23.設立! 「お悩み相談部」
「……で、なんでこうなってるわけ?」
萩目学園、の近くにある旧校舎。今では弱小部活の部室として使われているそこの廊下に、彼女は居た。銀髪の髪をなびかせ、その蒼色の瞳で空き部屋の扉を見つめる、天束エインの姿が。
旧校舎二階。木造建ての校舎に夕日が差し込む光景は、どこか感傷的でノスタルジックではあるが、その光に照らされた床は痛み、壁にはシミができている。天井などは言わずもがな。要は、ボロい。
「我に聞かれても困る。それを問うならば、この部屋の中で待っているであろう、我が盟友へと聞くのが賢明だろう」
嘆く銀髪の天使の隣には、かつて彼女と戦い、今では共通の敵を持つ仲間となった、ドロシー・フォン・ヴァルキュリアが居た。彼女はやれやれといったジェスチャーをエインにしてみせ、正面の扉へ向き直った。
「一体何の用なんだ──」と、発言したのがどちらかは定かではない。あるいは、同時か。
彼女達が困惑する原因は、今二人が握っている二枚の紙切れ──に書かれたことに所以している。一枚には、”入部届”の文字。そして一方には、彼女たちを、ここへと呼び出す旨の文章。
怪しさ満点のシチュエーションではあるが、エインとドロシーは、それが自分達の知るある天使のやったことだろうな、となんとなく考えていた。根拠も、理由もない。ただの勘だった。
だが、しかし。突然、勢いよく開け放たれたドアから出てきた学生の姿は、その勘の的中を示していた。赤色の髪に、笑顔。背中に生えた、小さなミニ翼。そう。アンジュ・ド・ルミエールの仕業だった。
「あっ! エインさんにドロシーちゃん! 来てくれたんですねっ!」
喜ぶアンジュであったが、エインは、彼女に手に握っていた紙を見せる。
「これ……何?」
エインが見せたのは、”入部届”と書かれた紙だ。だが、その紙は白紙ではなかった。そこに書かれた、部活動の名前は。
「”お悩み相談部”の、申請書ですよ?」
「”オナヤミ……ソウダン……ブ”? とは、何なのだ? 失翼の天使よ」
アンジュの発した、あまり天使にとっては聞き慣れないであろう言葉の意味を、戦乙女は心底呼び名を嫌がってそうな銀髪の天使へ尋ねた。彼女は肩を落としながらも、一応続ける。
「……喧嘩売ってる? まぁいいわ。……人間たちが”部活”と呼んでいるものよ。」
戦乙女は、それを聞いて呆れるどころか──目を輝かせながら、アンジュの手を握った。
「部活!? あの部活!? やろうよアンジュっ!」
「ど、ドロシーちゃん、ちょっと落ち着い……てぇ〜!」
ドロシーは手をぶんぶんと振る。さながら、犬が尻尾を振るときのように。
「何? あなた達部活動の経験はないの?」
不思議そうに問いかける天束エイン。
「ドロシーちゃんは……色々と忙しかったですし、私も、あまりそういうのには」
「へぇ。そうなの」
興味なさそうにそう告げ、部屋の中をちらりと覗いているエインに、ドロシーはむっとした表情をしてみせた。
「ふ、ふんっ。では貴公は、部活に入っていたのか? そもそも天使養成学院に入っていたかすら怪しいがな」
「入ってたわよ。だって暇だったし。講義も退屈だったしね」
そんな戦乙女を気にもしていないと言いたげに、エインは話す。
「魔導書愛読部。ガブリエルと一緒に活動してたわ。部員が少なすぎてもう無くなったとは思うけど」
今度は、ドロシーではなく、アンジュが銀髪の天使へ疑問を投げかけた。
「そういえば、やっぱりガブリエルさまとはお知り合いなんですか? エインさん」
「別に、聞いて面白い関係でもないわ。……それより」
そう言った天束エインは、アンジュを少し避けて、部室の中に入った。二人の見習い天使たちも、待ってくださいと言いながら、それに続く。
「うへー。なかなかボロっちい所ね。ここ」
部屋を物色する彼女は、手のひらで口を覆っている。隅にあるパイプ椅子を少し動かすだけでホコリの痕が見えた。もう何年も使われていないのだろう。
「ど、ドロシーちゃん! 足がいっぱいある変な生き物が居ますー!」
「ちょっ! よせ盟友! 我の方へ追い込むな!」
……見習い天使たちは、虫と戯れていた。うち一名は、恐怖を感じていたが。端に置かれた棚の中を探りながら、エインはそれを遠目で見ていた。
「ふぅん。意外だわ。ヴァルキリーにも苦手なものはあるのね。弱点は虫?」
「天束エインっ! 冗談やめてっ!」
普段の痛々しい口調を忘れて、涙目になりながら助けを求めるドロシーだったが、その声はエインには、残念ながら響かなかった。
「い、いやだぁ〜!」
自分の目前へと迫る蜘蛛へ首を横に振りまくり、精一杯拒絶のジェスチャーを示す。剣で斬れば、あたり一面に”かつて虫だったもの”が散らばり、傘で潰せば”かつて虫だったもの”が見るも無惨な形になる。
つまり、ドロシーは抵抗することができないのだ。
「──はい、そこまで」
幸か不幸か──いや、戦乙女にとっては幸運だったのだが──エインがひょいっと蜘蛛をつまんで、窓から外へと放り出した。
「は、はぁ〜……」
危機が去り、安堵の表情を浮かべるドロシーを尻目に、エインは話しだした。
「で、お悩み相談部ってのは何なのよ。アンジュ」
「それはですねっ!」
待ってました、と言わんばかりに目を輝かせ、天束エインへ一気に近寄るアンジュ。そのまま力説を始めた。
「悪魔の情報を集めるなら、私達よりも、この世界のひとに聞いた方がいいなと思うんです」
夕日差し込む部室で、彼女は力強くそう言う。だが、エインは心が動かなかったようだった。
「それ、悪魔以外の頼み事も来るんじゃないの? 言っておくけど、嫌だからね。雑用とかは」
「うむ。それには我も同意したいな。今やるべきことは、悪魔を探して倒すこと。そして、その弱点を見つけ出すことだ」
だが、それに臆すことなく、アンジュも反論する。
「でも、この三人で街をすべて周るなんて無理ですよ」
……沈黙と、静寂。オレンジ色に照らされた部屋に、運動部の掛け声がただ響く。微妙な雰囲気だ。黙っていられないアンジュ・ド・ルミエールが、何か話題を切り出そうとした、その時。
キキィ……と、ドアが開けられる音がした。ドアの影に隠れていた人影が部屋の中へ入ってきて、こう告げた。
「あの……この張り紙を見て……来たんですが」
オドオドとした男子生徒が居た。そして、その手に握られていたのは、ポスター、というよりはチラシのようだ。特に装飾もないそのチラシには、手書きの丁寧な文字で、こう書かれていた。
──あなたの悩みを相談してみませんか? お悩み相談部まで!──と。”場所はこちら”と示されている場所は、どう示し合わせても、この部屋を指しているようにしか見えないものだ。
「……ちょっといい?」
エインはその生徒からチラシを取り、まじまじと眺める。
「……アンジュ。あとで”お話”ね」
赤髪の天使からも、戦乙女からもその表情は見えなかったが、隣の男子生徒が少しビビっているのを見るに、おそらく──怒っているのだろう。




