38.オペレーション・アポカリプス
一言で表すのなら、壮観という言葉が相応しいだろう。鏡写しの街の中心に設営された巨大な”門”。外見だけを見るのならば、アンジュがこちらへ来る際に用いていたゲートと変わりないように見える。ただ、規模がかなり違う。
その門の前には、武装した天使達が隊列を組んで待機しており、なるほどゲートが巨大化するわけだ。
流石に詳しい数は分からないが、それでもかなりの勢力であるのは間違いない。平時ならば見ることのできないような光景だ。
「我としては、驚きはあれど意外ではないな」
天使長棟……といってもかなりの下層部。そこにあるテラスから外を眺める私の横で、戦乙女がそう言った。
「訓練で、ってことね」
「あぁ。今にして思えば納得だな。この計画を用意していたのが、あのミカエルなのだから」
もともと、大天使達が何をやっているのか、ということは知られてはいなかった。というのも、”天界を統べる存在”である彼女達は、ただそこに”居る”ということが、使命といえば使命であった。
今回の非常事態ではそれが一般の天使にも広く知られるようになった、というわけだ。もちろん、この戦乙女も例外ではなく。
「……大天使の横のつながりだけで、ここまで天界が動くとはねぇ」
ゲートの近くでは、未だ技師であろう天使たちが最後の点検を行っている。その中には、ウリエルとガブリエルの姿もあった。万が一を防ぐため、自らの目でも確認しているのだろうか。
「ミカエルは……あそこか」
「……うむ。先程別れる際に、戦乙女隊を率いて先陣を切る、と言っていた」
「ヴァルキュリア隊の隊長……になるのね。何と言うか、普段のミカエルを知っていると不安になるけど」
緋色の大天使は、天使たちが整列する巨大な広場……のゲートに近い場所で、少数の武装した天使達と何やら話し込んでいるようで。普段は外套を被っている彼女も、今は銀色の鎧へと姿を変えていた。
「……否定はしない。ただ、言葉はどうあれ、戦乙女隊を率いるほどの力を持っているのもまた、確かだ」
隣の戦乙女の装備はあまり変わっていないように見える。
「普段の装備の方が良い。慣れているし、この作戦にも合っている」
”この作戦”というのは、ウリエルに言われた”アレ”だ。やはり私達は、二人でベリアルの待つ”本物”の天使長棟へ行かなければならないらしい。
大天使が街の開放と天使の保護、そして拠点の防衛に当たる……というのにも一理ないわけではないしね。
「……?」
ふと外に視線を戻すと、残りの大天使が居ないことに気づく。そこまで高い場所から見ているわけではないのだが。
「ボクに何か用?」
背後から急に声がした。他の大天使と比べると、どこか子供っぽさのある声色で、というとラファエルしか居ない。そもそも他の天使は外に居るし。
「……今、ボクに対してものすごく失礼なことを考えていないかい?」
「い、いや……はは」
ラファエルは、魔道具屋の時と同じように、私の前に立って目を見てくる。分かったわよ……って。前と同じやり取りだし。
「それで、貴女がなぜ此処へ?」
ドロシーは、テラスの手すりによりかかったまま、大天使へと問う。
「キミたちを呼びに来たんだよ。……はぁ。全くもって嫌になるね。ボクは伝書鳩じゃないのに」
白髪の小柄な大天使は、肩をすくめてため息をつく。
「──オペレーション・アポカリプス。”黙示録”の、はじまりさ」
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「──今日私達は、ベリアルのもたらした”悪”を打ち砕く為、すべての力を持ってして──」
大量の天使の列の前に居るウリエルは、彼らの士気を上げるためにスピーチをしている。私は、ドロシーと共にそれを隅っこで聞いていた。……なぜか、隣にラファエルが居るものの。
「ボクは”遊撃部隊”所属だし。団体行動をしていると鳥肌立つから」
「……なるほど。一匹狼、ということか。なかなか格好良いではないか」
「そ、ボクには少数精鋭が合ってるのさ」
……なんというか、少数精鋭というより傭兵みたいね。ってのはまぁ置いておいて。
「──あなた達の働きに期待します──」
ウリエルの話が終わったようだ。彼女が天使たちの前から姿を消すと同時に、入れ替わりで別の天使たちが入ってくる。装いから見るに、先程ゲートの周辺に居た技術者だろうか?
──と思った瞬間。
ゲートから、まばゆい光が天へ向かって立ち上った。勢いよく放たれたそれは、この”鏡写しの魔導”の効果範囲であろう天蓋に到達すると、そこにヒビを入れて消えた。
空にヒビが入っている光景は、非現実的でありながらも、ここが魔導によて生み出された空間であることを示している。
これだけ大掛かりな門を開くのには、それ相応の反動がある、ということか。
門が開き、”向こう側”の様子が見えた。私達が通ったような、暗黒とも言える暗闇の中の、倒壊した街。たしかに繋がった先は、天使街であったようだ。
「……”あれ”が」
そして、その先。向こう側の空間の、はるか奥。ひときわ高くそびえる”棟”の周囲には、紫色のリングのような光が漂っている。それこそまさに──。
「ベリアルの……居城」
唾を飲む。自然と手に力が入り、拳を握る。グローブが擦れる音。あの日、自分を陥れた悪魔であるベリアル。眼の前で仲間の天使を殺され、私の力を奪われた。
怖くない、と言えば嘘になる。誰だってそうだ。自分を殺しかけた者と、好きで再び対峙しようとは思わないだろう。
けれど、してやられた借りは必ず返す。そして、囚われた”友人”も、必ず助ける。今の私は、あの時のように一人ではない。
──光と炎。ミカエルが、開いたゲートへと剣を振るって飛び込んでいった。それに呼応するかのように、眼の前の天使たちの大群も、濁流のようにゲートへと流れ込んでいく。
「行くわよ、ドロシーっ!」
「あぁ、出陣の刻来たれリ──断罪の戦乙女、いざ参る」
ゲートへ向かって走り出す。ベリアルの居城からは、ここからでも見えるほどの”黒い塊”が、街へと滝のように”落ちて”いく。これほどデカい門を開いたのだから、向こうも間違いなく気づいたのだろう。
天使と悪魔が、本格的にぶつかる。
「──黙示録、か」
ゲートを通過する際。向こう側から聞こえる戦闘の音を聞いて、そんなことを思案していた。




