ハジマリ
あれから10年。燎は大きく強くなった。たった二年ですべての技を体得しその後も鍛錬は惜しまず勉学も鋭斗に教わり一人前以上になった。黒い髪は相変わらずで少し目にかかる長さの髪はいまだ炭のようだった。いつも隣には大切で大好きな星が、生暖かい目で見る鋭斗が、燎の鈍感さにあきれる両親と友達がいる。
そんな風に平和に幸せに過ごしていたある日。その日が燎にとって大きなターニングポイントになるとは予想だにもしていなかった。
本日聖夜前日。
「ねぇ燎っ。今日デートしてくれないっ?」
朝早くからでも元気で少し上ずった声で燎の耳朶を打つ。星が突然なのはいつものことではあるがその顔がいつもより少し張り詰めていることに違和感を覚える。
「いつも通り突然だな。今回はまたどうした?」
燎の昔より少し低くなった優しい声で返す。その言葉に少し罰が悪そうに、また気まずそうに話し出す。
「その…ちょっとお出かけしたいなぁって…」
顔を赤くしながら俯いて上目遣いで燎の顔色をうかがう。この時点で星に少し何かあるのは明らかだというのに焔は持ち前の鈍感さである。まったくもって気づいていない燎クオリティ。
「そっか、じゃあ悠斗に予定を……」
お出かけは人がたくさんいたほうが楽しいと昔星が言っていたのを思い出し(小学生の時)友達を誘おうと提案しているさなか
「で、デートだし!ふ、二人でっ!行きたいなぁって……」
顔の赤らみがまし俯きも深くなり声がだんだん小さくなっていく。そんな姿に燎も胸が疼く。勿論恋愛的な意味で、である。その愛らしさにあてられて少し燎の頬も熱を持つ。
「そ、そっか。じゃあ二人で行こうか」
燎がそういった瞬間まるで花が開いたかのように星が笑顔を浮かべる
「ほ、ほんとっ?いいのっ?」
「俺は嘘をつきませんー。それでどこか行きたいとかある?」
星から誘っておいてこの表情でこの日なのだから明らかだというのに全く気付かない。
「えっと、私に任せてほしいかなって…」
「ん、了解」
そう静かに焔は頷くと星が安堵した表情をする。その後燎は星が部屋を出たのを見計らい服を着替え、リビングに出る。
「今日はでーとなのぉ?若いわねぇ♪私も蒼太さんと行きたいわぁ~」
ゆるゆると笑う母親に苦笑いを返す。ちなみに蒼太とは父親の名前である。
「ほ、ほらっ。燎っ!いくよ!」
「はいはい」
はしゃぐとも焦るとも見える星に連れられて燎は穏やかな笑顔で手を引かれる。日常である。
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場所は変わって電車の中。
「ところでどこ行くの?ICカードにチャージしたの久しぶりだわ」
普段でかけるのが学校と家の間ということもあり通学定期ですむ燎にとってはチャージするほどとは遠出である。そんなことがあっちゃうのが燎である。
「えと、リニューアルされた動物園が運営を再開したからそこに行きたいなって。それより先にお昼ご飯食べたいけど。」
でかでかとリニューアルオープンと書かれたウェブサイトを燎に向けながら語る。
「なるほど.........動物園.......10年ぶりくらい........?」
燎は長い間自己研鑽ばかりしていて動物園のような娯楽施設には博物館くらいしか行ってないのであった。
「ちょっと?今度は食べないでよね.......?ちょっと!?なんで目ぇそらすのっ⁉こらぁ!こっち向きなさーい!」
憤慨する星からそらした目を燎は電車の窓の外の風景へと向けたのだった。
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乗り換え含め30分ほどかけて動物園の最寄りの駅へ到着。駅には10年ぶりッ!とでかでかと書かれた看板があった。
「先にご飯にするんでしょ?どこで食べようか.............」
考えこみながらスマホで付近のものを調べる燎の手を星が右手で握る。顔を赤くしながら消え入るような声で呟く。
「えと、作ってきて..........」
そういって左手を見た星は絵にかいたような美しい完全停止を見せた
「..............わ、忘れちゃったぁっ!お弁当!昨日から仕込みしてたのにぃっ‼ご、ごめぇーん...........」
まさに穴があったら入りたいといった表情である。蹲って砂までいじり始めた。
「.......忘れちゃったならしょうがないよ。お弁当は帰って美味しく頂くからさ。付近で何か食べようか」
いじける星の前で中腰で手を差し伸べるその姿はまるでこけた少女を助ける王子様のごとく(星視点)。
「うーん、ごめんね」
そう言って差し伸べられた手を握る.....いや、握ろうとする。そしてこける。なぜならそのタイミングで燎が手を引っ込めたからである。困惑する星の目に映るはいたずらの成功した少年のごとき表情の燎である。
「ちょっとっ!いじわる!」
ぷりぷりと怒りながら思わず立ち上がり異議申し立てる
「あははっ」
帰ってきたのは楽しそうな笑い声だった。
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公園でクレープを食べたあと星と燎は動物園へと向かった。無事に受付を済ませ動物園に入る。そこから時間が進むのは星にとっては長く短く燎にとっては短い時間であった。星がはしゃぎすぎてずっこけたり、芸を覚えた熊に燎がドはまりしたり、燎が逆ナンされたり。そんな風に楽しく遊んでいると時間はあっというっまに過ぎて夕暮れ時となった。二人は帰るための順路へと進む
「いやー楽しんだね。またあのフェー(熊の名前)に会いにきたいなぁ」
笑いながら一日を振り返る燎は先ほどまで隣にいた星が少し後ろで立ち止まっていることに気づく。
「どした?」
立ち止ってうつむいて、足をもじもじさせる星に本当に心配するような表情で聞く。
「あか...」
「あのねっ!」
声をかけようとした燎を遮るように星が大きな声を上げる。
「こ、この場所.......覚えてる.......かな.......?」
来ている短めのスカートのすそを両手でぎゅっと握りなら相変わらず顔を上げず叫ぶように話す。
「.................一生。忘れることはないと思うよ」
燎は賢い。もしここで自分によって起こった事故を冗談でも口にしてしまえば星が悲しげな表情をすること、空気が悪くなってしまうこと。............星がわかっていて連れてきていること。そのすべてを理解していたうえで楽しむため燎は無反応を決め込んだのであった。
「その、ここで言った私の言い出したことなんだけど............」
「えぇと、結婚とか言ってたこと?さすがに子供の戯言ってわかってるから」
苦笑しながら話す燎に星は勇気を振り絞って話す。
「うん、でも私はまだ気持ち変わってない。初めて会ったこの場所で関係を進展したくて今日デートに誘ったの」
顔を真っ赤にしながらも言葉を振り絞る。それを見て燎は言葉を失う。
「わ、わたしはっ!何年も前から燎、貴方のことが大好きですっ!結婚へとすすむ過程と言ったらよくないけど、私と!おづきっ」
そこまで言って星の視界は真っ白になる。星の肺を大好きな安心するにおいが充満する。
燎によって星は抱きしめられていた。力強く。
「え、ぇと」
困惑する星を無視して燎は星の首筋へと顔をうずめる。
「ごめん、今ちょっと顔を見せたくない。俺も星、君のことが大好きです。俺と一生一緒にいてください」
想い合う二人に距離などいらない。落ちた西日が照らす二人の影はたった一つだった。