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44.死闘


「──ッ!」


 剣が折れ、再び生み出す。もう何十回目だろうか。そんなことを数えている暇もない。もはや、脳内に思考を巡らせる時間すら惜しい。


「……もっと来いよォ!」


 ベリアルには、未だ傷もついていない。私は──正反対だ。ヤツの激しい攻撃を受けきれず、崩れた盾を貫通して何度か傷を負っている。致命傷でないのが、幸いだった。

 手を広げて挑発するベリアル。通常の刃で斬れないのならば──。


「はッ。またそれかよ? 意味のねェことを……」


 ベリアルの胸に生み出した剣を押し当てる。刃が進んでいく感触もない。なまくら刀で斬っているようだが、ここまでは想定内。問題はここからだ。

 ぐっと手に力を込めて剣を握る。魔導の出力が一気に上がり、腕を走る血管のような”魔導の回路”が青白く発光した。


「……あ?」


 剣を引く。力いっぱい引く。柄が抜けそうと思うほどの力を込めて、精一杯引く。剣が光る。これは──”魔導砲マギカ・ブレイク”か──ベリアルがそう感づく時すら与えず、”魔導砲マギカ・ブレイク”の力が剣の形に凝縮されたそれは、悪魔の体を裂いた。


「……ンだ? こりゃァ……」


 飛び退く悪魔は、傷跡に手を触れ、血に塗れたそれを見て呆気にとられていた。まるで、今まで自分に傷すら付けられたことがないような顔で。


「”魔導剣マギカ・ソード”。とっさにやってみたけど、案外上手くいくものね」


 瓦礫の上に血を垂らし、言葉を発さない悪魔を見る。


「でも、これで分かったわ。お前は──”無敵”じゃない」

「……ははッ」


 俯いていたベリアルは、一瞬顔を上げたかと思うと──その歪んだ笑顔は一瞬で私の視界の外へ消えた。転移魔法か? あるいは何か別の魔導か? それとも──。

 突如、上から赤黒い結晶の”つぶて”のようなものが降り注ぐ。


「……なっ、何よこれ!」


 咄嗟に”魔導盾壁マギカ・シルト”を展開して防ぐ。ガキンッガキンッ、とまるで鋼鉄の何かが当たったような音を立てて弾かれていくそれの、元。

 上方を見上げた私の目に映ったのは。


「──かつて地獄に堕とされた天使は、世界がぶっ壊れちまう程の涙を流したんだとよ」

「そいつのティアは……赤黒かったらしいぜェ?」


 崩壊した天使街。黒い雲に覆われた空。それを背景にして、瓦礫のはるか上にそいつは居た。背中に二対四枚の黒色の羽根を持ち、まるで大天使のように宙に佇む──。


「──悪魔涙デモンズ・ティア


 ベリアルの姿。悪魔がそう口にした瞬間、空から先程の”涙”が大量に降り注ぐ。”魔導盾壁マギカ・シルト”が一瞬で削れる。岩の雨が振ってきているようなものだ。

 手に持っているそれが壊れた瞬間、私は一目散に走り出した。あの”涙”が落ちてきているのは、どうやら私の周囲だけのようで、離れた場所には、堕ちた痕がなかった。


「……くっ!」


 とはいえ、仕組みが分かったからと言って、躱せる訳ではない。雨粒ほど密度は高くないが、集中して降り注ぐので、どれだけ気を配っても何発かは当たる。

 その破壊力は大きく、当たった箇所は打撲傷のような痕が残っていた。当たりどころが悪ければ致命傷になりうるだろう。


「ははッ! もっと惨めに逃げろッ! 俺を楽しませろッ! はははッ!」


 ベリアルの甲高い笑い声が周囲に響く。不快極まりないわ。とか言ってる場合じゃない。瓦礫に隠れるか? いや、私の通ったあとの瓦礫は”涙”によって粉々に砕かれている。

 どうにかして、空を飛ぶベリアルを直接攻撃できれば……と思うものの、魔導砲マギカ・ブレイクはこんなに切羽詰まった状態で使える技じゃないし、”魔導槍マギカ・ランツェ”レベルの魔導を放っても弾かれて終わる。


