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EX10.救いの翼

「ぁ……」


 言葉が出ない。出そうとしていた音が喉に詰まる。そうして目の前の状況に狼狽する俺の前へと、青い血にまみれたドロシーが近寄ってきた。

 その姿は──まさに修羅のごとく。見知った姿だというのに俺は恐怖を感じていた。


 ヴァルキリーが一歩……また一歩と近づいてくる。夜の闇に隠れて彼女の姿はよく見えない。しかし、月の光に反射するべっとりと付着した血。おまけに、真っ赤に光る──悪魔のような瞳。


 足が動かない。後ずさりをしようとするも体が動かない。金縛りにかかったかのように、俺の身体はぴくりとも動かなくなってしまった。

 “蛇に睨まれたカエル”とはこのことだ。今ならゲコゲコ言ってるあいつらの気持ちが分からんでもないね。


「……」


 そんな馬鹿なことを言ってる俺に、ドロシーは何も言わない。いつもなら“なんだそれは”だの言って長い話を始めるくせにな。……どうしちまったんだよ、お前。


 ザッザッ……という足音が止まる。俺の前にヴァルキリーが佇んでいた。人のことは言えないが、間近で見ると悪魔の返り血が凄い。

 “凄い”という表現もいかがなものかとは思うが、実際そうなのだから仕方がない。


「──」

「……っ」


 ドロシーが、俺の肩に剣を当てる。さっきまで何もなかった空間に生まれた剣。刃には青い血が付いている。

 ──そしてつるぎは、上空へと掲げられ──。


「──待ちなよ」


 刃が振り下ろされるかと思った瞬間。ヴァルキリーの後ろから声がした。彼女の手が止まる。


「天使がどうなってもしらないけど……ヒトに危害を加えるなら話は別だよ」


 ドロシーが振り返ると、声の主の姿が僅かに見えた。天使だ。羽根が見える。それもヴァルキリーよりも大きな。

 しかもこの口調。あぁ、全く。もう少し早く来てくれれば助かったんだがな。


「……ひどいなぁ。“霧”を消すのに苦労したんだよ? むしろ労ってほしいぐらいだね」


 そう言われた俺は周囲を見渡す。すると、この場所に漂う“霧”はいつの間にか消えていた。遠くまで十字の路地を見渡すことができる。


「……ありがとよ、メタトロン」

「うんうん。もっと労うがよい」


 ……コイツも大概おかしなヤツだな。なんでこの状況でそんな軽いノリでいれるんだよ。と思ったところで、俺もメタトロンに言える立場ではないことに気づいた。

 霧が消えて姿を現した天使。ヴァルキリーは振り下ろそうとしていた剣を俺から天使へと向けている。


「──」

「……まったく。少しだけ──大人しくしてもらおうかな」


 ──ドロシーが先に動く。地面を蹴って宙を“かける”。剣を携え、懐へと飛び込む……が。

 メタトロンも黙って立っているだけじゃない。小さな天使は前方へと腕を突き出して手を開く。


「──うおっ!」


 突然の耳をつんざくような甲高い音に驚いて声が出てしまう。ドロシーの剣がメタトロンへ到達するかと思った瞬間、天使の前に“壁”が現れた。

 俺が驚いた音は、その壁に剣が触れたときの音だ。


 ヴァルキリーの刃が壁を貫くことはなかった。しかし──彼女はその剣で何度も壁を斬りつける。


「──ッ!」


 その度に鼓膜がぶっ壊れそうな音が鳴る。耳を押さえてはいるが、頭がどうにかなっちまいそうだ。だが、壁の向こうに居るメタトロンに慌てている様子はない。

 

「……仕方ない。腕、もらうよ」


 開いていた手を天使は握り、親指と人差し指だけを出して伸ばす。その先に居るドロシーは何かを察したのか、後方……つまり俺の方へ退いてきた。

 そして──ヴァルキリーは握る剣を一度鞘に納めて、構える。一閃だ……と。


 ドロシーがその構えをした瞬間に、彼女を中心にして“風”が巻き起こった。その圧に押されて手で前方を遮る。


 天使とヴァルキリーの技がぶつかろうとしている。無事で済まない……のは俺だけでないだろう。下手すりゃここら一帯が更地にでもなるんじゃないか。

 止めたいが、間に割り込む力も勇気も俺にはない。


「──魔眼(まがん)……一閃(いっせん)


