表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/76

EX1.ボーイ・ミーツ・ヴァルキリー

 ドロシー・フォン・ヴァルキュリア。天束あまつかエインと共に天界を救ったヴァルキリーは、人間界で悪魔狩あくまがりを行っていた。彼女の腕前は大天使ミカエルも認めるほどで──その性格を抜きにするのなら、模範的な戦乙女いくさおとめとも言える。


 そう。その”ウデ”が確かならならば、悪魔の一匹など取るに足らない相手だ。だが──。


「……くッ!」


 腕に傷を追って下がるドロシー。彼女の眼の前に居るのは──人間と同じ大きさ、いやそれよりも小さい、まるで動物のような姿の悪魔だ。

 デゼスポワールにベリアル。そして名もなき大量の悪魔。これまで彼女が戦ってきた者と比べれば、小粒のようなもの。


「……なぜだッ!」


「なぜ──一閃いっせんが使えないんだッ!」


 戦乙女ヴァルキリーは、前傾姿勢を取り鞘に収めた剣の柄を握る。そのまま溜めた力を一気に解き放ち、宙を斬る。だが。──何も出ない。天束あまつかエインを死に追い込んだ技。

 それが今では、悪魔一匹殺せない技へと成り下がった。


「──っ! しまった──」


 ドロシーの視界にあったのは、首を傾げた悪魔が自らへと飛び込んでくる姿。その口に生えた牙がヴァルキリーを襲う。しかしドロシーは……動かない。いや、正確には動けない(・・・・)

 体が重く、足が動かない。剣を振るう手も鈍くなり、反応も遅い。


「──光矢プファイルっ!」


 そんなドロシーへ襲いかかる悪魔へ向かって、一筋の光が放たれた。それは矢。軌跡の元にいたのは……赤髪の天使アンジュ・ド・ルミエール。悪魔は一瞬にして消滅し、光の粒となって消えていく。


「ドロシーちゃん! 大丈夫⁉」

「……アンジュ……か」


 ヴァルキリーの額には汗が浮かぶ。こんなはずではない。こんな悪魔にしてやられる自分ではない。そういったやりきれない思い。


「……すまない。少し外す」

「あっ! ま、待ってよ」


 ドロシーは、アンジュの返事を待たずに、羽根を広げてその場から消えた。地面には、彼女が踏みしめていた靴の跡がくっきりと残っている。


「……ドロシーちゃん」


 アンジュは心配していた。もちろん、ドロシーの体調が悪そうだ、ということ。今までとは違い、彼女が弱った姿を見せている、ということ。そして──。


 ドロシー・フォン・ヴァルキュリアの瞳が、血のように赤く染まっている、ということ──。



 寒空の下。太陽は出てるが、肌寒さを感じる。青色の空を見ていると体が震えてきそうだ。おまけに、ここ──神流川かみながれがわという川の近くに居る、ということもあるが。

 じゃあ、なぜクソ寒いなか、わざわざ神山かみやま──俺がこんな場所にいるのか。


「……う」


 眼の前に、少女が倒れている。いや少女と言っても、高校生の自分とさして変わらない身長だ。幼く見えるのは着ている服のせいだろう。真っ黒のゴスロリ衣装に白いフリルがついている。どこで売ってんだ、こんな服。


「だ、大丈夫……か?」

「……あ……う」


 声は出せるようだが、体は倒れたままだ。行き倒れ……か? いずれにせよ、俺一人には荷が重そうだ。どこかで人を呼んでくる必要があるかもな。


「……起こすぞ」


 倒れている少女の肩を掴み、少しづつ上体を起こしていく。まぁ、幸いにも軽かった。周りを見渡すと、ベンチを見つけた。あそこに寝かせればいいだろう。そこから先は、大人がやればいい話だ。


「歩けるか?」

「……」


 返事はないが、足を動かしてはいた。体を起こす時に見たが、特に怪我をしているわけではないようだ。……怪我もしてないのになぜ地面に倒れていたのかは知らないが。


「……ここで休んでろ。すぐに他の人間を呼んで──」


 ふと、右手が引っ張られたような気がした。視線を後ろへ向けると、ベンチで横になっている少女が、俺の制服の腕を掴んでいた。


「どうした」

「……それ」


 少女の視線の先にあったのは……俺が左手に下げている買い物袋。買ってきたパンと飲み物が入っている。で、これがどうしたっていうんだ。


「……おなか……すいた」

「……は」


 帰ってきた答えは、俺が全く想像していないものだった。お腹が空いた。……傷もついていないし、妙だとは思ったが、まさか腹が減って倒れてたのか?

