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48.悪の化身、ベリアル

「……終わったわよ。二人とも」


 ほら、と言って地面に横たわる天使たちの頬を軽く触る。ドロシー・フォン・ヴァルキュリアはぱちぱちと瞼を開けたが、アンジュ・ド・ルミエールはまだすやすや眠っていた。まぁ、アンジュらしいと言えばそうだけど。


「……はっ!」


 しばらく手で目をこすっていたドロシーだったが、何かに気づいたかのように突然起き上がる。その声に驚いたのか、アンジュも寝ぼけながら目を覚ましたようだ。


「……ベリアルはどうなったのだ」

「死んだ。多分ね」


 周囲を見渡しながら疑問を口にしたドロシーへ、私は答えを返す。確かにベリアルの力は強い。だが……いくら強大な悪魔とはいえ、”天使の力”に内側から焼かれたのでは、少なくとも無事では済まないだろう。

 なんてことを考えていると、立ち上がったアンジュが私の方へと寄ってきた。


「え、エインさん、その……天使の力は」

「……いいえ」

「そう……ですか」


 アンジュが肩を落とす。……なぜ私ではなく、赤髪の天使の方が気落ちしているのだろうか。かくいう私も、悔しい気持ちがないわけではない。

 死んでいった仲間の仇を取る。もちろんそれも目的だった。けれども、力を取り返すことも目的だ。


 ……おそらく。推測でしかないが、私の天使の力はベリアルの体内で……”爆発”して消滅したのだろう。一度もがれた羽根が再び生えることはない。

 分かっていた。想定していた。最悪の場合は力を取り戻すことはできない、と。


「……そう気を落とすな、と言える立場じゃないのは、我とて理解している……が」


 口を開いた戦乙女は、肩に傘を乗せて、まっすぐに私を見つめている。


「ベリアルは倒れた。天界は……救われたのだ。他ならぬ、天束あまつかエイン。貴公の働きによって」

「そ、そうですよエインさんっ! 力が戻らなくても、エインさんは……わたしの憧れのエインさんですっ!」


 ……見習い天使と戦乙女に励まされるとは。どうやら私もまだまだ、といったところか。幸いと言うべきか、まだ私の中には天使の力が少しだけ残っている。ベリアルが奪おうとした力。

 本来の力に比べれば、ただの残滓に過ぎない力だが……まぎれもない、私に残った、私が天使であった証だ。


「……二人とも。ありが──!」


 突然のことだった。耳の通信機から、思わず顔をしかめてしまうほどの大きな音……いや”声”が飛んでくる。おそるおそる機械に手を触れてみると、それは緋色の大天使──ミカエルからの通信だった。


『お前らッ! 今すぐそこから離れろッ!』

「きゅ、急に何なの、ミカエル」

『いいからさっさと動けッ!』


 首を傾げる見習い天使たち……の後ろ。ミカエルがなぜここから逃げろと言ったのか理解した。はるか遠方に、無数の”黒い点”が見える。空が黒い闇に覆われているので見えづら──。


「……待って」


 この空を覆う”黒い闇”はベリアルが生み出したもの。かつて戦った悪魔たちがそうであったように──魔導の力を供給する源が絶たれれば術は解ける。解けるはずだ。

 だが、天界は依然として暗い雲に覆われ、悪魔たちが──。


「……ベリアルの生み出した、悪魔」


 当然、その力の源はベリアルだろう。私は──最悪な想像をしていた。天界を覆う闇と、無尽蔵に放たれた悪魔。仮にそのすべてが”ベリアルの力”であるのなら。

 思考の中で全てが繋がっていく。遠方に見えていた黒い点が次第に大きくなる。あれが……悪魔だとするなら。


「──アンジュ、ドロシーッ! すぐに逃げてッ!」


 説明している時間はない。天界を満たすほどのエネルギーが”ここ”に集まる。それも、天使にとって”毒”に近い悪魔の力だ。二人の見習い天使たちは、わけもわからず羽根を広げて飛ぼうとする。

 私も、天使長棟の外周から降りられないか、そう思って屋上から下を覗いた。そこで見たのは。


「……嘘でしょ」


 天使長棟の壁を、上へ上へと駆け上る、無数の悪魔の姿。その黒い体躯が折り重なり、黒い波のような状態になっている。……飛び降りて魔導で何とかしようと思っていたが、どうやらそれも無理らしい。

 ドロシーもアンジュも満身創痍。とても私を抱えて飛行する余裕なんてない。……どうしたものかと思っていると。


「──っ」


 視界が眩い光に包まれる。今の天界ではあり得ない光景。そうだこれは──。


「どうぞこちらへ。天束あまつかエインさん」


 光を放ちながらこちらへ右手を差しだす、大天使ウリエルの姿がそこにはあった。



「今の状況は?」

「私にも分かりません。ですが、ベリアルの力が一箇所に集まろうとしている。少なくとも、良い事ではないでしょう」

「そりゃ、そうだけど」


 空を飛んでいる。久しぶりの感覚。風が顔に当たり、髪がなびく。私は、ウリエルの腕に抱えられて天使長棟から落下していた。その前方をドロシーが。私の横にはアンジュが飛んでいる。


「う、ウリエルさん。ベリアル……さんって、何者なんでしょうか……」


 アンジュが、不思議そうに、だが深刻な顔でウリエルへと尋ねる。自分の戦う相手の素性がわからないままでは、心にもやが残る……といったところだろうか。真面目なアンジュらしいが。


「……一つだけ。古い文献に記述がありました」

「記述?」


 腕に抱えられたこんな状態でも、気になるものは気になるので問うてみる。


「かりそめの天使、という数百年前の童話です。今では完全に忘れられている話ですが」

「童話だと? それが何の──」


 前方で、天使長棟の壁面から、此方側へと襲いかかってくる悪魔を斬るドロシーが口を挟む。が、ウリエルはそれを気にせず、内容を話しだした。


「”かりそめの天使の涙は、すべてを壊していった。地獄も天界も、全部こわれて、天使はもとの姿にもどる”」

「……童話にしてはずいぶんと暗い話ね。そして……”かりそめの天使”がベリアルまんま、と」

「えぇ。ベリアルはまだ生きている。ならば──」


 会話が遮られた。敵の攻撃……ではない。それは轟音だった。耳を貫き、頭を粉々に砕きそうなほどの轟音。そして、背後からの強力な衝撃波。吹き飛びそうになるアンジュとドロシーを、ウリエルが魔導で止めた。

 その元。上空を見る。さっきまで私達が居た天使長棟の屋上。そこにあったのは──巨大な影。


 獣──いや、そんな言葉では足りない。怪物。おとぎ話に出てくる怪物のような巨大な体躯をもち、その倍はある二本の長く鋭い角を持った影。赤い瞳が闇の中でいっそう光る。


「え、エインさん! じゃあ、あれが……!」


 アンジュとドロシーにも見えたようだ。アンジュは弓を構え、ドロシーは剣と盾を構える。私も、ウリエルが空中に生み出した魔法陣の上へと登った。



「……呆れるほどにしぶといヤツね……ベリアル……!」

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