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29.はじまりの時

 人間界では、黒居の提案によって、ドロシー・フォン・ヴァルキュリアと天束エインの合同の訓練が計画されていた。アンジュ奪還に向けたそれは、着々と進められている。


「──はン、お前かよ」


 さて、場面は代わり、ここは天界。その中心の天使たちが住む街で、ひときわ高くそびえる塔のような建造物。その高層部に、部屋がある。設備が整っている部屋。その入り口には書かれているのは──天使長執務室という文字。

 その部屋のドアが開く。ぎぎぃ、と鈍い音を上げながら開かれたドアから現れたのは、金髪の天使だった。


「……あなたの話し方を聞いていると、ミカエルを思い出しますね」


 その天使の視線の先。執務室に置かれた机に直接座り、行儀悪く足を組む男。窓から入る天界の光が、彼の顔をくっきりと写す。


「……ベリアルさん」


 そこに居たのは、あの天束エインを陥れ、その羽根をもぎ取った男だった。


「はッ。似てるとしたら話し方だけだろうよ」


 紫っぽい黒色の髪に、血のように赤い瞳。そして、邪悪な笑みを浮かべる顔。


「あの娘、あなたにはあたりが強いですから」


 ベリアルの笑いが邪悪なら、ウリエルの笑い方は、何も感じさせない。いや、だからこそ、対する相手に圧を与える。何を考えているのか、何を思っているのか、その感情を理解すらさせようとしない。

 徹底的に感情を排除した表情の大天使。


「ウリエル」


 ベリアルに名前を呼ばれようと、彼女は表情一つすら変えることはない。


「”いつ”だ?」

「……お話した通り、ですが」


 ベリアルは机から降り、背後にある窓から外を見る。高層にある天使長の執務室から見下ろす街は、まるでミニチュアのようだった。


「ミカエルが勝手な行動をしたのは想定外だったが、餌は一応手に入れた」

「──さァ。乗り込んでこいよ。──エインフィールド。いや、天束エイン──」


 彼がどのような表情をしていたのかは、分からない。だが、おそらく、きっと。

 地獄で天使を殺した時のような、醜悪な笑みを浮かべていたことだろう。


 ……一方。そんな悪魔が見下ろす街。ここにもまた、大天使が居た。……ウリエルとは、似ても似つかない四大天使が。


「がぶー。つかれた」


 白髪と橙色の瞳を持つ少女の言う”がぶ”とは、ガブリエルのことである。そう、ちょうどその四大天使の隣に立っている、彼女のことだ。

 片方の手をつなぎながら街を歩くその姿は、事情を知らない天使からすれば、仲睦まじい姉妹にでも見えるのだろうが、彼女たちの近くを歩く”事情を知る天使”は、うんざりしていた様子だった。


「──たくッ。仮にも四大天使なら、オレ様みたいに堂々と歩きやがれッての」


 呆れた顔でそう云うのは、緋色の大天使、ミカエルであった。昼も夜も存在しない、光の降り注ぐ街の中で、四大天使が三人揃っているとは、どちらかというと物騒なものである。

 だが、それに反して、彼女たちを奇異な目で見る天使は皆無で、むしろ駄々をこねるひときわ小柄な天使を、愉快と思う者ばかりだった。


「……ミカエルほどオラつく必要はないけれど、少なくとももう少し、しゃきっとしてほしいものね」


 ガブリエルが呟くと、隣から「あ?」という緋色の天使の声がした。だが、彼女たちの間の白髪の天使は、どうにも思っていないようで。


「まーまぁ。喧嘩はよくないよー。ほら、ボクのようにおおからな心を持ってさぁ、ねぇ?」


 いや、どうにも思っていない──というよりは、この状況を引き起こしているのが自分でないとすっとぼけているようだ。弾力のあるぷにぷにとした頬に人差し指を当て、いわゆる”ぶりっこ”のようなポーズをする、その小柄な四大天使。


「……呆れてモノも言えンね──ラファエル」


 と、そんなミカエルの顔に、ラファエルと呼ばれた天使は手を、正確には人差し指を伸ばし。


「ほら、みかえるも笑いなよー」

「……くくっ」


 口元が緩んだガブリエルが、とっさに手のひらで隠す。だが、彼女がミカエルの無理やり口角を上げさせられた顔を見て笑ったのは、当人にも明らかで。


「……はにはらってやはんはなにわらってやがんだ……はふがぶ


 ガブリエルは、どうやらツボにハマってしまったようで、口を覆う手を動かせないでいた。面白がるラファエルもまた、手を動かさない。


「ほらー。ほらー。にこにこ」

「……ほいオイ


 緋色の天使は、いつもより低い声色を発する。ラファエルも、自分の手をがっちりとホールドされていた。


「ごめんごめん。ついおもしろくてさ」

「……ガブ。コイツ大天使ってガラじゃねェよな?」


 そう呼びかけられた、水色の髪のガブリエルは、深呼吸をして息を整えていた。


「はぁ……それを、あなたが、言うわけ?」


 一方で、ガブリエルとミカエルがそんなやり取りをしている間に、ラファエルは近くのベンチへと腰を掛けていた。既に彼女の視線は他の大天使から、自身の手元にある携帯端末に移っている。その形状は、まるで人間界におけるゲーム機のようだった。

