42.魔導武具《マギカ・ウェポン》
天使街を進み、ベリアルの居城である天使長棟が目に入ったところで、悪魔から急襲を受けた私──天束エインとドロシー・フォン・ヴァルキュリア。
その悪魔は、かつて人間界で倒したはずの”傲慢のアロガンツ”だった。
それだけならば良かったのだが、厄介なのは私の倒した時よりも、格段に強さを増しているということ。おそらくベリアルが蘇らせ、その時にまた力を与えられたのだろう……が、非常にこの状況はマズイ。
「──赤髪の天使が居なきゃこのザマなんだねぇ!」
防戦一方。攻撃する隙がない。無理に攻撃をすればこちらがやられる。あのときは、アンジュの協力があったが、今は違う。
魔法陣の紋様が描かれた、半透明の魔導盾壁が、みるみる内にダメージを負って削られていく。
「……っ!」
”盾”に空いた穴へ、アロガンツの爪が突き刺さる。貫通したそれは、魔導を展開する腕をかすめた。痛みが走る。──クソっ。まさかここまで手こずらされるとは。
「──終わりだッ! 失翼の天使ッ!」
「──」
アロガンツの二撃目が届くことはなかった。魔導盾壁は既に崩壊寸前。それに力を与えている腕にも傷がつき、盾の形を保っているのもやっとのはず。
しかし、確かに悪魔の攻撃は防がれた。新たに生み出された、文字通りの”盾”に。
「……しぶといねぇ。何をしたところでボクに殺されるのが運命なのにさ?」
「……運命? ……笑わせてくれるわね」
──アロガンツが飛び退く。それは剣の軌跡。悪魔の首には小さな切り傷がついている。あと少し躱すのが遅れていれば、今頃首から上には何もない空間が生まれていただろう。
「──悪魔が騙る運命なんて、全部断ち”斬”ってやるわ」
そこにあったのは、左手に盾を持ち、右手に剣を持つ、普段の姿からは想像もつかない、それこそまるでヴァルキリーのような格好の、瞳を閉じた天束エインの姿だった。
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少し前。人間界の鏡面世界でのこと。修業をする私の元へ黒居がやってきた。虫の声すらしない、ただ川の流れる音だけが響く河川敷に、胡散臭い男の声がする。
「どうですかね? 順調そうなら良いのですが」
「……そう見える?」
私……と黒居の前にあったのは、地面についた無数の焦げ跡とクレーター。魔導砲を改良しようとしたのだが、あまりに時間が限られすぎていて上手くいかない。
まぁ、言ってしまえば子供の私が考えた魔導なので、こういう風に使うことは想定していなかった、というのはある。
「……ダメね。全く魔導の術式が浮かばない」
近くのベンチに座り、すこし手をついて体を伸ばす。真上を見るとキレイな青空があった。澄んだ青色に、白色の雲。天使だ悪魔だ人間だ、そんなことも関係なく、今日も空はそこにある。
「……エインさん、提案があるんですが……どうです?」
「……話だけなら聞いてあげるわ」
スーツに身を包み、顔を帽子のつばで隠す黒居。彼の提案はこうだ。
「実は……ドロシーさんもどうやら行き詰まってるみたいでしてねぇ。そこで……」
「二人の天使が互いの技を学ぶ……というのは気に入りますかね?──」
「──というわけ。あなたも同じような経緯でしょう?」
「まぁ、そんなところだ」
鏡面世界に招かれ、腕を組みながら立っている戦乙女は、黒居から何をするか程度の話は聞いていたようだった。
「……だが、互いの技を学ぶ、と言っても漠然としすぎているな。案としては別に良いのだが」
「そうね……」
「あなたに魔導を教える、ってのはどう?」
「……言っておくが、我は戦乙女だぞ。魔導の学問は修めて──」
二人の天使から見える川。そこに大きな音とともに水柱が立ち、水滴がスコールのように振ってきた。戦乙女は傘で、私は魔法陣で防ぐ。
「魔導砲。使えたら少しは役に立つんじゃないかしら?
