第2話 始まりの日
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
わたしは、夢の中で勇者と呼ばれていた。
鏡に映る自分は、金色の長い髪で、美少女で、華奢だった。身の丈ほどある大剣を背負い、ビキニみたいな服を着て、防御力に不安を感じる露出度の高い赤い鎧を纏っていた。
日々は、大剣を振るい、モンスター退治に明け暮れていた。
人間の生活圏付近にも、危険なモンスターの生息域は多かった。毎日のように、退治を依頼する書簡が届いた。
仲間は、人間の戦士、エルフの魔法使い、人間の僧侶だ。だったと思う。
華奢な美少女が大剣を軽軽と振りまわす。それはとてもアンバランスな状況で、だから夢なのだと認識できた。
現実の自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長い髪の美少女だった。
わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。
◇
勇者は、白いベッドで目を覚ました。
ベッドから上半身を起こす。眠い目を擦る。伸びをして欠伸する。
眠い目で周囲を見まわす。部屋の中である。木の天井に、木の壁に、木のベッドに、白くてふかふかの布団である。
木の机があって、身の丈ほどある大剣が立てかけられている。ビキニみたいな服と、パーツが小さいし少ない赤い鎧が置かれている。
見覚えがある。懐かしい感じがする。
勇者として旅立つ直前まで過ごした、故郷の自宅の自分の部屋だ。これは、勇者として旅立った日の記憶だ。
夢の中の夢の中で目を覚ます。夢の中で勇者になって、勇者として夢を見て、勇者が旅立つ日の起床から夢が始まる。複雑で意味不明でこんがらがって、いささか不思議な感じがする。
「…………! 早く起きなさい! 王都からのお迎えの方がお待ちよ!」
下の階から母親に呼ばれた。名前を呼ばれた気がしたが、ノイズが多くて聞きとれなかった。
「ふぁーい! 着替えるから、ちょっと待ってもらってくださーい!」
勇者は欠伸混じりに返答した。
勇者の家は、大きな村の村長をしている。普通の農村ではあるが、裕福な村で、裕福な家である。
村の近くには、危険なモンスターのいない山や森もある。木材を自給自足できて建材に事欠かないから、村の家屋の大半は真新しい木造である。
勇者の家は、村の家々の中でも特に立派で大きい。村で一番偉い村長の家なので、当然といえば当然である。
勇者は、この家に産まれたときに、勇者に選ばれた。国教の神のお告げがあったと、高位の神官たちが知らせにきたらしい。
それからずっと、勇者のいる村として、勇者を育てる家として、国の支援を受けている。支援のお陰で、裕福でいられる。
「早くしなさい!」
下の階から急かされた。母親は、優しい人だ。娘の勇者には、厳しくもある人だ。
「ふぁーい!」
勇者は欠伸混じりに返答した。
ビキニみたいな服を手に取り、目線まで持ちあげ、広げてみる。
布面積が少ない。少なすぎる。着た自分を想像して、恥ずかしさに赤面する。
こんな恥ずかしいデザインでも、勇者用に特注された魔法のアイテムだ。あらゆるダメージを軽減し、状態異常を緩和し、感覚の増減まで可能な、特級品だと聞いた。
デザインは、恥ずかしすぎる。今日から勇者なのだから、仕方ない。デザインした人を恨むだけで、今はよしとする。
パジャマを脱ぐ。下着も脱ぐ。
裸に、ビキニみたいな服を着る。普通の布と同じ感触しかない。騙されている気分になる。
赤い鎧を手に取る。強力な魔法が付与された、高価な希少金属製だと聞いている。
ビキニな服に負けず劣らず小さい。面積が少なすぎる。特に胸と腰は、隠すべき場所をぎりぎり隠す程度の被覆率しかない。
防御力が不安になる。ブーツとブレスレットとサークレットがある分だけ、ましではある。騙されている気もする。
鎧を装備する。鏡の前に立つ。露出度の高い、金色の髪の、華奢な美少女が映る。恥ずかしさと胸の高鳴りに赤面する。
「まだなの?! お迎えの方が待ってくださってるのよ!」
下の階から急かされた。
「はーい! 今行きまーす!」
勇者は、身の丈ほどある大剣の柄を握った。重い大剣を軽軽と振りあげ、背負った。魔法式の留め具が、自動で大剣を固定した。
荷物を詰めた革袋を掴み、下の階へと階段をおりる。足取り軽く、跳ねるようにくだる。
この先に、勇者の新しい生き方がある。村娘ではなく、村長の子供でもなく、王国を守る勇者の道がある。
