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EX16.友達

「──ッ」


 俺の前に居る戦乙女ヴァルキリー──ドロシー・フォン・ヴァルキュリアが、自らの首に当てた刃を引き抜こうとした瞬間。

 その剣を持つ手が、俺の手にあるペンダントから伸びる“縄”に縛られて、すんでの所で止まった。


 しかし──彼女の手は止まらなかった。腕にまとわりつく“縄”がしなり、俺の体も引っ張られそうになる。


「──」


 俺はペンダントを握る手へ更に力を込める……と。強く握りしめられた“それ”は、思わず目を閉じてしまいそうなほどのまばゆい閃光を辺りにばらまいた。

 続けて、“縄”を伝うようにして強い光が流れて──。


 ──キンッ、という金属音。見れば……ドロシーの手からつるぎが消えている。彼女の手に到達した“光”は、そのまま腕に衝撃を与えて剣を落とさせた……のだろう。


 得物を失ったヴァルキリーはというと、糸が切れたマリオネットのようにその場にへたり込んだ。

 俺はペンダントをポケットへとしまい、彼女へと駆け寄る。乾いた大地と枯れた草木を踏みしめつつ。


「……おい」

「……」


 目の前で声をかけるが、ドロシーからの返事はない。黒い装束を纏った少女は何も言葉を発することなく、ただ地面に座り込んでいた。


 率直に言って俺は──どうするべきか悩んでいる。そもそも、俺はコイツの……見られたくない部分に無断で立ち入ってる身だ。偉そうにモノを言える立場じゃない。

 そして、ここの様子を見るに──ドロシーが抱える悩みというのも、俺のような人間がその一端に触れることができないほど、暗く深いものなのだろう。


 慰めるべきか、励ますべきか……と頭の中で考えを巡らしている内に、俺はあることを思いついた。それは──。


「……これ」


 そう言って、俺はドロシーへと“ある物”を差し出した。しかし。それでも少女は顔を上げない。あーそうかい。分かったよ。話す気は無いってか。

 少しだけ息を吐いて……俺は手の中にある物を強く押した。


 ──パプゥ。間抜けな音が周囲に響く。おもちゃみたいな音……というよりおもちゃの音そのものだ。

 何か役に立つんじゃないか。そう思って鞄に無理矢理入れていた、ドロシーからもらったぬいぐるみ。


「……は」


 さすがに、唐突なことに戦乙女ヴァルキリーも驚いたのか、俺の方へ顔を上げた。と同時に、例のぬいぐるみが彼女の視界にも入ったようで。


「なんで、それを持ってきたの……」


 少女の口から出た疑問は、まぁ至極当然なものだった。逆の立場だったら俺だってそう思う。こんなシリアス極まりないシーンで“おもちゃ”かよ、ってな。

 でも、それでも、だ。


「その、なんだ。これを返そうと思ってな」

「……え」


 ドロシーは、未だ呆気にとられたような顔をしている。あぁ、気持ちは分かるさ。自分でも何やってんだと思う。だが聞いてくれ。


「俺はまだ、お前から礼をされるようなことはしてない。むしろ……礼をしなければならないのはこっちだ」


 ヴァルキリーは黙って見ている。なんというかやりづらいが、続ける。


「だからこれは、返す」

「……わかった」


 少女は、震える手で俺の渡したぬいぐるみを受け取った。そのまま、それを胸に抱きかかえる。


「それと、だ」

「……?」


 ヴァルキリーは、真っ赤になった目で俺を見る。もう涙は出てないようだが、それでも彼女の瞳は潤んでいるように見えた。錯覚かもしれない。


「あーその……ありがとな、ドロシー」

「っ!」


 そう言った俺から目をそらして、漆黒の少女は再び俯いた。まずいこと言ったか、俺。


「お前は……ずるい。人間のくせに、こんなところまで来て……、わたしに、礼を言うなんて……っ」

「……すまん」


 謝る俺へ、ドロシーは続ける。へたり込んでいた体を起こし、立ち上がった状態で。


「ずっと……独りでいいって思ってたのに。ずっと、わたしだけでやらなきゃって、思ってたのに」


 ふらふらと近づいてきた少女は、俺の手を握った。その顔には涙と、笑みが浮かんでいて──。


「もう……ひとりでいるのは疲れた。──神山かみやま……助けて」


 ──その時。轟音と風が周囲を取り囲んだ。風よけのために顔を覆って視界が塞がる間に、俺の手にあったはずの感触はいつの間にか──消えていた。

 代わりと言っては何だが。ドロシーと入れ替わるようにしてその場に居たのは──。


「──あらぁ。変な鼠が入り込んでると思えば……ただの人間じゃん?」

