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EX15.ダイブ・ザ・深層心理

「……マジかよ」


 今日で何度目かは分からないが、俺はまた驚いている。ドロシーの眠る部屋へとやってきた俺──神山かみやま黒居くろいだったが──スーツ姿の男はすぐに姿を消し、戻ってきたかと思えば。


「おや、何か驚くところでも?」

「……あぁ。今日で一番な」


 黒居くろいは、居間に敷かれた布団で眠るドロシーの隣へ座ったかと思うと、そのまま戦乙女ヴァルキリーへと手をかざす。


 今日という日がいかにメチャクチャであったのかは、俺が最も理解している。その俺が今日で一番驚いた出来事。それは……黒居くろいの告げた、ドロシーの目の覚まし方だ。


「──“心”に入るだなんて、また意味の分からん言葉だな」

「えぇ。でも、“そういうモノだ”と理解しているのでしょう? あなたは」


 黒居くろいは笑いながらそう口を開いた。何だかな、そう言われると素直に喜べない自分がいる。喜ぶべき事なのか? そもそも。


「いやいや、大したものですよ。逃げ出さずにここに来た時点で偉いものだ」

「……そりゃどうも」


 俺は──こんな他愛のない話をしながら、頭の中で今からやるべきことを整理していた。“心に入る”というのは、平たく言えば……ドロシーにまとわりつく力を、俺が直接消してこい……ということらしい。


 “どうやって入るのか”と疑問符を浮かべながら質問する俺に、黒居くろいが明確な答えを返すことはなかった。だが断片的な発言をつなぎ合わせると……魂をどうにかこうにかするらしい。おい、大丈夫かこれ。


「何です? 今更怖じ気づいたとでも?」

「……分かってるよ」


 黒居くろいは続ける。かざした手からドロシーへ向けて光を放ちつつ。


「まぁ、そうですねぇ。あなたの力だけなんですよ、悪魔の力を中和できるのは」

「……?」


 どういうことだ? あんたがホワイトボードでやった説明だと、悪魔の力を中和できるのは“人間の”力って書いてただろ。


「えぇ。ですがそれは……仮定の話なんですよ。実際にできたのは、あなただけなんです。神山かみやまさん」


 ますます分からなくなってきた。異常な存在に触れて俺の体も影響されてるってことなのか。

 なんて言った俺を見て黒居くろいは笑っている。笑えることじゃねーよ。


 ……と。俺が肩をすくめてみせると、黒居くろいはその場から立ち上がった。彼はかざしていた手を“ぱっぱ”と払って俺へと差し出す。


「もう、行けるのか?」

「えぇ。いつでも。あなたのタイミングにお任せします」


 俺を見る黒居くろいの顔は、帽子の影でよく見えない。あぁ、全く。こういう時なんだ。目ぐらい見せろっての。


 俺は……スーツ男の手を取る。自分の中の恐怖はもうほとんど消えていた。居間で眠るドロシー。彼女の顔を見ていると、頭の中に浮かんでしまう。


 もういちど俺は……アイツに──ドロシーに、会いたいんだ。


「──黒居くろい、頼む」


 分かった、とだけ男は言って俺の手を握った。その冷たい手が徐々に熱を持っていく。熱ささえ感じるほどの熱を持った手に触れていた俺は──。


「……っ」


 何が起きているかも分からないまま、視界がブラックアウトした。



 視界に明かりが戻ったとき、不可思議な場所に俺は居た。自分という存在が異物にしか見えない……幻想的な空間。まるで──絵画のような美しい色に彩られた空間。

 俺が立っている場所は……何というか、真っ白で荘厳な神殿のような場所だ。


 ふと周りを見渡すと、この神殿の周囲には特に何も無いように見えた。ただ、辺り一面に花畑が広がっているだけだ。なのでまぁ、何も無いというのは語弊があるかもな。


 このままここに居るのも何なので、俺はこの建物から出ることにした。どうやら体は普通に動くようで、今更だが呼吸もできている。


「……凄いな」


 神殿と言ってもそこまで大きなモノではなく、中の作りも複雑でなかった。そのため、手っ取り早く外へ出ることができたのだが、俺はそこで飛び込んできた光景に目を奪われていた。


 中から見えていたから分かっていたことではあるが、いざ“花畑”の前に立つと息をのんでしまう。

 見渡す限り水平線の向こうまで続いているように見える、花のカーペット。色とりどりのそれに構成された“絨毯”は、風に吹かれて右へ左へと揺れている。


 その様子は、まるで“地面そのものが動いているのだ”と錯覚しそうになるほどだった。


「──あれは」


 呆気にとられていた俺は──その花畑の中に“異物”が紛れ込んでいるのを発見した。周囲の花が風によって揺れる中、ただ一輪だけ微動だにせず佇む……真っ黒な花。

 花びらが黒いというわけではなく、葉から茎にいたるまでの全てが黒く染まっている。まるで──“漆黒”のように。 


 上から下まで黒いその姿は、まさしく──ドロシーを思い出させた。神殿の中には何もなく、他にも手がかりらしいモノはない。強いて言うのなら、その“黒い花”ぐらいだろう。

