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EX19.悪魔と姫

「……すげぇな、こりゃ」


 悪魔フォルネウスと共に訪れた、アスモデウスが囚われている場所。その荘厳さに、俺は思わず息を呑んでいた。

 だだっ広い荒野に佇む牢獄。真っ黒な真四角の建造物。それが、俺の前にあるモノ。


 一言で表すならば、“異様”だ。この地獄の光景ですら、俺にとっては異常そのものなのだが、中でも“ここ”だけは輪をかけてどうかしてると思うね。

 それでいて、牢獄という名が嘘でないことを表すかのように、周囲一帯の空気が重苦しく感じる。どんよりとしていて、空気が薄い。


「行きましょう」


 俺の横に居た悪魔が、その建物の前へと行く。……って待ってくれよ。ここまで来たはいいが、“コレ”に扉が付いているようには見えない。ただの黒い壁だ。


「“行く”ったって……どうやって──」


 そんな疑問を投げかける俺に、フォルネウスは何も返すことはない。代わりと言っちゃあ何だが、言葉に代えて悪魔の腕が壁を叩いた。

 コツン、という音が周囲に響く。何もないまっさらな場所なので余計に。


 その音に続くようにして──壁がうなる(・・・)。さながら蛇が這うように。


「これが入り口です。ま、いささか殺風景なものですが」

「……今更だろ、それ」


 手招きするフォルネウスに俺は付いていく。真っ黒な扉。その先に広がるのは、明かり一つ無い暗闇……だったが。


「良かった。動いているようですね」


 悪魔がそう言った。驚く俺とは対照的に、淡々と。俺たちが建物の中へと入った瞬間──黒い闇に光が灯ったからだ。

 こんな見た目の癖して、随分とハイテクなもんだな。


 そんな風に独り言を言いつつ、俺は背後を見る。しかしそこには──壁しかなかった。扉が消えていたのだ。


「な……」


 声を発そうとする俺の肩を、悪魔が叩く。


「大丈夫ですよ。一種の防衛機能です。彼女が──アスモデウスが、開けてくれることでしょう」


 ……要は、現時点では閉じ込められたってことじゃないのか、それは。なんて言う俺にフォルネウスは笑みを返して奥へと進んでいく。


 ──メタトロンのヤツは無事だろうか──そう頭の片隅で考えながら、俺は悪魔の後ろ姿を追っていた。


 ……迷路のような牢獄。足音だけが響くこの空間を俺とフォルネウスは進んでいる。四方八方に道が分かれているからか、自分がどこを通ってきたのかを忘れてしまいそうになる。

 そんな状況の中で俺が迷っていないのは、ひとえに、前方を歩くフォルネウスが正しい道を進んでいるから、なのだろう。


「……なぁ」


 ずっと同じ光景が続いて気が狂いそうになっていた俺は、思わず悪魔に話しかけてしまった。

 こいつは特に顔を向ける事も無く、歩きながら返す。


「何です?」

「ここ、何を閉じ込めておく場所なんだ?」


 俺は──ここへ来て、ずっと疑問に感じていたことを投げかけた。特殊な入り方。牢屋の一つも見えない、迷路のような構造。

 とてもじゃないが、何かを閉じ込めておくための場所には見えない。


「……悪魔達です。危険な悪魔を収監する場所。それが、ここ──」


 天井から降り注ぐ明かりに照らされて、フォルネウスの影がゆらりと揺らぐ。


「──“サンダルフォンの檻”です」



 ──フォルネウスと会話をした少し後。未だ俺たちは、どこに繋がっているかも分からない迷路を歩き続けていた。こういうのは上から俯瞰して見るから面白いんだ。自分で迷路の中に入るのはもうごめんだね。


 無言。静寂。いやまぁ、俺もコイツも、口数が多いタイプではないし、会話が生まれないのは分かる……が。

 いかんせん、暗いわ狭いわ出口が見えないわで参りそうになってる状態だ。あのドロシーのおしゃべり加減が欲しくなってくるほどに、な。


「……」


 なんて事を俺が考えている内に、フォルネウスがその足を止めた。そのまま体を横に向ける。俺には何の変哲も無い黒色の壁にしか見えんが。


神山かみやまさん、準備はできていますか?」

「……今更だな、おい」


 ふふっ、と悪魔が笑って壁に手をかざす。すると……その手の形に沿うように、“光”が黒い色の中にぼんやりと浮かんできた。

 そのまま、その淡い光から、あみだくじのように壁を這って光の線が伸びていく。


「……なんだかな、手際が良すぎやしないか」


 俺は思わず、そう口にした。フォルネウス。人畜無害そうな悪魔にしては、この場所に詳しすぎる……気がする。扉の開け方一つとってもそうだし、何より、この迷路のような建物を、目的地へ向かってまっすぐ向かえる、ということ。


「えぇ、まぁ。私にとって、少し馴染みのある場所ですから」


 馴染みて。牢獄だろ、ここ。んな場所に馴染みがあるなんて、囚人か看守ぐらいしか居ないだろうに。


「“当たらずといえども遠からず”と言っておきますよ」


 ははっ、と笑って悪魔はそう言った。……まず、どこで知ったんだよ、その言葉。本当に何というか、謎だらけなヤツだ──と。

 ガタンッ、と建物全体が振動した。地面が揺れて、思わず倒れそうになるが、壁にもたれかかってなんとか立つ。


「な、何だ──」


 そう俺が口にしようとした瞬間のことだった。フォルネウスが手をかざしていた壁が──崩れた。いや、消えた(・・・)と表現した方が正確かもしれない。

 そこにあったはずの壁は消えて、だだっ広い真っ赤な光で照らされた空間が、亀裂から顔を覗かせていた。


 フォルネウスが一直線に駆け出す。マトモに立てないような揺れの中のはずだが、メチャクチャな体幹をしてやがる。

 かといって、俺もここに留まっているわけにはいかない。壁を伝い、震える足を前へ進める。


 なんとか、フォルネウスが入っていった空間へと突入した。さっきまでの“迷路”とは異なり、中に明かりと言える明かりはなく、巨大な部屋の中心が淡い赤色で染まっているぐらいだ。


「フォルネウスっ!」


 俺は悪魔の名を呼ぶが、返事はない。……おいおい。勘弁してくれよ。ここまで来てなんだってんだ──と。

 俺は……あいつの姿を見つけた。クソ広い部屋の中心で、ただ、ぼうっと空中を眺めている姿を。


「お、おいっ! アスモデウスを探すんじゃないのかよ!」

「……いえ、その必要はありません」

「なっ──」


 フォルネウスの言葉に、俺が何かを返そうとした時。悪魔の腕が上がり、その手がコイツの視線と同じ場所を指し示す。


「──っ」


 俺は、言葉を失っていた。悪魔の指し示す先にあったのは、暗がりでよく見えなかった──無数の悪魔のむくろ

 それが積み重なり、山のように隆起した場所だ。そして……その、頂上。


「やっと見つけましたよ──我が、主」


 悪魔の死体の山の上。そこに築かれた──“屍の玉座”。暗闇の中でも分かる……そこに鎮座する何者かの影。


「──アスモデウス様」


 目が慣れてきて、ようやく俺にも見えた。“玉座”の上に座る──人間の少女と寸分違わない身なりの、黒髪の少女が。

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