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9.見習い天使とお嬢様

 夜。空に浮かぶ星の光を、神流川(かみながれがわ)が映し出していた。その川のそばには学生服を着た少女が二人見えており、その人影は、息を切らしているアンジュ・ド・ルミエールと、へたっと座り込んでいる天ノ宮萌木であった。


「エインさん……どうして」


 天ノ宮萌木へ魔術を放とうとしたエインの姿が、アンジュの脳裏には焼き付いていた。なぜ、彼女がそんなことをしたのか──。天束エインは、彼女へ何も話していない。


 けれど、アンジュはどちらかと言えば、天束エインの行動の理由よりも、自分のすぐ横で座っている天ノ宮のことを心配していた。


「あ、天ノ宮さん……? 大丈夫ですか?」


 天ノ宮萌木は顔を上げ、アンジュの顔を一瞥した。


「……何ともないですわ」


 彼女は変わらず、下を俯きながら地面へ向けて喋っている。だが、赤髪の天使は特に不快そうな態度を示すこともなく、むしろ天ノ宮を元気づけようとしていた。


「うーん、と、エ、エインさんは普段は優しいんですよ? ダメな私にも接してくれて……。あ、でも厳しい所とかは、あるかも? あー、その、えへへ……」


 返事が全く帰ってこないので、アンジュは少し慌てふためいている。そんな彼女を見て口を開く気になったのか、天ノ宮萌木が喋りだした。


「仲が良いのね、あなた達は」


「うーん、そうかもしれません……? たまにこき使われることもありますけどね!」


 少し考え込む表情をしたと思えば、すぐに元気あふれる顔になる彼女を見て、天ノ宮は手を口に当てながら、少し笑った。


「ふ、ふふっ。何ですの、それは。……全く、羨ましい限りですわね」


 赤髪の天使は、また不思議そうな表情を浮かべている。


「う、羨ましいんですか?」


 それを聞いた天ノ宮はスカートの埃を払いながら立ち上がり、星が点々と輝いている暗い空を見上げながら、語り始めた。


「……わたくし、友達が居りませんの。仲が良いと言えるのは萩目さんぐらい」


 相も変わらず不思議そうな表情を浮かべながら、アンジュが疑問を投げかける。


「うーん、近寄りがたいのは何となく分かりますけど、それでもお友達になりたい方は多いと思いますよ?」


 天ノ宮萌木は、星空を見上げながらため息をつく。


「そうね。確かにそうかもしれない。でも、これはわたくしだけの問題でなく、天ノ宮家としての問題なの」


「天ノ宮家としての……?」


 昼とは違い、重機の騒々しい音もなく、川の流れる音が響くだけの河川敷で、天ノ宮は自分について語りだす。


「わたくしは、いずれ天ノ宮家の当主となる身の人間。だからこそ、お父様やお母様が認めた方としか交友関係を持つことを許されていないのです。萩目さんのような、方としか……ね」


 少し驚いた表情になるアンジュ。


「そ、そんなことって」


「お父様とお母様がお友達になるのをお許しになるのは、名家の子息やわたくしのような令嬢の方。普通の方とお友達になろうとしても、天ノ宮家の益にならない者達と関わるな、と言われるだけ……」


 夜空を見上げて、星を見ている天ノ宮の瞳から、涙が溢れる。


「わたくしは、家の為に生きるのではなく、自分の為に生きるあなた方が羨ましい……。先程の言葉はそういう意味です」


 瞳に涙を浮かべた天ノ宮──以上に、涙をボロボロと流しながら、親が子を慰めるように、彼女を抱きしめる赤髪の天使。


「うっ、うっ、ひっ、えぐっ。ぞれなら私が友達になりまずがらぁ~! だがら悲しまないでくださいよぉ~!」


 抱きしめて来たアンジュの頭をぽんぽん、と撫でる天ノ宮。


「なんでわたくしより泣いていますのよ……。ふふっ。変な人ね」


 彼女の頭を少し見たあとに、また空を見上げる。


「ありがとうございます。変な人。変だけど……優しい人」


 夜の空を照らす小さな光が、少し光を増したような気がした。



「エインさんは、ぜ~ったいに来ないでくださいねっ!」


 夜が明け、日が変わった放課後。それぞれの家に戻り、再びアンジュと天ノ宮は萩目学園へ登校していた。そして、登校してくるなり、アンジュは教室で本を読んでいた天束エインに詰めていた。