勇者の胸は、期待に膨らんでいた。明るい未来を夢見て、信じて、幸せに溢れていた。
◇
勇者は、家から出て、家の前に停まった豪華な馬車の横に立つ。贅沢な二頭引きの馬車で、貴族が乗るような装飾や彫刻で飾られた見た目に、平民的には気後れする。
一階におりてからここまで、長かった。王都から迎えに来た役人の、挨拶が長かった。回りくどい社交辞令や無意味な修飾語が多く、無駄に仰仰しくて、欠伸を我慢するのが大変だった。
「おーい! …………!」
いかにも農家の長男風の、体格のいい日焼けした青年に声をかけられた。名前を呼ばれた気がしたが、ノイズが多くて聞きとれなかった。
「おはよう、…………!」
勇者は、笑顔で手を振った。青年の名前を呼んだ気がしたが、ノイズが多くて聞きとれなかった。
隣の家に住む青年である。勇者と同い年で、家族ぐるみでずっと仲良くしている。いわゆる、幼馴染みである。
「うわ! 何だ、その服。恥ずかしくないのか?」
勇者を見て、青年は赤面した。感情表現も性格も真っ直ぐな正直者なのだ。お世辞を言うところすら見たことがない。
「恥ずかしいに決まってるでしょ。恥ずかしいから、そういう反応はやめてよ。まじまじと見るのも、やめて」
勇者も赤面した。胸と臍を腕で隠した。
「お待たせいたしました、勇者様」
馬車の扉が開く。短いおかっぱ髪の、三十歳手前くらいの、お固い印象の女が姿を見せる。勇者を迎えに来た役人である。魔法使いっぽいタイトなローブを着て、短いマントを羽織っている。
王都の高官の目印みたいな服装である。色は青で、官位で色が決まっているらしいが、田舎の農村の平民の勇者は細かいことは知らない。興味もない。
「しっかりやれよ、…………。遠く離れてても、応援してるからな」
差し出された青年の手と、勇者は握手をする。名前を呼ばれた気がしたが、ノイズが多くて聞きとれない。青年は笑顔で、勇者も笑顔で応える。
「ありがと、…………。時間ができたら、王都の話でもしに行くね」
青年の男の手は、勇者の華奢な少女の手よりも大きい。力強い。青年の名前を呼んだ気がしたが、ノイズが多くて聞きとれない。
青年の手を放す。笑顔で手を振り、馬車に乗り込む。
「お待たせしました。いつでも出発してください」
勇者は、迎えの役人に、ぎこちなく挨拶する。偉い人が相手なので緊張する。椅子が、高価な毛皮みたいな感触で、座るのを躊躇う。
馬車がゆっくりと走り出す。田舎の凸凹した土の道に、ガタガタと揺れる。
窓から外を見る。上半身を乗り出して、見送る人たちに手を振る。みんな、家族や友人同然の、仲の良い人たちである。
みんなも、手を振ってくれている。勇者の門出を我がことのように喜び、送り出してくれている。
勇者の心は、王都での新生活への期待と喜びに溢れていた。王国に仕え、王国を守れることが誇らしかった。
「みんなー! 行ってきまーす!」
勇者は、力いっぱい叫んで、両手いっぱい手を振った。村のみんなも、見えなくなるまで手を振ってくれていた。
◇
王都に到着して最初に驚いたのは、高い防護壁だった。頑丈な石の壁が、広い王都を完全に囲んでいた。
いつモンスターの襲撃があるか分からない、危険と隣り合わせの世界である。王都の厳重な守りは必然とも思える。
大都市は基本的に防護壁で守られている、と教わる。小都市は簡易的な柵で囲まれ、自警団があって、王国軍の駐留や巡回で守られる。田舎の農村になると、たまに軍の巡回はあっても、ほぼ農民たちの自衛に任される。
農村で付近に危険なモンスターが出没したら、冒険者協会に退治を依頼する。普通の農村には少なくない料金を払って、冒険者を雇うのである。
国王陛下に退治願いを上奏する方法もある。長期間の順番待ちがある場合が多く、その間に被害が拡大する可能性が高いので、冒険者を雇う金銭がなかったり、冒険者では敵わない強大なモンスターが出たとき以外は利用しない方が賢明である。
一般的にはそうだ、と教わった。
勇者の村は優遇されていた。田舎の農村なのに王国軍が常駐していたし、近隣の哨戒も定期的に行われていた。勇者の身の安全のためだったのだろう。
「勇者様。入都の手続きがありますので、少々お待ちください」
「は、はいっ。何時間でも、どうぞっ」
勇者は緊張して、役人に頭をさげる。
役人は無表情で会釈し、馬車を降りた。本当にお固い、不愛想な女の人だ。
馬車の窓から身を乗り出し、外を見る。防護壁の大きな門をくぐって、王都に入ったところに入都審査所がある。馬車はその審査所の前に停まっているから、もう王都に入っている。
