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EX20.そして彼女は舞い戻る

 ──走る。ただひたすらに、呼吸を荒くしながら。周囲の景色が様変わりするなか、俺は足を必死に動かしていた。それは、前方を走るフォルネウスも同じだったようで、ここに入ってきた時とは異なり、手を振り足をあげ、全速力で移動していた。


 あぁ──なんでこんなことになっちまったんだ。俺は──腕の中に抱えている謎の少女の眠っている顔を見ながらそう思った。いや……もう謎じゃないな。


 ──アスモデウス。悪魔の“姫”と聞いてたせいか、俺がイメージしていたのは、もっとゴツくてもっと厳つい巨大な化け物だったんだが、その予想は幸か不幸か当たることはなかった。

 このクソデカい牢獄に幽閉されていた“姫”は……人間の少女と寸分違わない見た目の少女だった。見てくれだけは、な。


 メタトロンのやつのアレコレで、悪魔だの天使だのの見た目は全く信用するなってのはよく理解したが。


「フォルネウスっ! 出口はどこなんだ!」

「今探しているところですッ!」


 目の前の悪魔も、流石に焦っている様子だ。それもそうだろう。このお姫様(・・・)を助けたと思えば、その途端に……この牢獄が崩れ始めたのだから。

 “骸の玉座”からコイツを引き離した瞬間だった。再び建物全体が大きく揺れたかと思うと、そのまま壁は崩れ床も崩落し始めたのだ。


 ……で、急いで逃げ出したから、こんだけ走ってる……というわけだ。


「……クソッ、ダメか」


 俺は少女を抱える手で、なんとかポケットからあるものを取り出す。黒居くろいから渡された……ドロシーへの連絡装置だ。

 しかし、押しても呼びかけても反応がない。ここに来るまでの間で壊れてしまったのだろうか。あり得ない話ではないと思うが。


「……にしても、軽いな、こいつ」


 アスモデウスと呼ばれる少女。その仰々しい名前とは裏腹に、彼女を抱える腕に負担は感じない。まるで何も持っていないかのように。

 そう、現実逃避のために思考を巡らせていた瞬間(とき)だった。


「──っ」


 俺の体に、突然横方向の重力が加わった。背中を押されたわけでもない。どちらかといえば、首元を捕まれて引っ張られているような感覚だ。

 突然のことに俺は声も出せなかった。フォルネウスを一瞬視界の端に捉えたかと思うとすぐに消えた。速すぎだろ。なんだこれは。


 とにかく──アスモデウスを抱える腕に力を入れる。ここまで来て離しちゃ終わりだ。メタトロンやフォルネウスの話じゃ、こいつを連れ帰ればどうにかなる。

 しかし──そんな俺の淡い希望は、鼓膜が破れそうなほどの轟音と共に砕かれた。


 目前に迫る壁が崩れ、俺は外に“投げ出される”。……我ながら、ここまで状況を把握できるようになったことに驚きだが、そんな軽口を叩く余裕は、体を起こして周囲を見る中で消え去った。