「……悪魔ッ!」


 人間のシルエットから生える、二枚一対の刺々しい羽根。額に生える鋭い角。体を取り囲むようにしてうごめく、長い尻尾。

 あの──サキュバスに似た姿の悪魔が、目の前に居た。


 黒居くろいの話を踏まえるならば……コイツこそが、ドロシーが目を覚まさない元凶ということになる。


「こんな場所に何の用かしらねぇ? 帰ってくれると嬉しいんだけど?」

「おいおい。居候してる分際で随分と偉そうなヤツだな。悪いが──この体の持ち主とは知らない仲じゃなくてね。お前を追い出す為にここへ来たってわけだ」


 目の前に居る悪魔は“ふーん”とつまらなそうに告げると、


「じゃ、キミと私は“敵”ってわけだ」


 ──一瞬。悪魔の姿が俺の視界から消失する。またこれだ。またこんな技だ。だが何回も、同じ手を見ているだけとはいかないからな。


「ッ!」


 俺は──黒居くろいに渡されたもう一つの“道具”──手のひらサイズのボールのようなものを、肩にかけた鞄から取り出す。

 そしてそのまま“説明通り”にそれを空中へと投げた。……すると。


「──チッ! ンだこりゃァッ!」


 何の原理かは分からないが……上空に浮遊したままのボール。そこから伸びる、一筋の線。そのラインの先に憤慨している悪魔が居た。


「テメェッ! 人間の癖になんでンなもんを──」


 俺は──悪魔の返答を待たずに、すかさず“ペンダント”を取り出して、敵へ向けてかざす。

 さっきのドロシーのアレでなんとなく分かった。これは“攻撃”ができる。


「クソがッ──」


 ペンダントへ光が収束し、以前と同じように“光の縄”が放たれようとしていた……はずなのだが。

 ペンダントからは、何も出なかった。


「……え」


 呆気に取られる俺。それを悪魔が見逃すはずもない。──悪魔は“ライン”が付いたまま、俺の方へと跳んできた。その手から伸びる鋭利な爪を喉元に突きつけられている。


「はッ。テメェが危ねぇもんを持ってるのは分かった。とっとと殺して終わらせてやるよ」


 ……まただ。またこんな状況になってしまった。我ながら情けない男だ。いつもこうだな。勇み足で飛び出した結果、こうして敵に殺されそうになる。

 こんな豹変悪魔に殺されたくはない。俺はまだ──現実のドロシーに会ってないんだ。


 死んでたまるか。くたばってたまるか。心の奥底で、今まで感じたこと無いような感情が湧き上がってくる。体が熱い。溶けてしまいそうなほどに。


「──死ね、人間野郎」


 悪魔が手を引き、勢いをつけて俺の首を爪で貫こうとする。あぁ、ちくしょう。ここまでリアルな感覚があるんだ。ここで死んだら多分、現実でも死ぬ。


 だが──死の淵にある俺は、死への恐怖といったものではなく、別の思いを抱いていた。もちろん怖い。怖いが……それ以上に、俺は。


 “ドロシーを助けたい”。そう、思ったんだ。


「──なッ」


 手が熱い。悪魔が飛び退く姿が光に照らされた影で分かる。熱い。熱すぎる。俺のすぐ前に何か熱源がある。それも“光”で見えない。

 だが──俺はその光に包まれて、なんというか、暖かさを感じていた。不思議な感覚だ。何が起こってるんだ、一体全体。


 ──と。徐々に光が弱まる。周りの状況が判明していく。そして──俺に熱を与えていた正体の姿も露わになっていた。


「……これ、は」


 不思議と手になじむ感覚。それにこの形状は見たことがある。……ドロシーの剣だ。だが、こんなに半透明じゃなかったはずだ。まるで水晶のように……刃を通して向こう側の景色が見える。


 光が一点に収束していく。俺の持つ──つるぎへと。


 黒居くろいは言った。“人間の力”で悪魔を追い出せと。俺の手に握られている剣。これそのものが、その力だとしたら。


「こんな、こんな馬鹿なことがあるかァッ!」


 錯乱した悪魔が、再びこちらへ迫ってきている。だが、なぜか怖くない。さっきとは大違いだ。手にもしっかりと力が入る。……ならば。


 俺は──記憶の中から、あるものを思い出す。瞼を閉じ、姿勢を前屈みにして、腰に剣を収める。力を込めて柄を握り──一気にそれを──。


「き、貴様ッ! そ、その技は──」


 ──目を開く。手に込めていた力を一気に解き放つ。悪魔へ向けて斬り払われた刃は、そのまま、直線上にある地面や枯れた木を全てなぎ倒していき──。


「いっ……せ」


 悪魔が言葉を言い終わる前に、その姿は“真っ二つ”に両断され、塵となって消え失せていた。

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