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EX17.いざ、地獄へ

「お、終わった……のか?」


 無我夢中で放った“一閃いっせん”。自分自身ですら、どうやって使ったのか分からない技。それに斬られた悪魔の姿を、俺は探していた。

 前方に居たはずのその姿は、周囲を見る限りでは消えていたようだった。


「……え?」


 その時、俺は自分の腕に不思議な感覚を覚えた。すぅ、っと手から力が抜ける。見ると、先ほどまで握っていた“剣”が、これまた悪魔と同じように、綺麗さっぱり消えてしまっていた。


 おいおい、また変なことが起こってるな、なんて考えてるうちに──赤一色の空が、再び青色に染まっていく。それに呼応するかのように、乾いた大地には潤いが戻っていく。

 俺がここへ来た時と同じ状態へと、世界が戻っていく。


 赤と黒の殺風景な世界は、地面から生える色とりどりの花によって彩りを取り戻していく。あの悪魔が消えた影響だろうか? それしか考えられないが。


「そういえば……どうやって戻るんだ、これ」


 “悪魔を倒す”というやるべき事はやった。もう帰ってもいい。というか、帰りたい。長居してたら体に影響がありそうだ。

 こんな幽体離脱みたいな状態、普通に考えてよくないだろ、あんまり。


 黒居くろいのヤツにも、特に戻る手順については聞いてない。……よく考えれば、一番最初に伝えるべき事だよな、これ。


「……」


 俺は無言で空に手を振ってみる。しかし、何が起こるわけでもない。花畑の中で怪しい男が怪しいジェスチャーをしているだけだ。

 ……おいおい、勘弁してくれよ。


 そう辟易しつつも、俺は鞄から“ペンダント”を取り出した。黒居くろいに渡された道具なんだ。きっと何か役に──。


「──は」


 俺がペンダントを握った瞬間。この世界へ入った時と同じように……俺の視界は完全にブラックアウトして、意識が消えた。



「お手柄ですねぇ……神山かみやまさん?」

「……ッ!」


 真っ暗な空間で三半規管がぶっ壊れそうな感覚を味わった後。突然、体に感じていた浮遊感が消えて全身の感覚が戻ってくる。

 で、聞き覚えのある声が耳に入ってきたので、飛び起きたってわけだ。


「……どうやら、成功したようで」

「あぁ。なんとか、な。……変なことも山ほどあったが」


 息を整えてそう言う俺へ、黒居くろいはドロシーの看病をしながら続ける。


「ま、あそこは……そうですね。“夢”みたいなものですから。何が起こっても不思議じゃないでしょう?」


 夢か。……確かに、あんな光景は現実ではお目にかかれそうにない。悪魔が突然姿を現したのも、俺の手に剣が出てきたのも、まぁ、夢だと言えば納得できそう……か?


「それで、黒居くろい。ドロシーは目を覚ますのか?」


 俺は眠るドロシーの傍に居る黒居くろいへ質問を投げかける。


「えぇ。原因は取り除きました。あとは、彼女の体力が回復するのを待つのみ、ですかね」

「……そうか」


 俺は──少しだけ、胸をなで下ろしていた。まだ安心できる状況ではないが、ここから悪くなることはないだろう。

 楽観視は良くないが、ホッとするぐらいで罰も当たらんだろうしな。


「──そういえば、あなたに来客が来ていましたよ」

「……来客だって?」

「えぇ。向かいの部屋に通してますから」


 俺への来客、しかもわざわざ黒居くろいの家へ来てまで、だって? あまり思い当たる人物が居ないな。

 俺は黒居くろいへ一礼し、部屋から出た。冷たい空気が肌を包む。


 そのまま、かじかむ手で客人の居る部屋の扉をノックすると……向こうから戸を開けてきた。


「お待ちしていましたよ、神山さん


 そこに居たのは──俺たちに協力している悪魔、フォルネウス。しかし、彼だけではなく、その後ろに。


「──なに? ぼくの顔になにかついてる?」

「お前は……メタトロンか」


 その小さいシルエットからは、とても想像ができないほどの力を持っている天使、メタトロン。俺の記憶では、“あの夜”にいつの間にか姿を消していたはずだが。


「んー。まーね。アスタロトを追いかけてたんだけど逃がしちゃってさ」


 よく見れば、彼女が腕に付けているリング状の防具には、いくつもの傷が付いている。


「……で、いいなよ、フォルネウス。この人間の子も誘うんでしょ?」

「えぇ。確かに」


 おい、何だよ誘うって。いつも思うが、本人の知らないところで重要な話を進めるのはやめろよ、天使も悪魔も。


「それは申し訳ないですね。でも、いささか急な用件だったので。なにしろ──」


 フォルネウスは、真剣な眼差しで俺の目を見る。今まで見たことのないような、真面目な表情。


「──アスモデウス様の場所が分かりましたので」

「……」


 アスモデウス。かつて……というほど昔ではないが、以前目の前の悪魔から聞いた名前だ。なんでも、悪魔の中でも相当偉いお姫様で、地獄を治める立場だとか……何とか。

 そして、その姫様の存在は、フォルネウスにとって相当重要なものらしい。


 それはいい。見つかって良かったじゃないか。それで……何で俺が同行しなければならないんだ?

 疑問を呈す俺に、メタトロンが座ったまま話しかけてくる。


「“人間の力”さ。ベリアルのやつがめんどーな“枷”を付けちゃったみたいでね」


 またそれか。“人間の力”ね。ベリアルとかいうヤツは知らんが、少なくとも性格が悪そうなのは伝わるな。


「面白いね、それ。当たってるしさぁ」


 手をたたいてケラケラと笑うメタトロン。挑発してんのか笑ってんのかどっちかにしろよ。……と。

 それを聞いていたフォルネウスが、俺の前へずいっと出てきた。


「……お願いします。私達には、アスモデウス様が必要なのです。どうか……力をお貸しください」


 悪魔は、跪くようにして俺へ手を差し出す。……おいおい、やめてくれ。そんなことをされる身分じゃないぞ、俺は。


 ……アスモデウスがどんなヤツなのかは知らんが、少なくともそいつを必要としている存在が居て、そのためには俺が力を貸す必要がある。

 で、メタトロンがここに居る、ってことは、悪い奴でもないんだろ。


「……分かった。だから顔を上げてくれ。そんなことされちゃ落ち着かん」

「感謝します。神山かみやまさん」


 フォルネウスは、代わりと言っては何だが、その手を握手をするように差し出してきた。ま、それぐらいなら。


「あぁ……。で、どうやって行くんだよ、その“アスモデウス”が居る場所に」

「んー? そーだね──」


 ──メタトロンが突然腕を掲げる。まずい。また何かやる気だこいつ。だから説明しろって言って──。


「じゃ。地獄行き三名様、ごあんなーい」


 ああクソ。こんな狂った状況でも笑うメタトロン。コイツの生み出した“穴”に──俺とフォルネウスとイカれ天使は吸い込まれていく。


「な──っ」


 俺が驚く声を上げる間もなく。再び視界は“黒”に包まれ、俺の平衡感覚はミキサーにかけられたようにぐちゃぐちゃになっていた。 

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