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EX4.地獄の姫、悪魔の首領

「……で、何でこれを書かされているんだ。俺は」


 学校。俺の通う萩目学園はぎのめがくえん。そこにある部室棟に俺は居た。黒居くろいに返事をした後、伝えられたのは簡単なことだった。


 他の人間を巻き込まないこと。そして、自分の身分を誰にも明かさないこと。この二つだけ。てっきり“天界”のことを言ってはいけない、とか指示されそうだったのだが。


 黒居くろいいわく、“誰か”のおかげで天界の天使の意識が変わり、過剰に自らの存在を秘匿することを辞めたんだとか。まぁ、俺にはあまり関係の無いことだ。


 仮に、関係があるとするならば、目の前に居る少女。


「“我と共に居る方がよい”と言ったのは神山かみやまではないか」


 あぁ、言ったさ。言ったけれども。それとこれ──“お悩み相談部”に入ることが、一体全体どうつながっているんだ。


 遡ること少し前。全体の授業が終わり、放課後が訪れた。あぁ、今日も一日が終わったぞ、なんて思っていたのだが、その安寧の時間はぶち壊された。

 教室へと勢いよく入ってきた少女。ドロシー・フォン・ヴァルキュリアによって。


「……あれは目立ちすぎだ、いくらなんでも」

「ふん。我は派手な方が好みでな」


 “他の人間に知られることがないように”って釘を刺されてるだろうが。


「そこまでいうのならば、次からは気をつけようではないか」

「……頼むぜ、本当」


 忘れられない。彼女が教室のドアを“ガタンッ!”と音が出るほど勢いよく開け放ち、俺の名前を大声で呼んだときの、周囲からの視線。

 穴があればなんとやら、というやつだ。


「というか、お前ってここの学生だったんだな。見覚えがないからてっきり」

「まぁ、我はいつもは悪魔狩あくまがりに赴いているからな。覚えている方が珍しいだろう」


 幽霊部員ならぬ幽霊学生か。なるほどね。いや、何がなるほどなんだ。決して天使と幽霊を掛け合わせたわけじゃないぞ。


「……そもそも、だ。これ、正式な部活動なのか?」

「あぁ。もちろんだ。神山かみやま──お前が入ればそうなるな」


 つまり、現時点では同好会止まりってことじゃねえか。これ系の部活って、もっと“地域貢献部”とか、あるだろ、他にも名前が。


「我が友の希望でな。どんな悩みも解決してみせる、という意気込みを書いたらしい」


 ……なんというか、ドロシー・フォン・ヴァルキュリアも相当変わっているが、彼女がたまに言う“友人”とやらもよっぽど変わり者のような気がしないでもない。


「分かったよ」


 万年帰宅部である自分がついに部活に所属する時がきたようだ。まぁ面白そうだというのもあるし、彼女の言うとおり理にかなってもいる。


「よし。なかなかいい字を書く」

「どこ褒めてんだ、それ」


 自分で言うのも何だが。なんとなく板についてきたな、こういうやりとり。それが良いのか悪いのかは分からないものの。


 “お悩み相談部”の部室は、なんというか古い。廃部になったところの部室をそのまま使っているのだろう。いろいろな雑貨や用具が埃を被ったまま置かれている。

 唯一綺麗なのは、後から運び込まれたであろう長机と、それを囲む五つの椅子。五人も入部する予定があるのだろうか?


 と。俺がひとしきり部室の中を座ったまま眺めていると、ドロシーが肩にかけている鞄に入部届を入れ、立ち上がった。

 そのまま、俺の方へ向く。


「では、行くぞ」

「また唐突だな、全く……。で、どこへ」


 普段とは違う、学生服を着たヴァルキリーが言う。


「決まっているだろう?」


 彼女は腕を組み、眉を上げて笑った。


「“地域貢献”……悪魔狩あくまがりへだ」



 あぁ寒い。寒すぎる。寒すぎて嫌になる。これも悪魔の仕業ならば、そいつを倒せば止まるのか?