「──!」


 逃げながら思考を巡らせる内に、脳内に浮かんだのはアンジュの姿だった。そういえば、彼女が持っていたのは”弓”だった。ならば。

 全速力で──天使長棟の入口へと向かう。ベリアルも流石にそこに逃げ込まれるとは考えていなかったのか、あるいは自分の”城”に傷をつけるのを嫌がったのか──一瞬だけ攻撃の手が止んだ。

 それを見計らって、暗闇の続く中へと飛び込んだ。




「……何……だ」


 重症を負って気を失ったドロシーだったが、目を覚ました彼女の視界には、慣れ親しんだ友人の姿があった。しかし、未だ手も足も思うように動かない。


「ど、ドロシーちゃん! まだ起きちゃダメですからねっ」


 囚われていた、アンジュ・ド・ルミエール。ベリアルの元からなんとか逃げ出した彼女は、ドロシーの姿を見かけ、瀕死の彼女をを治療していた。

 手先からは淡い緑色の光が、戦乙女の傷にむかって放たれている。


「アン……ジュ……なのか」

「ま、まだ喋っちゃダメですってば!」


 制止しようとするアンジュを手で抑えた戦乙女は、上半身を起こして壁を背もたれ代わりにして座った体勢になる。


「行かなければ……っ! エインの所へ……っ!」


 ドロシーは、手元にあった傘を剣へと変え、地面に突き立て杖代わりにして立ち上がった。アンジュは、治癒の魔導を施したまま、心配そうな顔で立ち上がる。


「エインさんが……ここに」


 見習い天使の中にあったのは、ベリアルがエインをおびき寄せる餌の為に、自分を捕まえたという記憶。それはすなわち、おそらく一対一でベリアルと戦っているであろう天束エインが置かれている状況が、まさに敵の想像通りとなっていることを意味していた。


「……我はもう行く。……友人を、助けなければな」


 立ち上がったドロシーは、見習い天使が居ない方を向いている。


「だから──アンジュ。我に、我に力を、貸してもらえないだろうか」

「……っ! うんっ!」


 ドロシーにとっても、アンジュが一人でここまで来たことは分かっている。それほどの力を既に彼女が持っていたことも、ドロシーは理解している。だが、彼女は友人を戦いには巻き込みたくなかった。しかし。

 自分の力を認められ、喜ぶアンジュを見るに、それは──正しい選択だったのだろう──と。


 不思議な雰囲気の流れる二人の元へ、突如轟音が鳴り響く。下の階層に、まるで何者かが衝撃を加えているような音。


「……何だっ⁉」

「──あ……あ」


 剣を構えて周囲を警戒するドロシーとは反対に、暗い廊下の奥をみて口を開けるアンジュ。その橙色の瞳に映っていたのは。



 走っている。ただひたすらに走っている。止まれば、横から放たれている”涙”が直撃して死ぬ。真っ黒な空間に、どこまで続いているのかも分からない廊下。唯一の目印らしい目印は、床の模様ぐらいか?


「──あれは!」


 息を上げなら走る私の目に飛び込んできたのは、黒色のゴシック装束を来た天使と、もう一人は──。


「──アンジュ!」


 赤髪の天使──アンジュ・ド・ルミエールは私の姿に気がつくと手を振ってきた。だが、その歓喜に満ちた顔は、すぐに驚きへと変わる。それは、私が通ってきた廊下の壁が、外から粉々に粉砕されているからだろう。


「な、え、エインっ! 一体何が……って……⁉」

「いいから! 走ってッ!」


 ちょうどドロシーに施していたであろう治療術式も終わったらしい。私の前に居る天使は、ふたりとも廊下の先を目指して一直線に走り出した。



「……さぁ、ベリアル。ここからが……反撃のターンよ」

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