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星空の約束

作者: 島本葉

 夜道を歩きながら、あ、これは夢だなと思った。

 今歩いているのは、見知った住宅街の道だけど、もうこの街には住んでいないのだ。通学路だった道を、見覚えのあるブロック塀を横目に進んでいく。時間はかなり遅い時間なのか、周りの家の電気も消えて、自販機や街灯からぼんやりと光が広がっていた。

 ふと気づくと、ぽつんとバスが一台止まっていた。煌々と明かりを放つ車内。暗闇にオレンジ色が映えて、そこだけやけに暖かそうに見えた。

 次の瞬間、僕は手ぶらのまま車内に足を踏み入れていた。この展開の唐突さが、更に夢であることを認識させる。

「こんばんは」

 車内には女の子が一人だけ座っていて、僕を見て声をかけてきた。小学生くらいだろうか。会ったことがある気がしたが、もやがかかったようでよく思い出せない。左右に束ねられたお下げ髪がふわりと揺れた。

「こんばんは。このバスはどこに行くのかな?」

 僕は彼女の少し後ろの席に座った。

「秘密よ」

「君は知ってるのかい?」

「ええ。とってもいいところ」

 彼女は内緒だよという仕草をしながらまた笑う。

「発車しまーす。足元ご注意ください」

 くぐもった声でアナウンスが流れた。

 ぶるるんと足元からエンジンの振動が響いて、やがてバスはゆっくりと走り出す。

 外は暗く、明るい車内の僕たちをゆらゆらと窓に映していた。次第に傾斜が強くなって、山道を登っているのだとわかった。街灯も少なくなり、窓の外はしんと静まり返って暗く見通せない。

「着いたよ」

 しばらく走ったバスは、不意に停車した。ガシャシャと機械的な音を鳴らしてドアが開き、彼女は僕の手を引いてタラップを降りた。

 少しひんやりとした風が頬を撫でる。草の香りが鼻腔を抜け、澄んだ空気が僕らを包んでいるようだった。僕は彼女の小さな手のひらの温もりを感じながら目を見張った。


「わぁ!」


 目の前には広々とした原っぱが広がり、頭上には幾億もの星がきらめいていた。瑠璃色の空は上空にいくほどに、深く濃く広がり、大小様々な光が瞬く。

 街中のように余計な光が無いため、こんなにも鮮やかに星が見えるのだ。空を覆うように更に細かい光の粒が白く河のように流れていく。

 僕の内側から広がっていくなにかが、静謐な世界に染み渡っていくように覚えた。

「また会おうね」

 ずっと空を見上げている僕の隣で、約束だよと、彼女の声がそっと聞こえた。握った手がとても暖かく心地よかった。


 

「おはよう」

 リビングにいくと、ふわりとパンの焼ける小麦の香りがした。キッチンに立っていた奥さんはてきぱきと朝食の準備をしながら返事を返した。

「なんだか素敵な夢を見たよ」

「どんな夢?」

「秘密」

「何よ、それ」

 スクランブルエッグとベーコンが添えられて、焼き立てのパンがテーブルに並んだ。

 向かい合って座って、いただきますと手を合わせる。

「今日エコー検査だったよね」

 少し大きくなってきた彼女のお腹をそっと見てから僕は続けた。

「なんだか、女の子のような気がする」

 この子が伝えにきてくれたような気がしたのだ。早く会いたいと。

「君に似て可愛い子だよ」

 いつか一緒にあの星空を見よう。

「変な人ね」

 呆れたように彼女は笑った。


 完

 

 

 

 


 

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