 俺は、花を踏まないようにしつつ、その黒い花へと近づいてく。だが──。


「何、だ……っ」


 急に──息をするのが苦しくなった。この変な空間、というかドロシーの心の中に入ってからというもの、こんな感覚は無かったのだが。

 とはいえ、歩けないほどではない。俺は少しづつ歩みを進めていく……と。


「っ!?」


 視界の中にあった“黒い花”が消えた。そしてその場所に──。


「……」

「──おい、嘘だろ……」


 無言で──手につるぎを持ったドロシー・フォン・ヴァルキュリアが、花に置き換わるようにして佇んでいた。その顔は俯いていて表情はよく見えない。こちらを認識しているのかすらも分からん。


「お、おいっ! ドロシーなのか!」


 それでも声をかける俺だったが、突如姿を現した戦乙女ヴァルキリーから返事が返ってくることはなかった。

 そして──俺が、足を一歩前に進めた時。かかとが地面を踏むその瞬間だった。


「──」


 大きな風が一瞬吹いたかと思うと──見渡す限りの花が全て“枯れていた”。何が起こったのかも分からない。あまりに一瞬のことで、脳の処理が追いついていないのだ……と。


 そんな俺に追い打ちをかけるようにして、次は地面が一瞬にして“乾き”、そこから枯れた植物がどんどん生えてくる。

 幻想的な空間が……瞬きをするうちに荒廃した世界へと変貌していく。


「──ドロシーッ!」


 俺は微動だにしないヴァルキリーへと叫ぶ。ここはアイツの心理的ななんとか空間とか言うヤツだ。つまり、ここは戦乙女ヴァルキリーの心そのもの。

 こんな荒唐無稽なことができるのは、ドロシーのヤツしか居ない。


 俺は──彼女の元へ走る。地面から“生まれる”木に阻まれながらもただひたすらに。世界の明かりが落ち、周囲が暗闇に包まれてもなお、俺は彼女の元へ走り続けた。


 そうして足を動かすうちに──ヴァルキリーの姿が先ほどよりも大きくなってきた。もう彼女との距離も近い。目と鼻の先とまでは言わないが、ここまで近づけば声が届かないこともないだろう……と。


「──止まれ」


 冷たい声が俺の耳に入ってきた。思わず……足を止める。その声の主であるドロシーが、俺に剣の鋒を向けていたからだ。


「……来たのだな、神山かみやま

「……あぁ」


 彼女は俯いたまま、俺へと続ける。


「我は……お前に、見せたくなかった。こんな……心を」


 俺は何も言い返せない。言い返す言葉を持っていない。命を救うためとはいえ──他人の心に土足で踏み込んでいるのは事実だ。


「滑稽であろう? 我は全てが……“かりそめ”なのだ。どれだけ美しいモノで外を覆おうとも……中は変わらぬ」

「……それは」

「愚かなものだ。結局それを……悪魔に利用されたのだから」


 ドロシーの本来の心。彼女の話を聞くに、それがこの荒廃した世界なのだろう。そしてそれが、悪魔の付け入る隙となった。


「ずっと……ヴァルキリーであろうとしてきた。我はヴァルキュリア家の娘。必ず、戦乙女ヴァルキリーにならねばならぬ、と」


 彼女は続ける。


「友人も、何もかもを全て投げ捨て、我はここまで来た。この“何もない”自分を隠しながら。だが……」


 そこまで言ったドロシーは、俺へ向けていた剣を下ろした。──が。


「それが結局、“あだ”になった。今までの全てが……何もかも」

「……お前──ま、待てッ!」


 ドロシーは──剣を再び構えた。俺に、ではない。柄を逆さに持ち、その鋒を……自分(・・)へと。

 顔を上げたドロシー。自分の首に刃を当てる彼女の目は──涙があふれて、真っ赤になっていた。


「我は──わたしって、何だったんだろう……神山かみやま


 そう言って──ヴァルキリーは目を閉じる。ダメだ。絶対にダメだ。ここで終わらせたらダメだ。

 なんでダメかは分からない。悪魔だの天使だのの事情を俺は知らない。だが──。


 俺はお前にまだ……礼すらまともに言ってないんだ。


「──ドロシーッ!」


 気づいたときには、俺は走り出していた。黒居くろいに渡された──“魔道まどう”が込められたペンダントを握りしめて。

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