 心臓が押しつぶされそうなほど、おどろおどろしい声でヴァルキリーは呟く。顔も変われば声も違うってか。って、そうではなく──。

 ドロシーの剣が、赤色の閃光を伴って鞘から解き放たれた。辺り一帯を照らす禍々しい光。

 対して天使は、伸ばした人差し指を引っ込めた。それと同時に全面に展開されていた“壁”が収束し──青い光の渦となってドロシーへ襲いかかる。

 ……いや、待てよ。


 ドロシーへ向けて攻撃が放たれたということは……つまり彼女の後ろに居る俺も巻き添えを食らうって事じゃないのか。

 待て。おい。ちょ──。


 そんな人間の嘆きでどうにかなるような状況でもない。くそったれなことに、既に技は放たれた(・・・・)のだ。


「クソッ──」


 ドロシーの魔眼一閃(まがんいっせん)とメタトロンの“銃弾”がぶつかり、光と衝撃に俺は包まれた。

 何が起こっているのか全く分からない。目を開ける勇気も無い。だが、痛みを感じているわけでもない。


「何だ……?」


 今度こそ死ぬ。そう思ったのだが、俺も案外往生際が悪いな。悪運だけが強みってか。そんなことを思いながら……瞼を少しづつ、本当に少しづつ開く。

 視界に入ったのはヴァルキリーと天使。そして──。


「──あんたら」


 そして。いや──何だあれは……というか誰だあれは。どこからどう見ても萩目はぎのめ学園の生徒にしか見えないぞ。だが、あんな銀色の髪のヤツは見たことがない。


 おまけに、その隣には見覚えのある悪魔──黒居くろいを肩に抱えたフォルネウスが立っている。

 そして──銀髪の女学生が口を開いた。


「ここは私が預かる。文句ないでしょ? ……天使?」

「……ふーん。ま、いいよ。でもその戦乙女ヴァルキリーはどうするつもり……」


 メタトロンがそういった直後。フォルネウスがドロシーの頭を小突いた。紫色の波動がドロシーを包んだかと思うと……糸が切れたように彼女は倒れる。

 悪魔は黒居くろいに加えてヴァルキリーまで担いた。どうなってんだその腕力。


「……なるほどねぇ。キミ……悪魔か」

「えぇ。どうも。メタトロンさん」


 紳士的な悪魔は紳士的に礼をした。状況への理解が追いつかない。さっきまでとの温度差は何だ……と。銀髪の女学生が俺の方へ歩いて来た。


「……大丈夫? 息はあるみたいね」

「あ、あぁ。助かったよ。ありがとう」


 彼女の服を見るが、名前を示すようなものは身につけていないようだ。長袖の制服の上に着たブレザー。そしてスカートにタイツ。何から何まで普通の学生にしか見えん。


 彼女の差し伸べる手を握り、なんとか体を起こす。いつの間にか緊張の糸が切れたのか、足も腕も普通に動くようになっていた。

 そんな俺を謎の学生は見ている。


「……へぇ。あなたがドロシーの言ってた……ふーん」

「……は?」


 ドロシーだって? アイツと交流があるのか? いやまぁ、こんな所に現れる時点でアイツ絡みの存在だろうなとは薄々思っていたが。

 それを聞いた彼女は──俺に手を差し出した。まるで握手をするように。


「初めましてになるのかしら? 神山かみやまくん?」

「な、なんで俺の名前を」


 あぁ……まただ。これは──ドロシーや悪魔と初めて会った時の感覚。非日常の中でも特別どうかしてるヤツと会ったときの感じ。



「私は──天束あまつか天束あまつかエイン」



 美しい銀髪に凜々しい顔。その蒼い瞳が俺を見つめている。硬直する目の前の野郎を不審がって、その顔をのぞき込みながら。


「どうかしたの?」

「い、いや──」


 俺が天束あまつかエインなる奇妙な存在に詰められようとしていたとき。


 ──轟音と共に、空が赤色に染まった。

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