「……な」


 今日は驚いてばかりだ。だが、驚くしかない。そんな状況。そいつ(・・・)は、俺の後ろに横たわるアスモデウスを見つめて微動だにしていない。

 見つめている、と言っていいのかも分からない。なぜならそいつの目は“一つ”だからだ。兜についた、瞳のような球体。そう、こいつは──。


「アスタ……ロト」


 いつかの夜。ドロシー・フォン・ヴァルキュリアに斬られて倒れたサキュバスを回収して消えていった、悪魔。メタトロンが追いかけたが、途中で振り切られた。


「……貴様に用は無いぞ、人間」


 トカゲのような瞳をしている“眼”が、ぎょろりと俺の顔をのぞき込む。それだけで、俺の肌は鶏肉みたいになっちまう。

 足がすくむ。手が震える。だが──体が動かないわけではない。


「……悪いな。そう簡単に渡せるかよ」


 俺は体を起こし、倒れるアスモデウスの前に立つ。……あぁ、怖いさ。今すぐ逃げ出したいぐらいだ。

 だが、メタトロンのやつは、きっと今も悪魔と戦っている。この姫様を助けるために、命をかけて。


 なら、俺だけ逃げるわけにもいかない、ってもんだ。


「下らぬ理由だな。退けば命は取らぬと言っている」

「俺の答えは変わらねぇよ……ギョロ目野郎」

「……そうか」


 悪魔は微動だにしなかった体をこちらへ向ける。その目は、今やアスモデウスではなく、俺をまっすぐに睨んでいる。


「──残念だ」


 ──来る。悪魔は腰の鞘から剣を抜き、その真っ黒な鎧を着ながらも、軽快な身のこなしで駆ける。

 だが俺も──無策でここに立ってるわけじゃない。


「その命、貰うぞ」


 目前に姿を現した悪魔が、俺に剣を振り下ろそうとする。そんな簡単に命をやってたまるかよ。


「──ッ」


 俺は──ポケットから取り出した“モノ”を投げる。それは、悪魔の剣に触れたかと思うと──煙と衝撃と共に、その鎧を着込んだ体を後方へ弾き飛ばした。


 “ショックくん二式”。黒居くろいによれば、ボール状の本体に強い衝撃が加わると、それと同じ力を“反発”する、とかいう代物らしい。

 細かい理屈は分からんが、どうやら使い方は合っていたようだ。


 後ろへ飛ばされた悪魔は、地面に剣を刺して受け身を取っていた。しかしその姿を、すぐに煙が覆い隠す。それを確認した俺は、すぐにアスモデウスの小柄な身体を持ち上げて、その場から離れようとした。


 ただ……あのボールの唯一の弱点があるとするなら、投げたヤツも煙の中に入っちまうってことだろう。おかげで、周りの様子が全く分からないんだが。諸刃のアイテムじゃねぇか、あのボール。


