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EX2.黒居という男

 ヴァルキリー。悪魔。天使。何もかもが荒唐無稽で、普通ならばとても信じられないようなモノ。

 一つ一つの単語がうさんくさいというのはもちろんだが。


 しかし──普通で非凡であることが、唯一の取り柄だった俺……神山かみやまが目撃したのは、それが”事実”であることを裏付けるかのような出来事だった。


 自らをヴァルキリーと名乗る、面白い格好の中二病少女──ドロシー・フォン・ヴァルキュリア。少女が俺の前で語ったことはおよそ事実なのだろう。

 俺の住む人間界にんげんかいとやらに悪魔が潜伏していること。そして、彼女のような天使がそれを倒していること。


 今思えば。箱形の四角い電子デバイスがもたらす情報の中には、原因不明の怪現象が各地で散発的に発生している……というものがあった。


 それが、悪魔だの天使だのの仕業というのなら。時期的にも間違ってはいないだろう。唯一疑問があるとするならば……。


 その俺の前にいるヴァルキリーが、世俗にまみれまくった存在、ということだ。


「……天使ってのは神聖なイメージがあるんだけどな」

「何だ? 我が人間の文化に興味を持ってはおかしいか?」

「いや、そんな言い方をされれば返す言葉もないが」


 ならば問題ないだろう、と言って、戦乙女ヴァルキリーは……目の前にある機械をいじり出す。

 デカい筐体にボタンが二つついていて、中には小さな金属製のアームがあり、その下には、なにやら可愛らしいぬいぐるみが置いてある。

 

 そう。ここはゲームセンターだ。甲高い電子音が耳に響く。なかなかうるさいな。あまり好きではない場所なのだが。


「全く。我が誘ってやったというのに。もっと楽しむがいいぞ」

「……おかしな状況だよなぁ。ほんと」


 思わずため息が出る。あの”黒い何か”を倒したあとに、俺はこのゲーム好きなヴァルキリーとやらに天使と悪魔の話を聞かされた。

 軽々しく言っていいことなのか、という疑問はあるものの、まぁそれはいいとして。


 それほどシリアスで神妙な話を聞かされた後に来るところが……ゲーセンかよ。


「不服か? ……あっ! 取れたっ!」

「ん? ……おー。こりゃすごい」


 ヴァルキリー少女が筐体に投入したのは小銭程度の金額しかなかったと思うのだが、それでも見事に景品をとって見せた。

 さすがヴァルキリーだな。……何が”さすが”なのかは分からんが。


 と。筐体の下から、”世界一かわいいぬいぐるみ”とかいうふざけた言葉がラベルに書かれたぬいぐるみを取り出したドロシーだったが、少女はそれを俺に渡してきた。


「パンの礼だ。受け取れ」

「なるほどな。……そういうことならありがたく」


 ぬいぐるみとは言っても手のひらサイズの人形レベルだ。だがまぁ、礼だというのならば受け取るのが筋だろう。拒む理由もないしな。


「これのために、わざわざここに来たのか?」

「うむ。ヴァルキリーたるもの、受けた恩は返すべし、ということだ」


 いや、ということだ、と言われても。しかし、俺は心のどこかで安堵していたのかもしれない。


 悪魔や天使と言った得体の知れない存在へ感じていた、恐怖や不信感。その最たる例である中二病少女。

 しかし、義理堅いという点では、俺のような人間と共有できる価値観を持っている。


 共通の価値観があることで、ある程度は彼女のことを信じられるかもしれないな。


「──おや、ドロシーさんじゃないですか」


 なんてことを考えていると、背後から男性の声がした。声色からして、そこまで老いていない、俺よりも少し年上の青年の声だ。


「ん? 黒居か」

「えぇ。お久しぶりです」

「……帰ってきた我らに顔すら見せぬから心配したぞ」


 色々あるのでね、と笑ってみせた青年。その装いは上下スーツにシルクハット。おまけにその帽子のつばの影で目元を隠している。

 ……これまたなんとも、うさんくさい人だな。


 と、声に出したわけではないのだが、黒居と呼ばれた男性が俺の顔を見る。その見ている目は、こちらからは見えない。


「おや、ドロシーさん。こちらの方は?」

「あぁ、我が拾った(・・・)のだ。悪魔に襲われているところを救ってな」


 拾われた(・・・・・)の間違いだろうが。さっき”パンの礼”とか言ってたヤツが都合よく忘れたフリしてもバレてるからな。


「はは。まぁ、面白い関係ですね」

「……どーだかね」

「いやいや、褒めてるんですってば」


 黒居は口元を緩めて笑っている。どうでもいいが、目元が見えないのに笑ってるだけだと悪巧みしてるように見えてきそうだ。


「こりゃ失礼。……ところで、どうです?」


 ドロシー・フォン・ヴァルキュリアは黙って話を聞いている。かくいう俺も、この男をどこまで信用してよいのか分からないので、そこまで口数は多くない。


 そんな中。黒居と呼ばれる男性が言ったことは、俺にとっては驚くべきことだった。


「──私と、お茶でもしませんか」



 質素な家。いや別に悪口で言っているわけではない。なんと言えばいいのか分からないが、趣のある家だとは思う。


 黒居に”お茶”に招かれた俺は、ドロシーと別れて彼の家へと来ていた。”いつの時代だよ”とつい突っ込みたくなりそうな、年季の入っている家へと。


 戦乙女ヴァルキリーに渡されたぬいぐるみが、鞄の中の本やら筆記用具やらと干渉して、パプゥとチープな音を立てている。音が出るならそう書いとけよ。


「なかなかユニークなお方のようだ」

「……褒め言葉として受け取っときますよ」

「えぇ。なにしろ褒めてるのでね」


 なんともまぁ、やりづらい人だ。つかみ所がないというか、ふわふわとしているというか。


「さて、前置きがあった方が良いですかね?」

「いきなり何だよ。……長くなるのか?」


 空の夕焼けが真っ暗になるぐらいかかる、と黒居は言った。さすがに今日はいろいろな事が起こりすぎて疲れた、ので早く休むために手短に頼もう。


「じゃ、早速本題に入りましょう──」


 ──場の雰囲気が変わった。黒居の声色が少し低くなったからか? いや、そんなことで変わるようなモノでもないだろう。

 そうこれは──あの時の感覚だ。ドロシー・フォン・ヴァルキュリアが”黒い影”と戦った時の感覚。非日常の──感覚。


「ドロシーさんと共に悪魔狩り(あくまがり)を行ってください」



 ……は? 理解が追いつかない。またこれだ。想像の範囲を軽く超えてくる、狂った現実。いや、現実か空想かも分からない何か。


 俺はまた、非日常の扉をノックされていた。

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