第5話 初任務の事後について
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
わたしは、夢の中で勇者と呼ばれていた。
鏡に映る自分は、金色の長い髪で、美少女で、華奢だった。身の丈ほどある大剣を背負い、ビキニみたいな服を着て、防御力に不安を感じる露出度の高い赤い鎧を纏っていた。
日々は、大剣を振るい、モンスター退治に明け暮れていた。
人間の生活圏付近にも、危険なモンスターの生息域は多かった。毎日のように、退治を依頼する書簡が届いた。
仲間は、人間の戦士、エルフの魔法使い、人間の僧侶だ。だったと思う。
華奢な美少女が大剣を軽軽と振りまわす。それはとてもアンバランスな状況で、だから夢なのだと認識できた。
現実の自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長い髪の美少女だった。
わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。
◇
「勇者よ。初任務の達成、見事であった。国王として、実に鼻が高いぞ」
勇者は、国王に有難いお褒めの言葉を頂いた。
勇者の仕える国王は、ちらっと見た感じ、背が低く丸い体形の中年男だ。短い茶髪で、額が禿げあがり、二重顎だ。容姿に関して率直な感想を述べたら怒られそうな容姿だ、と思った。
「偉大なる国王陛下の治世の一助となれますことを、生涯でこの上ない栄誉と感じております。これからも、命の限り、国王陛下の御ために、我が身を捧げる所存でございます。と、勇者様が申しあげております」
女役人が、平伏したまま、勇者の言葉を代弁した。
勇者はそんな殊勝なことは考えていない。黙って平伏しているように指示されたので、黙って平伏だけしている。勇者の言葉は、代弁の名目で、女役人が適当かつ適切に返している。
「そうであろう、そうであろう。良い心掛けである」
国王が満足げに頷いた。
ゴブリン退治から戻った勇者と仲間三人と、王都で待機していた女役人、計五人が国王に謁見している。謁見の間の玉座に国王が座り、勇者と女役人は横並びで国王の前に平伏する。勇者たちの後方に、仲間三人が並んで平伏する。
初回と同じ配置だ。今後もこの配置なのだろう。
「我が王国の領土は、北を険しい山脈と接しており」
これまた初回と同じく、国王の長そうな話が始まった。
欠伸をせずに乗りきれるだろうか、と勇者は不安に震えた。
◇
無事に謁見を乗りきり、女役人に先導されて、勇者一行は廊下を歩く。
この女役人は、短いおかっぱ髪の、三十歳手前くらいの、お固い印象の女の人である。いつも無表情で抑揚少なく淡淡としている。
勇者の上司であり、補佐役であり、治安維持部門との仲介役であり、王都の高官でもある。魔法使いっぽいタイトなローブを着て、短いマントを羽織っている。王都の高官の制服みたいな服装である。
勇者には三人の仲間がいる。男の屈強な戦士、高慢な女エルフの魔法使い、小柄で胸の大きい天然少女僧侶である。
「皆様。謁見御苦労様でした」
女役人が、背中を向けて歩きながら労った。マニュアル対応の平べったいテンションだった。
「国王様に褒められるのって初めてだったので、緊張しました」
勇者は、ちょっと高めのテンションで、正直な感想を口にした。
勇者は、金色の長い髪の美少女で、華奢な肢体にビキニみたいな服を着て、露出度の高い赤い鎧を纏う。身の丈ほどある大剣は、謁見には持ち込めないので、拠点に置いてある。
「ワタクシの高貴さと活躍を鑑みましたら、当然の評価でしてよ」
エルフが、自慢げに踏ん反り返った。
エルフは、エルフ特有の長く尖った耳の、床に届くほど長く柔らかい緑髪の、冷たい印象の美女である。朱色の長いローブを纏い、赤い水晶球の嵌まった魔法杖を手に持つ。人間よりも寿命がかなり長い種族で、外見的には大人の女で、女としては背の高い、高慢な御嬢様である。
「そんなに有難がるほどのもんかね。言葉なんざ、腹の足しにもならないぜ。オレとしては、報酬の増額とかの方が嬉しいがな」
戦士が、偉い人に聞かれたら気まずそうな発言をした。