「うわぁっ!」
勇者は思わず、歓喜と驚きの混じる声を出した。
石造りの街が広がっていた。見渡す限り、建物が石で建てられているのだ。壮観だ。
地面まで、石だ。石畳だ。信じられないほどに贅沢な光景だ。
石畳に触ってみたい衝動に駆られる。勝手に降りると怒られるかも知れないので我慢する。馬車を降りたら両手で触ってみよう、と心に決める。
冷たいだろうか。硬いだろうか。ツルツルだろうかゴツゴツだろうか。
村にある石造りの建物なんて、軍の監視所だけだった。大人二人で窮屈になる、窓も扉もない小屋だった。
ここは、全てが石造りだ。住居も、店舗も、宿も、屋敷も、何もかもが、石の壁に石の屋根だ。
街行く人々も活き活きとしている。今まで見たことがないくらい、たくさんの人がいる。
大人も子供も、色とりどりの服を着ている。オシャレな髪形をして、綺麗な肌をして、服が砂や土で汚れていない。
貴族みたいな服の男が、貴金属で飾られたステッキを持つ。金色の片眼鏡で、銀色の懐中時計を見る。短く整った黒髪に、黒いシルクハットを被る。
若い女の人が、小さな子供の手を引く。二人ともフリルの入ったスカートで、二人とも着飾って、二人とも小さな赤い鞄を持って、二人とも楽しそうにお喋りしている。
店先の店員もオシャレだ。布の薄いカラフルなシャツに、仕事用の厚手のエプロンというスタイルだ。エプロンも、オレンジ色だったり水色だったりと、明るい派手な色が大半だ。
農村だと、こうはいかない。少なくとも、勇者の村では違った。
みんな農作業に行くから、布地の厚い、飾り皆無の服が当たり前だった。服の色なんて、布の色そのままの薄茶色ばかりだった。
髪は短く切るか、長い髪を一括りに纏めるのが主流だ。二本に分けて纏めたり、纏めた髪をお団子にしたり、辺りまではギリギリで許容された。
装飾品は身につけない。つけても、田畑の土に紛れて、ほぼ行方不明になる。勇者も髪留めを失くしたことがある。
年頃の女子がちょっとだけオシャレな服や髪形をしようものなら、どうせ泥だらけのボロボロになるのに何を考えているんだ、みたいな冷たい視線に晒された。近所の結婚適齢期のお姉さんが、一時期そうだった。
一日の作業が終わる頃には、泥塗れの泥だらけだった。軍のおっさんに、泥のモンスターかと思った、とよく揶揄われた。口は悪いけど、お菓子をくれる良いおっさんだった。
でも、ここには、泥だらけの人なんていない。着飾らない人なんていない。子供から老人まで、たくさんの人たちが、明るく笑い、軽快な足取りで往来する。
これが王都というやつか、と勇者は感動する。村を出て良かったと心底思う。村にいては一生知らなかった世界が、目の前にある。
早速、村への良い土産話ができた。…………も喜ぶだろう。
幼馴染みの名前を思い浮かべた気がしたが、ノイズが多くて認識できなかった。
「勇者様。手続きが済みました。王城へ向けて出発いたします」
いつの間にか戻った役人に呼ばれた。
勇者は慌てて、窓の外から上半身を戻した。
「は、はいっ。すみません」
恐縮しつつ、高価な毛皮みたいな感触の椅子に座る。汚すと悪い気がして、座りづらい。ちょっと腰が浮く。
馬車が石畳を走り出す。揺れは小さく、車輪の音も小さい。代わりに、馬の蹄が高く鳴る。
勇者は窓から上半身を乗り出した。馬車の進む遥か前方に、華やかで巨大な、純白の城が聳えていた。
「うわぁっ!」
勇者は思わず、歓喜と驚きの混じる声を出した。勇者の胸は、喜びと期待に大きく膨らんでいた。この道の先には素晴らしい未来が果てまで続いていると、微塵の疑いもなく、信じきっていた。
◇
わたしは、夢の中で勇者と呼ばれていた。
鏡に映る自分は、金色の長い髪で、美少女で、華奢だった。身の丈ほどある大剣を背負い、ビキニみたいな服を着て、防御力に不安を感じる露出度の高い赤い鎧を纏っていた。
華奢な美少女が大剣を軽軽と持ちあげる。それはとてもアンバランスな状況で、だから夢なのだと認識できた。
現実の自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長い髪の美少女だった。
わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。
/わたしは夢の中で勇者と呼ばれていた 第2話 始まりの日 END
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