「こ、来ないでって、何によ?」


「な、何でも良いじゃないですか! 分かりましたねっ!?」


 見たことのない剣幕で迫ってくるアンジュにタジタジのエイン。


「わ、分かったわよ。で……。天ノ宮萌木とは、その後どうなったの」


 アンジュは腕を組み、少し前屈みになって、


「意地悪なエインさんには絶対言いませんからっ! ふんっ!」


 エインにそう言うと、ぷいっと振り返って自分の席へ戻っていく。


 彼女達のクラスでは、普段仲の良い二人が喧嘩しているのを見て、仲が悪くなったのか、なんて少し噂されたが、これも天束エインの想定通りだった。流石に怒鳴られまでするとは、彼女自身は思っていなかったが。


 そして、また時は流れ、その日の放課後。アンジュと天ノ宮は、二人で街へ出かけていた。どうやら先日、アンジュが帰り際に、「明日遊ぼう」と提案していたようで、意外にも、天ノ宮萌木はその提案に乗った。


 萩目学園から少し離れた所にある繁華街。彼女達は、そこを歩きながら喋っていた。


「えーと、萌木ちゃんは行きたいところある?」


「アンジュさん、距離の詰め方が大胆なのね……」


 肩をすくめ、ジト目で赤髪の天使を見る天ノ宮。


「エインさんからもよく言われてます……あはは」


 えへへ、と頭を掻いてにへらと笑うアンジュに、天ノ宮は気になっていることを聞いた。


「それで……その天束さんは、来られてませんの?」


 えへん、と胸を叩き、アンジュ言った。


「もちろんです! 絶対にエインさんを萌木ちゃんには近づけさせませんからっ!」


 

 そう得意げに話す、アンジュの少し後ろ。建物と建物の間の陰から、銀髪の少女がそのやり取りを眺めていた。


「アンジュ……。純粋すぎて心配になるわね」


 いつもの学生服ではなく、ラフな服装の天束エインが、そこに居た。ついでに。


「天ノ宮さん……大丈夫かしら」


 エインと同様、私服を着ている萩目学園のお嬢様。萩目さくらも。


「そ、それで、エインさん。先程おっしゃっていた、”天ノ宮さんに悪魔が取り憑いている”というのは……本当ですの?」


 心配そうに友人を眺めながら、萩目さくらが呟く。


「えぇ。というか、随分と受け入れるのが早いのね。普通の人間は”悪魔”なんていう言葉を使った瞬間に胡散臭いと思って離れていくわよ」


「母方の実家が巫女の家系なもので……。そういった話を全て嘘だと切り捨てるほど、私も疎くはありませんから」


 二人がそんなことを喋っていると、話し込んでいたアンジュと天ノ宮がまた歩き出す。


「動いたわ。行くわよ」


 再び尾行を始める天束エインと萩目さくら。黒居がエインへもたらした情報は、信憑性が高いわけでもなかったが、低いわけでもなかった。この街一帯を餌場としていた”暴食のアペティット”が消えた以上、新たな強力な悪魔が自らの餌場を求めて訪れる可能性もゼロではない。


 黒居は、そう前置きを話した上で、彼のお手製レーダーに、暴食のアペティットが死んだ数時間後に反応があったことをエインへ伝えていた。しかし、その反応はすぐに消えた。


 つまり、”自らの存在を周囲から隠す”ということを考えるだけの知能を持った悪魔が、街へ入り込んできた、ということだ。


「で、ですが……。なぜ、エインさんは、天ノ宮さんに悪魔が宿っているのだと分かったのですか? 街全体に潜んだのでしょう?」


 二人組を追いかけながら、萩目さくらがエインへ問いかける。


「それは私にとっても想定外のことだったの。たまたま、天ノ宮さんが私へ接触してきた時に”悪魔の残滓”を感じた」


「悪魔の残滓……ですか?」


 ますます分からない、といった顔になる萩目さくら。


「取り憑いている悪魔にとっても、天ノ宮さんの行動は想定外だったのかもね。私達は、その”はじまり”を忘れるほど、長い間悪魔共と戦ってきた。あれだけ近くに来れば流石に感づくわよ。彼女の欲望を食べる時に消費した、エネルギーの残滓を、ね」


「は、はぁ……」


 萩目さくらは、納得はできたが、理解はできないといったところだ。


「まぁ、分からなくてもいいわ。重要なのは、本当に悪魔に取り憑かれているのなら、急がないと欲望を食い尽くされて”からっぽ”の人間になってしまうということ」


「だから、頼んだわよ、アンジュ。悪魔を体から追い出せるのはアナタしかいない」


 天束エインは、少し力強い声で、そう呟いた。

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