戦士は青い短髪の、二十歳を過ぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率の高い青黒い金属鎧を装備している。戦斧と盾は、勇者と同じく拠点に置いてきている。
四人の中では分別のある方だ。冒険者協会所属の冒険者のせいか、権力とか階級に興味がないような反応は多い。
「ちょ、ちょっと、戦士さん」
勇者は狼狽えて、キョロキョロと周囲を見まわす。農村出の勇者でも、国王を軽んじる発言はダメだと知っている。
どうやら、他の誰にも聞かれてはいない。
女役人とエルフは、素知らぬ顔をしている。戦士本人は、聞かれたとしてどうした、みたいな太太しい顔をする。僧侶は、気落ちした暗い表情で俯く。
「私は、何の役にも立てませんでした……」
僧侶が、いつもの明るさ元気さの欠片もない、暗い声で呟いた。ゴブリン退治の帰路でも、ずっとこんな感じだった。
僧侶は、村の教会でも見かけるような国教の僧服姿で、モンスターと戦う僧兵である。天然っぽい少女である。小柄で、胸が大きくて、ピンク色の髪で、子供っぽさの残る十代半ばくらいの顔で、年齢的に勇者に近い。
ゴブリン退治で足を引っ張っただけだったと、落ち込んでいる。実際に足を引っ張っただけだったと、戦士に聞いている。
「そっ、そんなことないですよ。今回は敵が弱すぎたから、回復魔法の出番がなかっただけですよ。強敵が現れたら、僧侶さんには大活躍してもらいますから」
勇者は、僧侶のピンク髪を撫でて慰めた。
実際、僧侶の役立たずぶりは、他の三人が凄すぎるせいで際立ったのだと思う。
戦士はプロの冒険者で、ゴブリンの巣の襲撃の段取りを整えた。襲いくるゴブリンどもを圧倒し、エルフと僧侶を守り抜いた。
エルフは、広範囲の強力な攻撃魔法でゴブリンの群れを焼き尽くした。しかも、魔法の二重詠唱までできるらしい。
勇者は、ゴブリンの群れに単身で突っ込み、ゴブリン数十匹を引きつけ、ボスゴブリンを仕留めた。エルフの攻撃魔法に巻き込まれまでしたのに、ほぼ無傷だった。
この三人に交じって活躍するのは、生半可な強さでは不可能だろう。僧侶の新人僧兵天然少女ムーブでは見込みもない。
「役立たずでした……」
勇者に慰められても、僧侶の気落ちは変わらない。俯き、肩を落として、トボトボと歩く。
「これから活躍できるように、鍛えればいいさ」
戦士が上腕二頭筋を膨らませて、脳筋っぽく励ました。筋肉は暑苦しいのに口調は爽やかだ。
僧侶は暗い顔で、右腕を曲げ、戦士の真似をする。あまり膨らまない。溜め息をつく。
勇者と戦士は慰めに失敗した。女役人は精神的なケアをするタイプではない。
「あらあらまあまあ。仕方ありませんわねえ」
エルフが、羽根扇を口元に当て、従者の面倒を見るのは主人の役目、みたいに踏ん反り返った。
僧侶の目の前に指を突き出す。エルフの指は白く、細く長い。爪も肌も手入れがされて美しい。
「馬車を降りますときに、切ってしまいましたの。治癒していただけますかしら」
美しい指に、小さな切り傷が赤い線となっている。血は止まっている。放っておけば治る掠り傷である。
「はっ、はい! すぐに治癒します!」
僧侶が明るく元気に返事をした。急に元気になった。
エルフの指の傷に、僧侶が手を翳す。僧侶の掌に白く温かい光の球が浮かぶ。光の球に包まれて、指の傷が消える。
一瞬で傷が消えた。治った。掠り傷だったとはいえ、早い。
「あら、ありがとう。回復魔法って、詠唱は必要ありませんのね」
エルフも多少は驚いたらしく、自分の指を入念に確認した。
「はい! 回復魔法は、魔法と呼ばれてはいますが、他の魔法とは違うんです。神の御力をお借りして、この世界に顕現させる奇跡だと教わっています」
僧侶のテンションは、いつもの高さに戻っていた。明るく元気いっぱいの、高くて可愛らしい声だ。
「凄いです! 凄いです!」
勇者も高いテンションで、照れてモジモジする僧侶のピンク髪を撫でる。
「これなら、安心して怪我できるな」
戦士が大口を開けて笑った。
「はい! どんな怪我でも治してみせます! 任せてください!」
僧侶は明るく元気いっぱいに、大きな胸を拳で叩いてみせた。