 水色と緋色の髪の天使がそれに気づく前に、ラファエルが口を開く。


「──で、”要件”は、なに? キミたち、ボクと出かけるために来たわけじゃなさそうだし」


 白髪の天使は、手元を見て俯いたまま質問を投げかける。先程までとは一転した彼女の態度と、その変わり身の速さに驚くガブリエルらだったが。


「そうね……。あなたも、分かっているんじゃない? 今……私達が会う意味を」


 退屈そうにぶらつくミカエルを尻目に、立ちながらラファエルに問いを投げ返すガブリエルだが、その対象は顔ひとつ動かさない。


「さぁねぇ。ボク、自分の”管轄”以外に興味ないし」


 興味なさげにそう言う小さい大天使へ、ミカエルが寄ってくる。どこで買ったのか、黒いサングラスようなものをかけて。


「その”管轄”の事で聞きたいことがあンだよ」


 そう言った厳つい見た目の大天使は、ラファエルの横へと座り、腕を組む。その様子を見たガブリエルは、何も言わずに、近くの壁へよりかかる。


「その”目”で、この記録を探してくれねェか」


 ミカエルは、ポケットから小さな紙切れを取り出して、ラファエルへ渡す。そこには、数字と記号が羅列されていた。一見意味のなさそうな紙だが、それを受け取った子供天使の顔が変わる。


「……へぇ。ボクが地獄も”視てる”って、知ってるんだね」

「たりめェよ。オレ様を誰だと思ってやがる」


 白髪の天使は、受け取った紙を、手に持っていた端末に”溶かした”。その行為はそう表現するほかなく、紙が端末の液晶に吸い込まれていくそのさまは、”溶ける”と表するほかない。

 その端末の画面に記号で構成された何百という文字列が、一瞬のうちに明滅し始めた。


「知りてェもンは二つ。あの日、地獄で何があったのか。それと」


「──天界から地獄へ向けて放たれた、光の柱、だ」


 そこまで言うと、ガブリエルが口を挟んでくる。


「ちょ、ちょっと、ミカエル? 聞くのはあの謎の光の放出についてだけじゃ……」

「はン。ついでだよ、ついで」


 それでも、水色の大天使は食い下がらない。


「あの日の報告結果は、調査隊の全滅、ってあったでしょ。調査もあったけど、結論は変わらず」

「あァ。オレもそう思ってたさ」


 ミカエルは、空を、厳密には、天高くそびえる天使長に与えられた建造物を見る。


「だが、あの日死んだ筈のエインフィールド……いや、天束エインは生きてやがった。……報告では、死んだはずの、な」


 ラファエルは無言で解析を続けている。電子音と、機械のスイッチの音。眩しすぎるほどの光が、彼女たちに降り注ぐ。


「……で、あの戦乙女はエインフィールドを殺す極秘指令を受けてやがった。……都合よく、な」


 困惑の表情を浮かべる、ガブリエル。


「何が……言いたい、わけ?」


 緋色の天使は、拳を握りしめて下を向く。まるで、何かを悔しがっているかのように。


「……どっかの馬鹿が何かを隠そうとしてやがる。……エインフィールドを殺すことでな」

「……荒唐無稽だわ。またいつもの”勘”?」


 ミカエルは、ふっと笑う。


「かもな。だが、気にかけるに越したことはねェさ」


 静寂が流れる。ミカエルが言ったことが真実であるのなら、彼女たちは何者かに騙され続けていた、ということになる。ミカエルも、ガブリエルも、複雑な心境であった。

 そして、そんな雰囲気を壊すかのように。


「終わった。見る?」


 脳天気な声が、二人の間に入ってくる。彼女の持っているデバイスに表示された情報は……。


「は」


 大天使が口を開けるほど、意表を突くものだった。それは──。


 それは──。


「……それは甘いですよ、エインさん」

「……くっ!」


 ここは人間界。黒居の開いた得体のしれないゲートを通った先の空間。そこは、人間界と瓜二つの、鏡写しの世界であった。屋根の上で菓子パンを食べて休憩するドロシー。その下の空き地で、黒居に対して魔導砲を放つエイン。

 だが、それは地面や周囲を破壊するだけで、黒居に触れることすらなかった。


「な、なんで魔導砲が効かないのよー!」


 銀髪の天使は頭を抱えていた。


「……はむ。もぐ。すはんぷだな、えいん。われもだ」

「……口の中のモノ飲み込んで話しなさいよ、ドロシー……。ていうか、あなた菓子パンしか食べてないわよね?」


 足をプラプラさせるドロシー。ごくっ、とパンを飲み込み、次のパンの袋を開ける。


「ほぅ……チョコパンか。我のように漆黒の力を持ち、暗黒に呑まれる晩餐……」


「ちょ、私のぶんも残しなさいよっ!」


 ドロシーを指差し叫ぶ彼女の横へ──魔法の光弾が飛んでくる。その球体の痕を地面に残し、消えていく。


「ほら、よそ見してると……死にますよ?」


「っ!──」


 黒居のスパルタ特訓が始まる。天界では、ある大天使が始まりを知った。アンジュ・ド・ルミエール奪還へ向けて、全てが動き出していた。

  

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