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43.運命、あるいは宿命

「……ドロシー」


 冷たい声が空間に響く。天界、大天使や天使長の管理する棟が立ち並ぶその中心点。今では闇に包まれ、崩れた周囲の棟の瓦礫が山のように積み重なっている。

 私──天束エインは、”敵”に邂逅していた。自分の運命を破壊し、力を奪っていった悪魔──ベリアル。


 地獄でベリアルに瀕死まで追い込まれ、地上へと堕ちた時から、夢にまで見ていたこの瞬間とき。そこへ居合わせたドロシーは、負った傷とベリアルの圧に、押されていた。


「──アンジュを、頼んだわよ」


 ──閃光。そして、金属がぶつかる音。魔導によって生み出された光と、剣。悪魔の首を狙ったその剣は、目標に達する前に防がれていた。


「……オイオイ、もっと楽しもうぜェ? エインフィールドよォ?」

「──ッ!」


 すかさず二撃目が入る。だが──ベリアルも、黙って斬られているわけではない。ヤツはさらけ出したその”腕”で、魔導によって生み出された”剣”を再び防いだ。その刃が当たったはずの腕には、切り傷一つついていない。

 後ろを一瞬だけ見ると、ドロシーの姿は無かった。天使長棟にアンジュを探しに行った、のだろう。


「はッ! 俺様相手に時間稼ぎのつもりかよッ!」


 私の攻撃を防いだベリアルが高く振り上げた足から、高速の蹴りを近距離で放つ。


「くっ……!」


 ”魔導盾壁マギカ・シルト”は、斬撃や遠距離からの攻撃を防ぐのには便利だが、近距離からの打撃には弱い。現に──マトモにベリアルの蹴りを防ごうと正面から打撃を受けたせいで、盾が一瞬にして”割れ”て、体が後方へと吹き飛ばされている。

 手のグローブは機能を消失するほどの損傷はないものの、急激に魔導の出力を上げたせいか、腕には小さな傷が出来ていた。


「あと何時間持つかねェ? いや、何分何秒の世界かァ? テメェ如きが時間を稼ぐなんざ到底──」

「えぇ、そうでしょう……ね」


 腕を抑えて立ち上がると、土煙が晴れてベリアルの姿が見えてきた。確かに──私一人の力では、ベリアルに勝てないかもしれない。それでも、私は。


「時間稼ぎなんて最初から”負け”を前提にしたもの……そんなこと、私がするはずがない」


 呼吸が荒い。息が切れる。天界へ突入してからこここまで一切休憩なし。そりゃ体も精神も疲弊する。だけど、そんな時だろうと、譲れないもの、譲ってはならないものが、私にはある。

 傷のついた腕の反対で、”魔導武具マギカ・ウェポン”による剣を生み出す。手が震える。足だってすくむ。だけど。


「だって私は──”勝つ”為に! ここへ来たッ!」


 そう言うと同時に、悪魔へ向けられた蒼白の剣先。それを持つ天使の眉間に皺がより、眉が上がる。その強い意志を持ち、覚悟に満ちた瞳は、まっすぐにベリアルへと向けられていた。


「……ははッ……はははッ! いいぞッ! もっと勇めッ! もっと希望を持ちやがれッ!」


「──そして、俺に全部ぶっ壊されて、テメェは絶望したカオで死ぬ」


 再び、荒廃した広場に戦いの狼煙が上がろうとしていた。


「──アンジュッ! 居るのならば返事をしろ!」


 ドロシー・フォン・ヴァルキュリアは、天使長棟の中を進んでいた。外からは分からなかったが、中は迷路のように恐ろしく広く、入り組んでいた。おそらくベリアルが罠を仕掛けたのだろう。

 だが、彼女の脳内にあったのは、そういったことではなく。


「……エインが命を張っている。……糞っ!」


 気づいたら勝手に体が動く──戦乙女の体はそんな状態だった。何かを考える間に、彼女の足が前に進めと言う。それは、彼女も、天束エインとベリアルの力量差をある程度は把握していたからだ。

 彼女も、ヴァルキリーの端くれ。そんな彼女が、悪魔を前にして恐怖を感じる。であるのならば、天使から人間に身を堕とした彼女は。


 エインとの付き合いが赤髪の天使ほど長くはない彼女でも、失翼の使いが無理をしているのは察していた。しかしそれは、エインフィールドだけでなく。


「っ! 一閃ッ!」


 駆けるように入り組んだ廊下を進む戦乙女の前に、四肢を持つ四足歩行の、ドロシーの背丈の倍はありそうな悪魔が、叫びながら現れた。

 天使長棟の内部は、迷路のように入り組んでいると同時に──二級悪魔が放たれていた。ドロシーの一閃ならば一撃で葬ることが可能な悪魔だ。だが。


「……痛っ」


 傷を負った彼女の今の状態では、それも簡単なことではない。技を使うたびに傷はひらき、血の流れる量も少しづつ増えている。


「……く」


 戦乙女は、腹部に激痛を感じた。今まで気合と気力で保っていた傷の痛みが、先程の一閃で完全に途切れて表に出てきたようで、もはや勝手に進んでいた足は止まり、ドロシーの意思とは関係なく、その場に倒れ込む。


「く、くそっ……。ミカエル……エイン……」


 朦朧とする視界。暗い色の闇がその大半を支配していく。体も、手も、足も、もう動かせない。意識が消えていく。


「……アン……ジュ」


 暗い廊下に伏せる彼女が、最後に呟いたのは、仲間と友人の名前。そして最後に見たのは。



「……ロシー……ゃん!」


 ぼやけてモザイクがかかった赤色の”何か”が、自分の元へと走ってくる姿だった。

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