テンセイ
「..........お断りします...........」
悲しげに苦々しそうに、しかし明らかな意思を持って拒絶した。
「どうしてかな?君にとってとてもいい話のはずだが.............私としても君にはこの家にいてほしいのだが......」
「理由としてはいくつかありますが、主には迷惑をかけてしまうからです。貴方にも、ご家族にも」
「それは研究所が取り戻しに来るからかい?」
父親はもちろんなぜ迷惑をかけられるのかは理解していた。
「そ、そうですね」
「まあいい。いったん置いておいてだ、君はこの後おそらくだが研究所に攻撃を仕掛けるんじゃないのか?そのために沢山の生物を食らっていたんだろう?」
彼のこれまでで重ねられてきた怒りは明らかに心の奥底で燃え上がっている。様々な人々を診て、見てきた父親はその内心を完全に理解していた。
「.................」
黙りこくったままうつ向いているメラを見て父親は一息つくと静かに話しだす。
「つらいだろうがはっきりと言わせてもらおう。君は復讐を決行したところでその君の望みがかなうことはない。」
目線の高さをメラに合わせながら諭すように話す
「.........なんですか............?亡くした人は望んでないって?ふざけるなッ!ふざけるなぁ!あんたなどが!あんたなどがスイを代弁するなぁッ!」
メラの目が赤く変色し父親に殴り掛かる。幸いその拳は父親によってあまりにもあっさりといなされた。その違和感からメラの気勢がそがれてしまった。
「そのスイとやらは知らん!俺が言いたいのはそんな難しいことじゃないッ!」
先ほどまでの穏やかな人柄からは想像できないような形相で叱責する。
「今のお前では実力が足りず完遂できないといってるんだ!今明らかに身体能力で圧倒的下位な存在にあっさり抑え込まれているのがその証左に他ならない!」
「.......................」
その正論の暴力を前にしてメラは何も言えなかった。でも何か言わなければならないという使命感から言葉を振り絞る。
「そ、そんなことわからないでしょう!それに今は僕が本気を出していないだけです‼」
そんな言葉にも父親は怯まずむしろまるでメラの内心を見透かしているような目をしている。
「そうか、ならば少し来なさい」
突然穏やかな表情になった父親はメラを連れて少し大きな建物の中に入っていった。
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「僕と賭けをしようか」
建物の中に入ると真ん中に大きな四角形の線が引かれただだっ広い空間で父親が提案する。
「かけ..............ですか...........?」
恐る恐る問いかけるメラをまっすぐに見つめ返す。
「そうだ。君と僕で武器は禁止の試合をしよう。その試合にもしも僕が勝てば君はここに残る。君が勝てば好きにするといい。どうする?と言ってもほとんど選択肢などないに等しいが。」
自信に満ちたその男を見て違和感を感じながらも今の自らの力に自信を持つメラは受けることにした。
中央の四角形で向かい合ってメラと父親は構える
「君は好きに攻めるといい。かかってきなさい」
その自信を見てメラは覚悟を決めた。タイミングはメラにゆだねられているようなので息を小さく吐く。
「行きます」
そう一言入れるとメラは人には見えないほどの速度で一気に距離を詰め右こぶしを振り下ろす。
「そういうところだ...........」
メラの耳に届いたその言葉を耳にしたメラは戦慄する。何せあっさりとメラの然能を使ってはいないものの本気の拳を彼の右腕によって左にいなされたのだから。
「ほらな?技量が足りない」
そのまま左腕でメラの右ひじを掴み、右腕ですでに通り過ぎたメラの右手首を握り地面に叩きつけた。もちろんされるがままのメラではない。筋力にものを言わせ振り払いそのまま左腕を振り上げる。メラの目はじっと父親の目を見つめ振り下ろす。一歩下がってよける父親、それを見越していたメラはその後振り下ろした左腕を軸にして片手逆立ちのような体勢で旋回しその遠心力のまま蹴りを入れる。
「引っかかっておいでですが?」
挑発するようなセリフを吐きながらその蹴りが当たった感覚を知る。だがそれすら武を極めたものからすれば甘いものだった。にやりと怪しい笑顔を見せるとそのまま足を受けた右手で今度は足首を握ると引っ張りそれと同時にメラの地についている左腕を右足で払い転ばせそのまま持ち替えて両手で背中に乗せ地面にメラの背中から叩きつけた。力のこもったその振り下ろしによってメラの肺から一気に空気が叩きだされ顔が苦悶にゆがむ。その衝撃の重たさは骨に響きメラの体は動かなくなった。
「痛みが引かないだろう。けがはしてないから安心しなさい。」
その言葉のとおりメラは痛みに苦しむ。然人として外傷に対する痛覚はほとんどなく、たとえあらゆる傷を即座に回復出来ようとも骨に響いた衝撃は体を傷つけることはなくとも未だメラの体に苦痛を与え続けていた。
「ぐっう、ぐぞっ」
立とうとも苦しみが強くなるばかりで動けはしない。どちらが勝者なのかは明らかだった。圧倒的な身体能力に差があったというのに父親に敗北したのである。
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「さて、敗者君には大人しくウチにいてもらう訳だが今のままだとどうせまた脱走という手を取るだろう?」