これでようやく、ゴブリン退治は無事に完遂された。心置きなく、次の任務に向かえるのだ。
勇者は心の内で安堵していた。パーティーリーダーの責任の重さと、第一歩を踏みきった達成感を実感していた。
◇
五人揃って拠点に入る。石造りの立派な建物である。貧しい村の家を見たあとだから、いっそう立派に感じる。
「次の任務までは自由時間となります。皆様、御自由に御過ごしください」
女役人が抑揚少なく告げた。杓子定規な、完全なマニュアル対応だ。
「次の任務って、いつになりますか?」
勇者は、木の椅子に座り、木の机に突っ伏して、何となく聞いた。長旅と謁見で疲れた。お尻も痛い。
「明日の早朝に出発します」
「自由時間短いですね?!」
勇者は体を起こして、思わずツッコミを入れた。
「では、失礼いたします」
女役人は無反応で、拠点を出ていった。
机には、次の任務の資料が四人分置いてある。今は見る気になれない。
「じゃあ、オレは、冒険者協会に報告に行くかな。集合時間までには戻るぜ」
戦士が机にある資料を取った。大きな革袋と戦斧と盾を背負い、出ていった。
「はーい。いってらっしゃい」
勇者は机に突っ伏して見送った。
「ワタクシは、魔法協会に報告に行きますわ。今夜は屋敷で過ごしますから、夕食は不要でしてよ」
エルフが拠点を出ていった。杖と扇と資料以外の荷物はなかった。御嬢様なので、自分で荷物は持たないのだ。
「はーい。いってらっしゃい」
勇者は机に突っ伏したまま見送った。従者は疲れているのだから怠惰な見送りも仕方ない、みたいな憐憫の視線を感じた。
「私も、教会に報告に行ってきますね。先生にも報告しないといけませんし、お祈りとか食事会とかあると思うので、遅くなります」
僧侶も資料を手に取って、背負い袋を背負い、大きな胸を揺らしながら、足取り軽く出ていった。
「はーい。いってらっしゃい」
勇者は机に突っ伏したまま見送った。
静かになった。一人になってしまった。
ホームシックか、村のことを思い出す。母親や、幼馴染みや、友達の顔が思い浮かぶ。
寂しさに涙が滲む。袖で拭う。泣いてどうにかなるものでもない。
突っ伏したまま資料を摘まみあげ、表紙を見る。中身まで見る気にはなれない。摘まむ指を放す。
「寝ましょう……」
勇者は立ちあがった。軍用馬車に数日揺られて、王都に戻るなり国王に謁見して、疲れた。お尻が痛い。
まだ明るいけれど寝よう、と決める。石の階段を二階へとあがる。
拠点は二階建てになっている。二階には個室が四つある。
勇者と書かれたプレートを目印に木の扉を開け、部屋に入る。木製ベッドに、白い布団が敷いてある。木の椅子に木の机に、燭台やランプ、収納用の大きな木箱もある。
窓は、木の枠に透明なガラスだ。贅沢な窓だ。
「うわぁ……!」
何度見ても、窓ガラスを撫でてしまう。いつもツルツルしている。何度撫でても、感動してしまう。
壊してしまいそうで怖くて、強くは触れない。優しく触る。飽きるまで撫でる。
ガラスから手を放して、ベッドに向かう。赤い鎧は脱ぐ。ビキニみたいな服は、面倒だし着替えなくてもいいか、と布団に倒れ込む。
柔らかくて厚い。ふかふかしている。心地好い。
欲求のままに眠りに落ちる。鳥の囀りが聞こえる。お日様の暖かい感触が頬を撫でる。
ほんの一瞬だけ、夢の中で寝るなんて不思議な感じだな、と思った。
◇
わたしは、夢の中で勇者と呼ばれていた。
鏡に映る自分は、金色の長い髪で、美少女で、華奢だった。身の丈ほどある大剣を背負い、ビキニみたいな服を着て、防御力に不安を感じる露出度の高い赤い鎧を纏っていた。
華奢な美少女が大剣を軽軽と振りまわし、凶暴なモンスターを易易と両断する。それはとてもアンバランスな状況で、だから夢なのだと認識できた。
現実の自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長い髪の美少女だった。
わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。
/わたしは夢の中で勇者と呼ばれていた 第5話 初任務の事後について END
読んでいただき、ありがとうございます。
楽しんでくれる人がいると、書く励みになります。