「……いいだろう。我に教えられるのは”これ”だけだが」
そういった戦乙女は傘を振った。すると、それは光に包まれて、一瞬のうちに”剣”と”盾”に分離する。ヴァルキリーは、それを私へと見せた。
二人の目が合い、特訓が始まった──。
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──現在。天束エインは、硬直するアロガンツの前で、剣を高く掲げる。衝撃で動きを一時的に封じられた悪魔は、目を見開いて驚いていた。
無理もない。戦乙女でない天使が、ヴァルキリーの装備を手にして、それを使っているのだから。
戦乙女の剣は、本来ならば高潔な意思を持つとされるヴァルキリーが持ってこそ、真価を発揮する。それ以外の天使が持ったとしても、ただの重い金属の塊にすぎない。
「は、ははっ! キミがそれを持ったところでボクは殺せない! ボクは無敵だ! ベリアル様のお気に入りなんだよ!」
見ると──先程盾で受けた際の衝撃が、悪魔の足にダメージを与えていた。足からは血が流れ、とても立てそうにはない……ように見える。
「……私がドロシーに教わったのは”一つ”だけ」
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ドロシー・フォン・ヴァルキリーの腹には、剣が刺さっている。それは、彼女が持っているものと瓜二つのもの。デゼスポワールの複製能力によって生み出されたそれは、戦乙女の体を貫通していた──が。
「……あーらら。本当に往生際が悪いのねぇ」
「……はっ。勝ちを掴み取る者は、常に苦難の道を歩むのだ」
ドロシー・フォン・ヴァルキュリアは、自らに突き刺さった剣の刃を掴んでいた。手に力を込めて、決して動くことのないように。
デゼスポワールは、確かに他者の能力をコピーできる。しかし、身体能力までは効果が及ばない。いくら凶悪な悪魔といえども、天界の実力者たるヴァルキリーに、力では敵わなかった。
「……チッ。さっさと離せよこの雑魚がァ!」
「──っ!」
以前戦った時のように、高ぶる悪魔は豹変して、無理矢理に抑えられた剣を引き抜こうとする。その微細な運動は、少しづつ、けれど確実に、ドロシーの肉体へとダメージを与えていた。
「……ふふっ。話してしまっては……”これ”が使えないのでな」
窮地にありながらも、笑みを浮かべる戦乙女。その腕が青白い光に包まれていた。それはさながら、天束エインが”魔導砲”を使う際と同じように。
「……バカな、その技は──」
ドロシー・フォン・ヴァルキュリアは、光る腕を悪魔の腹の前へと構える。
「──失翼の使いから我が学んだのは、単純なことだった」
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異なる場所。異なる場面。異なる技。しかし、彼女たちの発言は共鳴する。
「──護るべき者の存在が、私達に力を与える」
二重の声がそう告げた時、傲慢のアロガンツは、見開かれた蒼い瞳に、振り下ろされた剣によって真っ二つにされている姿が映っていた。
デゼスポワールは、体の上と下をつなぐ”中心”が吹き飛ばされて、既に事切れている状態だった。
悪魔の死によって、テリトリーが解ける。次に天束エインが目を開いた時、そこには”影を失った”先程の空間と、傷を負ったドロシー・フォン・ヴァルキュリアの姿があった。
「ちょ、ちょっと、ドロシー! その傷は……」
「死んだはずの幻影に噛みつかれただけさ。……この程度の傷で、止まる我ではないことを、お前も知っているだろう」
「……分かった──」
──瞬間。ドロシーの影の背後に、新たな”影”が突然現れる。戦乙女が気配に気づいたのは、その”牙”で噛まれる寸前で──。
「危ない所だったわね、ドロシー」
戦乙女への攻撃は、”魔導盾壁”によって防がれていた。そして、その向こう側──自らを殺そうとした存在の正体。
「──やっと会えたわね──ベリアル」
殺しそこねたことを残念がる様子もなく、ただ不敵に笑う、天界を壊し、一人の天使の運命を狂わせた存在──ベリアルの姿が、そこにはあった。