ならば(・・・)、な。少なくとも、天候を操作できるほどの力を持った悪魔は居ないと思うが」


 俺の斜め前を傘を差しながら歩く、ドロシー・フォン・ヴァルキュリアは、いつの間にか学生服からいつものゴシック装束へと姿を変えていた。

 まぁ、それはいいとして。


 “天使”だ“悪魔”だと言っても、俺が実際に目にしたのは、“黒い影”のような悪魔と、それに対抗するドロシーの姿。

 言ってしまえば、それだけ(・・・・)なのだ。


 もし万が一、これが自分の妄想によるものだとしたら。いや、あり得ない話ではないだろう。

 つまり、あれほど悩み尽くしたあげく、俺は未だ、非日常の存在に対して疑問感を抱いているということだ。


「なんだ、心配性なやつだな、神山かみやまは」


 前を歩くドロシーが、傘を持つのとは反対の腕を組んでそう言った。器用なやつだな。そもそも人間、心配性なぐらいがちょうどいいのさ。


 天使も悪魔も、確かに頭では理解している。だが、体がまだ信じ切れていない。だから、どこか疑問が抜けきれない……と自分を分析してみる。


「ふん。いずれにせよ、その時は来る。悪魔は突然襲ってくるぞ」


 と、目の前のヴァルキリーは、なぜか俺の方へ向き直って、傘を──。


「──ほらな」


 その傘の先端から、小型の……何だ。ビームのような何かが出た。それが俺の横を素通りして、破裂音と共に霧散していく。

 少し遅れて背後を見ると、そこには……黒い塊が落ちていた。


 その黒い塊は、すぐに光に包まれて、“粒子”となって消えていく。……これが、悪魔なのか?


