表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/76

EX5.ゴエティアの少女

 フォルネウス──俺たちの前に現れた悪魔は、自らのことをそう名乗った。“アスモデウス”。そう呼ばれる悪魔達の姫を助けてほしいと、懇願しながら。


 ……正直なところ、何が起きているのかさっぱりだ。黒居くろいからは、天使と悪魔はずっと敵対関係にある、って教えられたんだが。


「我だってそうだ。……全く。おかしな状況だな」

「はは。まぁ、僕も含めて、悪魔も一枚岩では無い……ということですよ」


 その悪魔──フォルネウスは笑って見せた。見た目だけはほんと、大人の男性みたいだな。遠くから見れば人間にしか見えないかもしれん。肌も人の色に近いし。

 頭から生える短い角、そして尻尾。それさえ除けば、の話だが。


「……で、貴様の言ったことは本当なのだろうな? もし嘘であれば……」


 神流川かみながれがわの河川敷に俺たちは集まっている。──と。悪魔から少し離れた所で、ドロシーは肩においた傘を軽く振った。だが目前に居る悪魔は、特に臆してはいないようで。


「えぇ。何より、私自身が下級の悪魔に襲われていた、それが証拠です」


 フォルネウスの発言は、戦乙女ヴァルキリーにとって驚くべきことだったようで、彼女からは、先ほどのような殺気は消えている。

 まぁ、それは、俺も同じなのだが。


「……ベリアルとかいうヤツが消えた地獄が、大変なことになっている……だったか?」

「はい。その通りです」


 そう言った悪魔を見ると──さっきまでは気づかなかったが、体の至る所に傷がある。その身にまとう装束には、所々破れてボロボロだった。


「ふん。要は、頭領を失って仲間同士で殺し合っているのだろう?」


 おいおい。少なくとも今は、このフォルネウスとかいう悪魔とは協力関係にあるんだ。そんなに敵視することも──。


「──人間には分からぬだろうな。我らと悪魔の関係など」

「……それは」


 否定できない。否定できる材料がない。悪魔も天使も、昨日知ったばっかりだ。それらが対立していると言うことも、同様に。

 俺はまだ、何も知らない。


「──まぁいい。コイツは我が預かろう。地獄のことを相談するならば、他に会わせたい者も居るのでな」


 ヴァルキリーは“ほら”と言って、俺に何かを投げた。ちゃんと取らなかったら顔に当たってたぞ、今の。


「取れたのなら良いではないか。……何かあったら“それ”で我を呼べ。少し席を外す」


 俺の手の中にあったのは……何だこれ。手のひらサイズの、長方形の何か。不思議に思って側面やら背面やらを触っていると、ピコン、となった。


 見ると、正面にはデフォルメされた剣と盾のイラストが表示されている。小型の電子機器のようなものか。


「それが鳴れば、我の通信機器にすぐに繋がる。では行くぞ、フォルネウス」

「……えぇ。分かりました」


 ヴァルキリーがそう言ったかと思うと──背中から翼を生やして空へ飛んでいった。フォルネウスという悪魔もそれに続いて飛ぶ。


 いやはや、ドロシー・フォン・ヴァルキュリアが天使と言うことは分かっているが、それはそれとして、羽根だの剣だのを見ると、やっぱり驚く。

 少なくとも、慣れそうにはない。


 というか、ドロシーの傍に居ろと黒居くろいに言われていたな。まぁでも、これがあるから大丈夫だろう。飛べるならすぐ来れそうだし。


「……ったく。行くところもないし、帰るかな……」


 放課後。すでに夕暮れは地平線の彼方に沈みかけている。町の街灯に、明かりが少しづつ灯っていく。

 いつの間にか、夜に近づいていたらしい。


 肩にかけている鞄を直して、歩き出そうとしたその時。


「──みーつっけた」


 声がした。だが、聞き覚えのない声だ。幼い少女のような声だったが、あいにく俺にそんな知り合いは居ないし、今後できることもないだろう。


 と、なればだ。俺の背後から声をかけてきたヤツは、見ず知らずの男子高校生に話しかける異常な少女か、あるいは──。


「きみ、面白いね。独り言をそんなに言う人間、初めて見た」

「……悪かったな」


 初対面の人間の痛いところを突くのはやめろ。


「あはは。ごめんって」

「はぁ……全く」


 ため息をついた俺は、後ろへと振り返った。まぁ、何だ。悪魔とかそういうヤツではないらしい。


 振り返った俺の前に居たのは、確かに少女だった。小さい背丈。だが、身にまとっている服がおかしい。


「や。ニンゲンさん」


 全身を隠すような──外套、だろうか? 頭もフードを被っていて、その顔はよく見えない。


「……ニンゲンさんて。また変なヤツが来たよ」

「失礼なヒトだなぁ。ぼくが変な存在に見える?」


 あぁ、見えるね。それもかなり変だ。変と言うより怪しいぞ。時間帯を考えれば、何か良からぬことをしようとしているヤツに見えなくもない。


「へーんだ。そんなこと言うならぼく知らないもんね」


 俺だって知らん。そもそもお前が誰かも知らないんだぞ。急に声をかけてきて勝手なヤツだ。……どこかの誰かに似て。


「あぁ──あの戦乙女ヴァルキリーのことでしょ?」


 あぁ、ヤバいぞ、これは。俺の五感が危機を告げている。コイツも──“あっち側”の存在だ。悪魔だの天使だの、そういった類いのもの。


 何なんだ本当。何でこんなイカれた存在にばかり絡まれるんだよ。


「まったく。まぁいいよ。ぼくは心の広い“天使”だから」


 天使だって? あいにく天使の知り合いは一人で十分なんだ。お引き取りいただけるとありがたいのだが。


「やーだね。ぼく、きみのこと気に入ったし」


 そう言って少女は、俺の元へと走って来て──その小さな手で俺の腕を掴んだ。寒い肌にぬくもりが伝わる。


「ぼくは……そうだな。──“ゴエティアの少女”だよ」

「よろしくね? ニンゲンさん」


 あぁ、これをどうドロシー・フォン・ヴァルキュリアや、黒居くろいに説明すればいいのか。無理矢理付いてくる“ゴエティアの少女”をかわす俺の頭の中は、そんなことでいっぱいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