夢見る少女
皆さんは『夢魔』というものをご存知だろうか。
聞かれてパッと思い付くのはサキュバスの方が多いのでは無いかと思う。
だが実際は、夢の中に現れて人を苦しませる悪魔。そこから転じて、悪夢の事を指すらしい。(コトバンクから引用)
夢はその者の精神的影響を受けて見ると聞く。
失恋をしたならば、愛しい彼(彼女)との思い出を見るかも知れないし、フラれた場面を見てしまうかも知れない。
夢というものはその人しか見ることは出来ない・・・普通は。
だが、そんな普通とは掛け離れた少女がいた。
少女の名は【ゆりあ】
この物語の主人公であり、他人の夢を覗き見てしまう者である。
――――――
夜はいつだって怖かった。
暗いのが怖い訳でも、一人で寝るのが怖い訳でもない。
ただ、寝てしまうのが怖かった。
寝る行為は私にとって恐ろしい世界への切符で、逃げる事は出来ない物だった。
これが普通だとは思っていない。
もしこれが普通なら皆、精神がおかしくなってた筈だから。
だけど、私はおかしくなってない。
一度たりともおかしくなってさせてくれなかった。
何度もおかしくなろうとしても、まるで不思議な力に抑圧されるように感情が鎮静化させられた。
故意による物だって分かってる。だから・・・
「ふわぁ」
あぁ・・・眠くなって来た・・・また眠ってしまう。
目蓋が閉じて行く。
力が抜けた体はベットへと倒れる。
(今日はいったいどんな悪夢を見てしまうのだろう)
そんな思いを最後に私の意識は沈んで行く。
――――――
誰かが泣いている。
子供の甲高い声で泣いている。
辛そうで、苦しそうで、悲しそうで・・・
私の胸が締め付けられる。
今まで見たどんな悪夢よりも、この夢は心に響く。
憐憫でも、同情でもなく、共有してしまうのだ。
この泣き声に篭められた記憶が分からなくとも、感情が私の心を塗り潰して行く。
怖いと思った。私の存在が消されるようで、知らない感情に支配されるのが。
抵抗しなければ、と思ったが待ってはくれなかった。
気が付けば私も一緒になって泣いていた。
時間も忘れて泣き続け、涙を枯らした頃には泣き声は聞こえなくなっていた。
鼻を啜りながら、流れた涙を拭き取り私は立ち上がる。
私がこの夢から出るには夢の主へと会う必要がある。
幸い、夢の主が何処に居るのか先程の泣き声で分かってる。
後はそこに向けて歩き、夢の主へと会うだけ。
そうすれば私はいつものように目覚める事が出来る。
いつもの事だ。失敗はない。
不安に揺れる心を落ち着かせ、私は歩を進めた。
――――――
どれぐらい歩いたかも分からない。
遠くの方に薄ぼんやりとした光が見えた。
歩きだった私は早足になり、光へと近付く。
ゴールは目前。何も起こらない事を祈り、辿り着いた。
そこには小さな少年が体育座りをして顔を伏せていた。
ただ一人。真っ暗闇の中でその少年のみが光を放ち、ポツンと存在してる。
怖くないのか、寂しくないのか。
そう声を掛けたくなるが、少年の周りは不思議と暖かかった。
まるで少年を暖かく見守ってるよう。
だとすると、暖かい物は親鳥で、少年は雛だろうか。
外敵が入って来れない巣の中で寒がる我が子を優しく暖めている姿を幻視した。
こんな夢があるのかと思った。
今まで見て来た夢はちっとも良い物なんてなかったのに、急にこんな夢が見れるなんて。
この変な能力が神による物なら異議申し立てたい。
「他人の夢を見せるなら毎日、今日みたいな夢を見させて」と。
世界が白づむ。
私の意識が薄れて行く。
意識を失う前に、動ける今の内に、私は少年へと手を伸ばす。
自分一人だと言いたげな雰囲気を発する少年に言ってやりたかった。
「貴方は一人じゃない。周りを見て」と。
その声が届いたのか見届ける事は叶わなかった。
気が付いた時には私はベットの上で目を覚ましていた。
あんな夢を見たのに私に疲れはなかった。
「何時もの事だからもう慣れちゃったけど」
そう呟き、私は起き上がる。
「いつもなら着替えてのんびりするところなんだけど・・・」
あんな夢を見たからか、私は無性に家族に会いたくなった。
「たまには甘えてみよう」
“そしたらきっと喜んでくれるよね”




