は西。万年巨木は西南なのに。そっちにまで航路がズレていたのか?
…風は?
今は、北風。それで、知らず知らずのうちに、南方へ機体が押されていたのか。
この微弱な風でも、機体の進路を狂わすとは。
「マズいなぁ。制御できない。墜落するぞ」
「え!!ど、どうしますか!!」
「心配するな、脱出用の凧がある」
脱出用の凧が取り付けられた帯を、俺たちは急いで腰に装着した。これには紐で括られた巨大な凧がついていて、落ちる人間のスピードを相殺し、ふんわりと着地することができるはず。
「で、でも、下は森ですよ。木々に突き刺さります!」
「あぁ、だからっ!!」
先程切った舵と、反対方向へ機体を動かす。
「フィリー、ナイフを持っとけ。万年巨木に刺さりに行くぞ!!せーのっ!!」
俺たちは一斉に空中へ身を投げた。
予定通り、凧は空気の抵抗を受け、落ちる速度を制限している。
「シアンスさん、左です!!」
可視のフィリーに導かれ、俺は両手にナイフを携え、肘を少し折った体勢で待ち構えていた。
次の瞬間、かなりの衝撃を両の腕に流れる。
その痛みと何かにナイフが刺さった感触は、宙を舞う俺の動きを止めた。
かろうじて作戦は成功したんだ。…即席案だったけど、案外、何とかなるじゃねえか。
「ふーっ、フィリー、無事か」
「はい。シアンスさんこそ…」
ズドーン!!!!!
乗り捨てられた制御不能の機体は、森へ突っ込み、爆発の炎と煙を上げる。
その爆音への驚きで、落っこちてしまいそうになった。
万年巨木からゆっくりと降りた俺たちは、とりあえず燃え盛る現場へ向かうことにした。
暗闇で視界を奪われている俺でも、その炎上を頼りに、迷わず目的地まで進むことができた。
あぁ、俺のここ最近の努力が。
込み上げた空しさは、火に炙られた飛行艇だけではなく、見え隠れする白骨を捉えた。
あの蜘蛛の巣のような複雑な角。フィレジカの頭蓋骨か…
火の手の周りには、じっとそれを見つめるフィレジカの親子やロンクイノシシの姿があった。
怖いよなぁ、そりゃ。
「…あっ、シアンスさん!!」
樹海の深淵を1人見ていたフィリーが、興奮気味で、俺に訴えかけている。
指さされた方を凝視すると、徐々にシルエットが浮かび上がってくる。
「何が、燃えているんだ…って、シアンス、フィリー」
炎上に色負けしない髪の赤。光を反射する銀の輪。
「よう、探したぞ。まさか、お前にここで出会えるとは。…ラッキーだ」
燃え盛る火の手が、奴のポカンとした表情を映し出している。
「俺が、彼女に会わせてやる…だから、お前も俺に協力しろ」
俺は俺のやりたいように、やってみようじゃないか。