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EX23.エピローグ

「……ぁ?」


 目を覚ました俺の視界に飛び込んできたのは、真っ白な明かり。おい。眼が開けられないから勘弁してくれ。

 眩しい。まるで太陽を直接見ているような明るさだ。


 そんな網膜を襲う明かりに辟易としつつ、俺は震える瞼を少しずつ開けていく。視界に入ってきたのは……白。白。とにかく、白。

 清廉潔白な俺の心を表すような空間だ。……と。ようやく俺の記憶は、いろいろな事を思い出してきた。


 そうだ。俺は地獄で、アスタロトと戦った。そして勝って……それから……それから、どうなったんだっけ。


 今度は、はっきりと視界が見えてきた。首を横に傾けると、点滴のような管が俺の手首へと繋がっている。……そういえば、やけに消毒液の匂いが強いな。

 なるほど。ここまで考えて、ようやく俺はここがどこか分かった。


「──おや、お目覚めですか?」

「……あ」


 上体を起こす俺の視界に入ってきたのは……フォルネウスの姿だった。だが、いかんせん記憶とは少し違っている。

 そうだな……やけに人間ぽいというか、いや人間そのものというか。肌も小麦色だし。


「流石に、あの姿では不味いでしょう? ここではね」

「……あぁ、そうかもな」


 ということは、やはりここは病院なのだろう。アスタロトと戦ってからの意識が無い……ということは、おおかた倒れた俺をここへ担ぎ込んだのだろうな。

 いや、それよりもだ。気になるのはもっと別のこと。


「……どうなったんだ」

「どうなった、とは」

「……全部、だよ」

「……そうですねぇ。まぁ……」


 フォルネウスは顎へ手を当てて、少し考えるそぶりを見せたあと、俺のベッドを指さした。……その先に、何か居る。


「その方と僕がここに居る時点で、なんとなく察せられるのではないですかね」


 布団の影に隠れてよく見えなかったが……ドロシー・フォン・ヴァルキュリアが、手を枕にして寝ていた。……なんとも気持ちよさそうに寝てるな。

 よく見れば、フォルネウスの座る椅子の横には、コイツのいつも持っている傘が立てかけられている。病室に持って入っていいのか、それ。


「ドロシーさん、こうして毎日お見舞いに来ては、あなたの傍に居たんですよ」

「……そうか」


 全く。お前も相当傷ついていただろうに。優しいと言うべきかなんというか。


「……すぅ」


 だが不思議と、コイツの寝顔を見ていたら安心する。いや、変な意味じゃ無くてだな。……なんというか、元の日常に戻ったというか、一段落したんだなと思える。

 ……と。


「──邪魔するぜ」


 そんな女性の声と共に、俺の病室のドアが開け放たれた。フォルネウスは座ったまま、その女性を一瞥すると目を閉じる。

 中に入ってきたソイツの姿は──。


「……おいおい」


 仰々しい見た目の──赤い髪の女性。おまけに背もそこらの野郎よりは高そうだ。不思議と感じる……威圧感と言うべきか。そういう類いの感情を俺は抱いていた。


「お前が、神山かみやまか?」

「……あ、あぁ」


 赤色の髪の女性は、俺へそう言うと。


「話がある。ついてきな」

「は、話って……」


 何が何だか分からない。そう困惑する俺へ、首だけ振り向く彼女。その口から発せられたのは。


「お前の今後に関わる話だ。──人間」


 有無を言わせないような、その言葉尻。俺はベッドから降りて、点滴の台を引っ張りながら、その女性に着いていくことにした。



 寒い。寒すぎる。外は真冬の夜。気温はマイナス。雪まで降ってやがる。そんななか、何で屋上に連れてきたんだ。


「ドロシーのヤツが、随分と好き勝手やったみたいだな」

「……いやまぁ、好き勝手に振り回されてはいるが……」

「……そうかよ」


 すると──その赤髪の女性は背丈と同じ高さもありそうな“つるぎ”を背中から取り出した。……背中には、何も無かったように見えるんだが。

 そのままその剣は……俺へ向けられる。


「……お、おい。何の冗談だよ」

「冗談じゃねェ。真剣な話だ──」


 そしてその女性の背中から──四枚の純白の羽根が生える。ドロシーやメタトロンのものより、よっぽど巨大なそれに……俺は目を奪われていた。


「オレは──ミカエル。天界の“ルール破り”を裁く天使だ」

「て、天使……だって? それに“ルール破り”って」


 ミカエル。そう名乗った天使は──俺の横の壁へ剣を刺す。崩れた壁から石片せきへんが落ちていく。


「単刀直入に聞く。ドロシーの眷属になるか……ここで死ぬか。選べ」

「……は」


 唐突な問いに、俺の頭が一瞬だけショートする。……話が唐突すぎる。


「運命の選択なんつーもんは唐突に訪れるもンだ。さぁ──どうする気だ?」


 ……きっとコイツは、俺を本当に殺す。……多分。アスタロトと戦ったからこそ、分かる。ミカエルの“眼”は本気だ。

 病み上がりの病人なんだ。少しは遠慮して欲しいもんだね。


 ドロシーの眷属、ね。なんというか、もう既にそんな感じの状態ではあるけどな。……どっちを選べと言う問い。そんなもの、決まっている。あの日、ドロシーと出会った瞬間からな。


「なら、あのヴァルキリー娘の“ケンゾク”とやらを選ぶね。死ぬよりはな」

「……はッ。聞くまでも無かったか」


 訳の分からないことを言って、ミカエルは剣を引き抜いて背中に収める。不思議なことに、鞘も無いのにその剣は綺麗さっぱり消えてしまった。


「運命は下された。……ま、アイツなら大丈夫だろうが」

「な、なぁ──」


 質問を投げようとする俺。だがそれを遮るようにして、ミカエルはある物(・・・)を俺へ向かって投げてきた。

 

「……これ、携帯電話……か? なんか、あまり見かけない見た目だが」


 俺の手の中にあったのは、真っ黒な板。しかも、紙のように薄く、折り曲げることも可能。それでいて折り目も付かない。

 なんだ、これ?