「三級悪魔、その中でも下っ端のヤツだ。なんとも手応えのないものだな」


 そうあっさりと言いのけるドロシーは、また傘を肩にかけると、元々進んでいた方向へとまた歩き出す。

 彼女の言いぶりからして──そこまで強くない悪魔なのだろう。


 だが、俺は全くその気配に気づかなかった。対してドロシーは、俺と話をしながらも、意識を向けていた、ということか。


「一応聞きたいんだが……“アレ”が俺に当たったらどうなるんだ?」

「さぁな。人間相手に使った例はない。だがまぁ、あれを見れば想像はできるのではないか?」


 俺は少し後ろを振り向く。いつの間にか“粒子”となった悪魔は、跡形もなく消えていた。……あんなモンが横を通ったと思うと、今更ながら胸がキュッとなるな。


「──力が戻っているのか? ならば……一閃いっせんも」


 俺が独り言を言っている間、ドロシーがそんなことを呟いている。何のことかはさっぱりだ──と。


 その瞬間、俺たちの歩く神流川かみながれがわに突如轟音が響く。ドロシーは、一瞬のうちに──以前のように──傘を剣と盾に分けた。


「これは──ゲートの開閉音……か──ッ! 上だッ!」


 戦乙女ヴァルキリーが上方を見る。その声が耳に入った俺は、少女よりもワンテンポ遅れて空を見上げた。そこにあったのは──。


「何だ……ありゃ」


 とても現実とは思えない。ともすれば、自分の頭がおかしくなったのではないか、そう思ってしまうような光景。


 ──空に……“扉”が生まれていた。真っ黒で、かつ刺々さを感じる意匠が施された、巨大な扉。そして、轟音と共に、その“扉”は開かれる。


「……わざわざ“ゲート”でおでましとはな。どうやら、地獄からの来客らしい」


 おい、なんだそれ。なんだ地獄からの来客って。聞いてないぞ、俺は。


「当然だろう? 言ってないのだから」


 ……嫌になってくる。なんでこう、どいつもこいつも、非日常の存在というのは情報を隠したがるんだよ。

 と嫌気がさしたところで、俺は一つ思い出した。──黒居くろいからのギフトの存在を。


「っ!」


 先日。ひとしき説明を受けた俺に、黒居くろいはあるものを手渡してきた。小さな六角形上のペンダントのようなものだ。

 彼の説明を信じるならば、これは──。


「……ほう。魔道具まどうぐか」

「護身用にって渡されてな。使えるかどうかは知らんが」


 だが、何もないよりかはよっぽど良い。俺はそのペンダントをしっかりと手に握りしめて、扉から現れるであろう“何者か”に備える。


「……来るぞ──って」


 ドロシーがそう言うと、扉から赤黒い光が放たれた。見るだけで禍々しさを感じるが、それ以上に驚くべきことは。


「……? 何なのだ、アレは」


 困惑する戦乙女ヴァルキリー。この少女が困惑するようなことが起きているのなら、俺だってお手上げだ。何が起こっているのか分かりゃしない。

 だが、視界に入った情報だけで言うのならば──。


「追われてる……のか?」


 扉から出てきたのは、一体の大きな姿と、それに付き従うように追随する、無数の影。いや、付き従うというよりも、追撃を受けている、と言った方が正しいだろう。


 両方とも悪魔なのだろうが、無数の影から一つの姿に向かって、小さな玉みたいなものが撃たれている。上下左右四方八方動き回って、それを交わしているであろう悪魔。


「ど、どうするんだ、ドロシー」

「ふん。決まっている」


 彼女は、鞘につるぎを納めて、前傾姿勢になる。以前俺を助けたときと同じだ。だが、あのときと違い、空を飛ぶ敵との間には距離がある。


「悪魔を倒すのが、我らヴァルキリーの使命。どのような状況にあろうと、それは変わらん」


 そう言うと、戦乙女ヴァルキリーは剣の柄に手をかけ、深く深呼吸をしている。空からは悪魔の鳴き声が聞こえてくるというのに、よく落ち着いていられるものだ。

 その瞬間──。


「──一閃いっせんッ!」


 勢いよく剣が抜かれ、空を斬るように刃が振られた。一瞬のことで何が起きたかは分からない。しかし、それでも。


「あ、悪魔が、消えた……。いや、今ので全て倒されたのか」


 空を飛んでいた悪魔が、瞬時に消えたのは分かった。おそらく、彼女の刃で全て葬られたのだろう。いやはやなんとも……恐ろしい技だな、それ。


「我の奥義だ。ふん──かっこいいだろう?」

「……あぁ。否定はしないさ」


 彼女はピースをして俺にどや顔をして見せた。確かに変なところはあるヤツだが……でも、中身は人間と大差ないのかもな。

 

 そんなドロシーが、再び剣と盾を傘へと戻した瞬間のこと。


「──うわっ」


 突然、背筋が凍るような感覚に襲われる。何と言えばいいのか分からないが、何か得体の知れないものに見られているような感覚。

 恐怖、あるいは不快感。その正体は、意外と近くに……“居た”。


「──いきなりとは。なかなか酷いお方だ」

「何者だッ!」


 俺たちの背後に姿を現したソイツへ、ヴァルキリーは“傘”を向ける。


「落ち着いてくださいよ。ヴァルキリーさん?」

「悪いが、落ち着いてはいられないな。貴様……我の剣からどうやって逃れた」


 そう言って、彼女は再び、剣と盾を構える。俺も、自然とペンダントを握る手に力が入る。


「僕はあなた方と事を構える気はありませんよ。今のところはね」

「ふん。悪魔の言うことを信じる天使が、居ると思うのか」


 険悪な雰囲気だ。俺だけ場違いすぎるだろ。だが。


「……話だけなら」

神山かみやま、お前まで、何を……」


 まぁ、待ってくれ。何を使ったかは俺も知らんが、コイツは並の悪魔なら一撃で死ぬ技を、交わせるほどの力を持っているってことだ。


 おまけに、この悪魔は、俺たちの背後にいつの間にか居た。今度は、ドロシーでも気づけないほど素早く。それこそ、不意打ちができるほどに。

 だがコイツは、それはしなかった。俺たちを殺せるチャンスを“見送った”。


「……合ってるか?」

「まぁ、部分的にはね」


 ドロシーは、納得したのかは定かではないが、剣を納めた。


「言っておくが。意味の無い事情だったらこの場で斬り捨てるぞ」

「えぇ、構いませんよ」


 そう言った悪魔は、俺たちの方へ向き、顔を上げた。姿形で言えば人に近いな。ドロシーとかと同じってことか。


「では、改めまして。僕の名は──フォルネウスと言います」


 ──と。名前を名乗った悪魔は……俺たちへ頭を下げた。そして、その口から出てきたのは。



「お願いというのは──荒れる地獄を鎮めるために我らの姫を──」

「──アスモデウス様を、助けてほしいのです」


 悪魔から天使、そして人間へ向けた──地獄を救う為に“悪魔の姫”を助けてほしいなんていう、とんでもない願いだった。

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