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25.繋ぎ鎖、繋がれ楔

「で、我らはどこへ赴いているのだ?」


 ドロシー・フォン・ヴァルキュリアがそう言う。彼女は今、聖安せいあ街にある住宅地へと来ていた。多くの家屋の姿はあるが、人の気配はない。まるで、ゴーストタウンのようだ。

 その幽霊街の一角。手入れもされていない空き地に、彼女たちは居た。


「この”鎖”が指し示すところへ、よ。この近くではありそうだけど」


 天束エインが、戦乙女の問いに答えた。吹きつける冷たい風のせいか、彼女の銀色の髪は、いつもよりも寒色の色味が増して見える。

 その手にある鎖は、禍々しい黒色を纏っていた。


「え、エインさ〜ん。やっぱり帰りましょうよぉ。不気味ですし、それに人間に天使ってバレちゃいますよ〜!」


 震える肩を、それぞれの手で抑えているアンジュ。人どころか、生物の姿一つもないこの場所に、相当な不安を感じていた。


「……今更か、盟友?」

「えぇ、今更、ね」


 アンジュの前を歩く二人の天使が続けて呟いた。


「……ガブリエルは、何も言わなかった。本当にそれが死で償う必要がある罪なら、それこそあの時殺されてたわ。三人ともね」


 銀髪の天使は、少し真剣な表情をして、そう述べる。──確かにそうだ。天使のことを人間に話すことが罪となるのなら、あの場でガブリエルが接触してきた時点で、悲惨な事態になっていただろう。

 しかし、そうはならなかった。エインの予想に反して、大天使はむしろ手を貸してくれ、と懇願してきたのだった。


「じゃ、じゃあ。ドロシーちゃんの受けた指令は何だったんでしょう……」


 赤髪の天使は肩を落とす。もともと、彼女は考え事が苦手だ。気を落としたアンジュの手を、歩幅を狭め、彼女の横へ来たドロシーが握る。


「……我にも分からない。自らに下された命令が何であったのか、それすらも」


 傘を握りながら歩く彼女は、不安を紛らわすかのように、少しだけ息を吐く。そして。


「……だからこそ、我は知りたいのだ。ベリアルとは何者なのか、私はなぜ、ここへ来たのか」

「……ドロシー、ちゃん」


 アンジュ・ド・ルミエールは、感じ取っていた。震える戦乙女の手を。冷たい友人の手を。どこか寂しげな、ドロシーの瞳を。冷たい空。白色の風。言葉を発し難い空気が流れる。

 口を開いたのは、黙って見ていたエイン──ではなく。


「──わたしの、バカーッ!」


 アンジュだった。それも、大声で。隣のドロシーは目を見開き、驚いた様子でアンジュへ顔を向けている。銀髪の天使が諫める前に、大声天使が言葉を発した。


「わたしは、難しいことは分かりません。天使の使命も、今天界で何が起きているのか、ドロシーちゃんのことも」

「……盟友」」


「それでも!」


 アンジュはドロシーの方へ向き直ると、両手で戦乙女の手を握った。まるで、女神が人間を抱擁するかのように。


「わたしは……ドロシーちゃんの友達で、天使なんです。だから……眼の前のことから目を背けたくない」

「だから……。ドロシーちゃん──」


「あ」


 赤髪の天使が、友人に感動的なセリフを言おうとしたところで──天束エインがなにかに気づいたようだった。見習い天使達の前方で鎖を掲げている。

 ドロシーは顔をアンジュから隠すようにして、汗か涙か、顔の水滴を腕で拭った。そしてすぐ、エインの元へ駆け寄っていく。傘を持ち、戦闘に備えつつ。不満そうな顔のアンジュも、彼女の後ろをついてく。


「な、何か分かったのか? 失翼の使いロストウィングよ」

「……呼び名については置いておくわ。分かったことがひとつある」


 エインは、空き地の中で、草が生えておらず、少し地面が見えている場所に屈み込んだ。そのまま握っていた鎖を地面に置く。……すると。


「なんなんでしょう……これ」


 その鎖は、粒子状の粒となって霧散していく。そこに残っていたのは、子供の落書きのような”模様”だった。規則性もなく、書き殴りのような図形。

 訝しげにそれを眺めるドロシーの横に座り、アンジュはその模様を近くで見てみるものの、これといって不審な点は見当たらない。彼女が手を伸ばすと──。


「いたっ」


 バチッ、という音がした。彼女が模様に触れた瞬間、火花のようなものが散ったのだ。その指は、傷こそついていないが、少し赤く腫れていた。


「……魔導術式、ね。覚えたてのはずの魔法で、よくもまぁ秘匿魔法を……」


 エインが模様へ手を伸ばす。アンジュが静止する前に、彼女はかざした手を中心に、手のひら大の魔法陣を生成した。


「姿を見せなさい……悪魔の残滓」


 魔法陣が光を帯び、青色の光が地面の模様を照らす。銀髪の天使は、手の角度を変えて、あーでもないこーでもないと言っている。

 ──すると。


「……悪魔の、鮮血か?」


 模様が消滅し、浮かび上がってきたものは、赤色の液体だった。人間の血と同じように見えるが、であるならば、こんな面倒な方法で隠す必要もない。

 三人の天使が座り込んで眺める血は、みるみるうちにその紅のような赤色が、黒色に変わっていく。


「え、エインさ──」


 アンジュがそう問いかけようとした時、彼女は見た。向かい合わせになっている、エインとドロシー。その後ろの物陰からこちらを伺う、”影”を。


「っ!」


 その”影”は、アンジュの意識が向けられたことを察したかのように、姿を消す……が、それと同時に、赤髪の天使は駆け出していた。

 いや、正確には──”翔け”出していた。彼女の背中の羽が身の丈よりも少し小さいぐらいの大きさになり、飛び立つ。その”影”を追うために。


「め、盟友!? どこへ」


 羽根を生やし、自分たちの上を飛び越えていったアンジュに驚く二人であったが。


「追いかけるわよ」

「な、ま、待ってくれ!」


 理解の追いついていない戦乙女に、エインは告げる。


「……あの娘が飛び出していったのなら、きっと何かがある。今はそういうことにしておきましょう」


 エインが、アンジュの飛び立った方向、自らの後方へ走っていく。その場に一人取り残されたドロシーは──。


「……全く。盟友も、エインも、おかしな天使だ」


 はぁ、と息を吐いたあとに、傘をさしてエインの後を追っていく。


 地面に残った悪魔の血は、すでに黒く変色して、固まっていた。

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