「これからのお前に、必要になるもンだ。大事にしろよ」


 ……なぁ。相変わらず、話が見えないんだが。


「……チッ。それに悪魔の情報が送られてくる。お前はそれを倒せ。ドロシーのヤツと一緒にな」

「……おい。まさかとは思うが」

「あぁ。そのまさか、だ」


 バサッ、と羽根を開く音。ミカエルが宙に跳ぶ。最後に──。


「よろしく頼むぜ、“ハーフ天使”さんよ」


 という言葉を残して、寒空へと消えていく。……俺は屋上から夜景を見ながら考えていた。こんなメチャクチャなことが起こるばかりの中、遂に自分もメチャクチャな存在になってしまった、ということ。


「……ホントにさよならだな……。普通の、俺」


 そんな独り言を呟いて、俺は消灯寸前の病室へと帰った。



「退院記念だ、神山かみやま


 神流川かみながれがわのほとり。そこにあるベンチに、俺と……食い意地の張った天使は座っていた。

 その天使は、俺へ菓子パンを差し出す。


「……どーも」


 ピンク色のイチゴのパン。甘っちょろい。まぁ、薄味の病院食ばっかりだったから、まだ味覚が元に戻ってないだけか。

 俺は……眷属がどうたら、というのを本人には伝えていない。あのミカエルとかいう天使からドロシーへ伝わっているだろう……というのは建前で。


 本当は、それを言う機会も勇気も今の俺には無いからだった。


「何だ、お腹が減ってないのか?」

「……そういうわけじゃないが」

「ふーん。そうか」


 そう言ったドロシーはむしゃむしゃとパンを貪り始めた。……なんか、コイツと初めて出会ったときを思い出すな。あの日も……こんな風に寒かった。


神山かみやま

「藪から棒にどうした」

「……その、何だ」


 ヴァルキリーは、パンを食べる顔を俺から背ける。


「……お、お前と出会えて……良かった」

「……はは」


 おっと、思わず。


「な、わ、我は真剣に言っているのだぞっ!」

「あ-、悪い悪い」

「ふん。酷いヤツだな、お前は」


 悪かったよ。ただ、考えてただけさ。こんな他愛の無い会話ができるような日常に、俺はまた戻ってきたんだな、とある種の感動すら覚える、ってな。


「……変なヤツ」

「……褒め言葉と受け取っとくぞ」

「だがまぁ……我も、同じ気持ちだ。ようやくこんな風に菓子パンをむさぼれる日常にもど──」


 と、ドロシーが言おうとした時。俺の鞄から……“アレ”の通知音が鳴った。……あぁ、忘れてたよ。元に戻った日常のなかで、唯一以前と違うこと。

 俺は鞄からそれを取り出して、そのディスプレイを触る。


「あー。……悪魔が出た、ってよ。……ドロシー?」


 俺はヴァルキリーを見る。頬を赤くして、肩をふるわせるゴスロリ少女。少女は、座っていた体勢から一気に立ち上がった。


「ふ、ふんっ! い、行くぞ、神山かみやまっ!」

「……あぁ」


 勢いよく駆けだしていくドロシー・フォン・ヴァルキュリア。俺はその背中を追いかけながら、これまでの事を思い出す。

 アスモデウスを抱え、地獄へと帰って行ったフォルネウス。姿を消した気分屋のメタトロン。ミカエルとかいう謎の天使。


 これから、この世界がどうなっていくのか、俺には分からん。だが、フォルネウスとアスモデウスのことだ。ま、地獄に限っては、今よりはマシになるんじゃ無いだろうか、と思うね。


神山かみやまっ! 置いていくぞっ!」


 あの変な剣は、戦い以外じゃまるで役に立たない。別に足腰が強くなるとか、足が速くなるなんてこともないので……。

 つまり、アイツに着いていくのにすら息切れしそうになる。


「……全く。だらしないヤツめ」

「お、おい」


 ドロシー・フォン・ヴァルキュリアは、わざわざ俺の方へ駆け寄ってきて──っておい。そのまま俺の上半身を抱えるようにして──“飛んだ”。

 冷たい風が、顔を吹き付ける。


「……恥ずかしいんだが」

「ふふっ。面白いぞ、神山かみやま

「……あーそうかい。そりゃよかったよ」


 メチャクチャな状況だ。だが俺は、ようやく気づいた。そしてその感情に正直になることにした。ようやく? うるせぇ。知るか。


 ドロシーと居ると退屈しない。アイツはいつも、俺の腕を引っ張って、知らない世界へと連れて行く。

 俺はそれが──心底楽しかった。


「……ありがとう、ドロシー」


 その独り言に、答えが返ってくることは無かった。代わりと言っては何だが──”ふふっ”という、ヴァルキリーの年相応の笑い声が、風の音の中に聞こえたような気がしたんだ。

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