そう二ヤっと笑う。メラはもちろん身体能力では確実に負けはないので逃げ出されたら父親に再度この逸材を手に入れることができない。そのため父親は最大限メラに譲歩した条件を事前に準備していた。
「君が心配しているのは私たちに対して君の敵が危害を加えることだろう?それならハナから君に辿り着かせなければいい。」
「...........研究所をなめてます.......少しでも研究所に敵意があるものがいれば殺せる。それほどの探索力を持つ研究所から僕のことを隠す?無理ですよ...........」
苦し気なメラを見ている父親は諦めきったかのようなその表情を見ても声色は変わらなかった。むしろ笑ったような声色で話す。
「そうか.......だそうだが?お前にも無理らしいぞ鋭斗」
されはまるで鋭斗を馬鹿にしているような声色だった
「何もわからないのに行ってくれるじゃん。対象を殺すことしか知らない元道具の癖にさ。ねぇ.....不良品君」
「ッ⁉何でッ⁉」
元道具だけならば言われるのも理解できる。しかしそこに聞きなれた不良品という単語を追加された時点でメラにとっては驚愕ものであった。それこそ自分という存在を知っているかのように。しかし警戒しようにも疲労や体の痛みによって体は動かないままである。
「いや~まさか君がそれだとは思ってなかったんだけどね。帰宅途中に君を拾ったときから違和感があって調べたがあっさり見つけられたよ。勿論面倒な手順は踏んだけどね」
ニヤッと笑う鋭斗を見て話を聞いても結局メラには理解ができなかった。こんな一個人に研究所をどうやって足をつけずに調べたのかわからなかった。
「侵入したってことですか?」
「............?え?あーなるほど?君アナログなもの知らないのか。まぁ君は今そんなことはどうでもいいだろう?まず君がすべきことはこれからどうするかだ」
諭すように話す鋭斗を見てメラは口をつぐむ。実際メラにとってもあまり関係はない。
「では、話だけでも聞きます。僕をどうやって隠すんですか?」
メラは鋭斗に聞く。先ほどまでの威勢が本当に実現可能なのかと。
「そうだね。君をメラという人間から全く関係のない人間に変えてしまうのさ。」
「わたしを?殺したりするんですか?」
メラの頓珍漢な返答に少し笑うと鋭斗は静かに返す
「いや?懇切丁寧に説明してあげよう。君は今、というか『メラ』という個体はこの国、ひいては世界に存在していない」
「............?どういうことですか?」
メラにとってはそれが何がおかしいのかもわからなかった。なぜならメラにとっては戸籍なんてモノすら知らないのだから。
「この世界にいるあらゆる人間には存在しているという証拠がある。それは世界中にあるデータであったり国によって作られた戸籍であったり人による記憶であったりな。特に今というご時世なら情報、存在する証拠は一瞬で世界中に出回る。しかし君という存在はどれだけ検索にかけても出てこない。無論国の極秘のデータベースにもな。逆に言えば私が楽星燎という存在が7年前から存在していたということにすれば0であった君に1が追加される。その時点で君はメラではなくなる。そうすれば君は別の足で証拠が残るからメラが君であるという証拠は当てはまらなくなる。勿論容姿でバレるかもしれないがその辺りは僕でどうにでもできるさ。」
随分と長い話を聞いたがメラは結局わからなかった。
「結局..........大丈夫ってことですか...........?」
「そうだね。正体を知るものが本当に見ない限りは」
少しニヤリと口を曲げると背を向ける。腕を振り歩みを進め一言吐く。
「これからは義理の弟として、次期当主としてよろしくな」
歩みを進め、道場の出口で振り向き一礼、道場と住居をつなぐ橋の先で姿が見えなくなる。
「カッコつけめ……。まぁいい。これからは先程あいつが言った通りもちろん君を含めた我が家「智彗家」では君のことを内弟子として我が家に住んでいる次期当主。義理の息子、楽星燎として接するから君もそのつもりでいなさい」
父親の話を聞いてメラ…もとい燎は気になっていることを聞く
「次期当主ってどういうことですか?」
メラは一般常識レベルの知識はある。研究所においても炎という熱血のイメージと裏腹に読書や勉学が好きだった。勿論その内容は父瀞によって管理されていたもののある程度の難しい単語や計算くらいはわかるようになっていた。
「次期当主といいますが義兄さんがいるじゃないですか」
焔の持つ知識ではこういったものは世襲制であり同じ血筋のものが当主を続けるものであると思っていた。
「あー、鋭斗には言わないと約束できるか?」
罰に悪そうな顔をしながら父親が聞く。それに燎は無言でうなずくと父親は話し始めた。
「とは言ってもあの子は賢いからもう感づいてるかもしれんがな。うちは見ての通り道場でやっていてな。楽星流多種闘術の当主になる条件は全ての技を体得すること。そしてそれに必要な身体能力はどうあがいてもあの子にはなかった。もちろん口伝という手もあるが先祖代々の決まりだ。勿論息子にそれを期待していたし無いからといってあの子に対する愛は変わらん。だが当主にはなれんのだ。そこで君だ。君の身体能力、超感覚、そして頭脳があれば確実になることができる。そうすればあの子がこれ以上自分を無力だと追い詰めなくて済む。だから君にはどうしても私の義理の息子として当主になってもらいたかった。勿論君がこうしたほうが幸せになれるだろうというの、理由の一つだがね。」
その優しい表情とここまでお膳立てされた状況で拒否や脱走という選択肢はなかった。
こうして、メラは新たな存在として第二の人生を歩みだす。
楽星燎として。