「とりあえず、フォルネウスと合流しねぇと──」


 俺は、とにかく煙の中を進む。咳き込みたくなるが、まぁ堪えられないほどのもんでもない──と。

 霧の中を進もうとする俺の耳へ、ドンッという衝撃音が入ってくる。と同時に──霧が、晴れた。


 俺は──もっと考えるべきだった。こんなただ者じゃない、メチャクチャな存在から、煙一つで身を隠せるわけがない、と。

 しかし、だ。


「──ありがとうございます、神山かみやまさん」


 俺の頭に、聞き覚えのある声が響いた。フォルネウスの声だ。また変な事をしやがる。サイキック悪魔め。


「あなたのおかげで──」


 声の主の姿は見えない。あるのは、煙が薄れていくなか、こちらへと歩いてくるアスタロトの姿だけ。

 そりゃ、見えないのも当然だ。それはフォルネウスの体が──。


「隙が、生まれた」


 アスタロトの背後へ、くっついていた(・・・・・・・)からだ。霧の中から、サイキック野郎はアスタロトへ奇襲を仕掛ける。手に持っているのは小ぶりな刃物。

 そのまま、鎧武者のような出で立ちの悪魔へと、フォルネウスは飛びかかる……が。


 対してアスタロトは、体を向けることなく、その剣を上空へと構えて自らに向かう刃を受け止めた。


「……貴様、“看守”か」

「……だったら、どうするおつもりです?」


 フォルネウスは余裕を見せているが……その顔は、すぐに緊迫した表情へと変貌した。


「排除する、それだけだ」

「──ッ」


 サイキック悪魔はアスタロトへと再び斬りかかる。だが、その刃が黒色の鎧へ届くことはなかった。いや、もっと悪い。

 “鎧武者”は、受け止めた刃を剣で弾く。少し離れた俺の耳にまで、ガギンッという金属同士が擦れ合う音が聞こえた。


 その余波で、ほんの一瞬だけ、フォルネウスの足がバランスを崩す。アスタロトは──それを見逃さなかった。

 体を半分捻って、よろめく悪魔へとつるぎを向け──。


「──失せろ」


 その剣が振り下ろされる。見た目だけじゃ普通の剣だ。ゲームとかでよく見るような、細身の剣。しかし、武者悪魔が振ったそれは──フォルネウスを斬り伏せた。

 あいつの肩から足に駆けて巨大な傷が生まれて、そこから血が吹き出ている。まるで、かつてドロシーがサキュバスへ付けた傷のように。


 ──瞬間。戦いの様子を見る俺の視界から、アスタロトの姿が消失した。どこだ。一体どこへ──。


「……」


 俺は足下を見た。影が、おかしい。足下から伸びる影に、“何者”かの影が重なっている。影の先端から伸びる、二本の角のようなモノ。


「──ッ」


 俺は振り返る。アスモデウスを抱えたまま。そこに居たのは──俺の身長の一・五倍はありそうなほどの体に、黒色の鎧を纏った悪魔……アスタロト。

 その兜から、声が放たれる。


「次は、貴様だ」


 時が止まる。そんな錯覚さえ覚える瞬間。人間は死ぬとき、そんな感覚を感じるらしい。どこかで聞いたような気がするな。

 振り下ろされる刃が見える。俺は思わず……目を閉じて、片方の手で顔を守るような体制になる。


 無限に思える時間。しかし……体の感覚は無くならない。うるさいほどに聞こえる、俺の心臓の鼓動は、未だ脈打っている。


「……何だ……これは」


 悪魔が驚嘆したような声を上げた。つられて俺も目を開ける。何だ、変に明るい。眼が眩みそうになる。 

 なんとか瞼を開けた俺の視界にあったのは──。


「な……こいつは」


 俺の手から伸びる、青色の光。その光は“つるぎ”の形を為して、アスタロトの刃を受け止めている。

 そうだ。かつてドロシーの心の中で見た光景。それと同じもの。そして──。


「──何だ、随分と面白いものを手に入れたな? 我が友よ」


 膠着した場に、聞き覚えのある声が響く。アスタロトは俺に向けた剣を降ろし、後方へ退いて周囲を見る。


 ──遅いんだよ、ったく。


 ここから少し離れた場所の、大きな岩。その上に……そいつは居た。全くもって嫌になるのが、その姿を見て、俺が少なからず安心してしまったってことだ。

 俺がそう言うと、その姿は消えて、影となって隣へ“跳んで”くる。


「ふん、寝ていたのは事実だからな。否定はせん。だからこそ──」


 そいつ(・・・)は、いつものようにして肩にかける傘を、剣と盾に分離する。傘が光に包まれ、そこから剣と盾が生まれる。


「ここからは、我も力を貸す。それでいいだろう?」

「……あぁ、よろしくな──ドロシー」

「……素直にそう返されると調子が狂いそうだ」


 相変わらず失礼なヤツだが、その自信に溢れた澄んだ瞳を見ると、思わず笑みが溢れる。……いつからコイツを、こんなに信頼するようになったんだかな、俺も。


「貴様……ヴァルキリーか」

「あぁ、いかにも」


 俺たちの前方に立ちはだかるアスタロト。しかし戦乙女ヴァルキリーは怖じ気づくこともなく、剣と盾を構える。


「我が名は──断罪の戦乙女ヴァルキリー──ドロシー・フォン・ヴァルキュリアッ!」

「……魔将軍、アスタロトだ」


 ドロシー・フォン・ヴァルキュリアは一閃いっせんの体勢になり、大してアスタロトも──剣を深く構えた。


「いざ──」

「……参る」


 どちらの言葉かは分からない。しかし──周囲に響く、剣と剣がぶつかる音によって、地獄を舞台にしたアスモデウスを巡るこの状況が、佳境を迎えていることを俺は感じていた。

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