 ……別にあげてもいいが。金だけは後で返せよな。


「……あぁ」


 そう言って体を起こした少女は菓子パンの袋を開けてがっつく。こんな勢いでパンを食べるヤツ見たことねえよ。例えるならそうだな……小動物が餌を食べる時……のようだ、と言ってみる。


「……ふぅ」


 ひとしきり食べ終えると……って。おかしい。おかしいぞ。俺が少女に渡したパンは一つだったはず。なのにコイツの手に握られている袋は……二つ。

 俺が買ったメロンパンとカレーパンは、無惨にも食いしん坊の行き倒れの胃袋に吸収されていった。


「よし。感謝するぞ、人間」

「……はぁ。まあいいさ。元気になったんなら」


 人助けをしたならパンの一つや二つぐらい……と思ったところで思い出した。財布がすっからかんだったことに。思わずため息が出る。ついてない日だな、本当。


「ならば我が──パンの借りを返してやろう」

「……我だとか人間だとか……何なんだよ全く」


 どうやら俺が助けたのは──ただの少女ではなく、ヴィジュアル系に狂ったミュージシャンの追っかけだったようだ。ま、格好からして怪しかったけどな。


「ゔぃじゅ……ある? というのはよく分からん。我はヴァルキリー。断罪の乙女だ」


 ……いや、自分で乙女とか言うのか──。


「──うわっ」


 突然地面が揺れる。地震か? しかし携帯電話の通知にはそんなことは書いていない。じゃあ何だ、事故か……? と振り向いた俺の視界に映ったのは──。


「な、何だ……コイツは」


 真っ黒な何か、としか言いようがない。生きてきた中、といっても短い間だが、それでも今まで見たこともないような”何か”がそこには居た。

 それはこちらを観察しているのかどうか知らないが、瞳らしき赤い部分はこちらを見ている。


「──下がっていろ、人間。死にたくなければな」

「お、おいッ!」


 助けた少女が前へ出る。俺よりも前に。”何か”の眼の前に。死にたくなければな、だって? それじゃお前が死んじまうぞ!


「おい! 何だか知らんが、コイツからは離れたほうがいい!」

「いや──その必要性はない」

 

 眼の前に居る少女は、どこから傘を取り出す。こんな時に手品か? いや──。


「なっ、なんだよそれ」


 傘が光って、”剣”と”盾”に分かれた。……自分の目がイカれたとか、自分の脳みそが狂ったとかそういうわけじゃない。実際に眼の前で……それが起こった。


「な、なんなんだよ、本当……」

「……何だ? 言っただろう?」


 ”少女”は前かがみの姿勢になり、鞘に収めた剣に手を伸ばす。何だこれ。何なんだこれ。何が起こってんだ──と思った矢先に、”黒い何か”に口のような部分が生まれた。

 鋭い歯が何十本も生えたその口。噛まれれば人間の骨なんて一瞬で粉々になるだろう。”何か”は動物のように雄叫びを上げた。


「逃げないとマズイぞ!」

「だから──その必要性はないと言っているだろう?」

「なぜ──」


 少女の剣がくうを裂く。黒い何かに向けて、剣が振るわれる。真っ二つになったそれを前にして──少女は俺へ向き直った。


「我が、悪魔狩りの戦乙女ヴァルキリーだからだ」


「我の名は──ドロシー・フォン・ヴァルキュリア。覚えておけよ、人間」



 笑う少女に、俺は何も返せない。これはヤバい。ここはヤバい。非日常。狂った日常。ここは──普通じゃない。だが体が動かない。少女──ドロシーの視線に、俺は釘付けになる。


 非日常の誘惑。後にして俺は──この時をきっと後悔するだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